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【12-01】

●一六時四一分●

 

 ソネザキのほっそりとした指が携帯端末のキーを叩く。

 精一杯急ぎながら、それでも焦らず確実に作業を進める。

 

 屋上へのドアには電子ロックが掛けられていた。

 座り込んで開錠を試みたが、強固なプロテクトは容易にクリアできなかった。

 

 階下から微かな銃声が聞こえてから、五分以上経つ。

 外で見張りに残ったコトミは。自分を進める為に戻ったドルフィーナは。

 

 二人からの連絡は未だない。おそらくは……。

 

「くそっ!」

 

 携帯端末に浮かんだエラーの文字に、らしくない感情的な言葉がこぼれる。

 

 倒れていったクラスメイト達の為にも、ミッションを果たさなければならない。

 いつランバージャックが現れるか解らないのだ。

 無防備な背中を向けたまま迎えるようなヘマだけはできない。

 

 額に浮いた汗を手の甲で拭き取った。

 大きく深呼吸。焦り始めていた心をリセットする。

 

「大丈夫、私なら絶対に開けられる」

 

 再び開錠を試みる。

 慎重にキーを叩き、電子ロックを順次解除していく。

 

 数分後、カチリと小さな音が鳴った。鍵が開いたのだ。

 

 上げそうになった歓喜の声を飲み込むと、すぐに階下に目を向けた。

 

 誰もいない。

 

「よし」

 

 壁に手をついて身体を起こした。

 赤く染まった右足を引きずりながら、ドアを開ける。

 

 吹き込んでくる風が汚れた髪を撫でた。

 赤い夕日が泥だらけになった頬を照らす。

 

 屋上はコンクリートが剥き出しの簡素な造りだった。

 何もないだだっ広い空間。中央に五十センチ立方の台が置かれ、その上で小さな旗が揺れている。

 

 数メートルの距離。勝利を確信して近づく。

 

 と、不意にビル特有の突風が駆け抜けた。

 

 反射的に目を閉じ、顔を逸らす。

 風が収まるまで数秒。僅か数秒だった。

 

 視線を戻したソネザキの足が止まる。

 充足感に満ちていた顔が瞬く間に色を失っていく。

 

「そんなに驚かないでくださいよ」

 

 いつの間にか、旗のすぐ隣に密着タイプの黒いボディアーマーが立っていた。

 

「光学迷彩?」

「流石はソネザキさん、難しい言葉をご存知ですね」

「実用化されていたなんて」

「これはプロトタイプですよ。今回のお遊戯に際して、借り受けたのです」

「お遊戯だって?」

「ええ、仲良く遊んでいるつもりなんですけど。よちよち歩きの赤ちゃんを、あやすみたいなものですよ。ほら、あんよは上手、あんよは上手」

 

 ぱんぱんと手を叩くランバージャックに、ソネザキが反応した。

 いきなり腰のフォルスターから銃を抜く。

 

 が、構える前に銃が落ちた。

 

 信じられない様子で己の手を見つめる。

 びりびりと鈍い痛みがある。何が起こったのか理解が追いつかない。

 

「お話中に無粋ですね」

 

 相変わらず抑揚のない声。

 

「ふふ、解りませんでした? これですよ」

 

 右手を開いて見せた。指先ほどの小石が数個乗っている。

 

「石?」

「はい。ただの石ころです」

 

 ぴんと一つ弾いた。

 

 凄まじい速度で撃ち出された小石が、ソネザキの顔を掠めて飛んでいく。

 

 耳元を過ぎる際のごうっという音に、思わず身を縮めてしまう。

 

「私ほどの人間になれば、どんな物でも武器にできるのですよ」

 

 優秀と言っても訓練中の学生と、何度も死線を潜り抜けてきた名うての特殊工作兵。

 格の差は圧倒的だった。

 

 あまりの無力感に、ソネザキは力が抜けて座り込みそうになる。

 が、唇を強く噛み、その衝動に抗した。

 

「富獄。高等部精鋭部隊。そして、私。その攻撃を潜り抜け、ここまで来たソネザキさんの努力は評価すべき物があります」

 

 意外な言葉を述べるランバージャックに、ソネザキの顔が訝しくなる。

 

「その努力にご褒美をあげましょう。旗を諦め、ここから去りなさい。見逃してあげます」

「な!」

 

 有り得ない提案にソネザキが絶句する。

 

「十七時まで残り十分ですから。オマケで生き残ったとしても構わないでしょう」

 

 ふふっと口元を緩ませた。

 

「演習の目的はポイントを得ることです。生き残ればポイントになりますからね。悪くない提案でしょう」

「ば、バカを言うな」

「では、旗を巡って私と戦いますか? 万に一つも勝ち目はないと思いますけど」

「それは」

「勇気と蛮勇は違います。安っぽいプライドに拘らず最良の選択をしなさい。貴方ならできるはずでしょう?」

「そうか、そうだよな」

 

 ふうっと息を吐いて、力を抜いた。

 

「勝てない相手と戦っても意味ないか。ここでポイント得られず終わったら、なんにもならないしね。しかもこの足だし。どう考えても戦うだけ無駄だよね」

 

 赤く染まった右腿を押さえながら、苦笑を浮かべた。

 

「貴方は利口ですね」

「ありがとうって言えばいいのかな。一応昔はね、エリートコースを通ってたからさ」

 

 自嘲気味にそう言うと、もう一度大きく息を吐き出した。

 

「ここで後ろを向いて退散するのが最良ってのは解ってるんだけどね。でもさ、それじゃつまんないと思うんだ」

「ほう」

「だから、さっきの質問にはこう答えさせてもらうよ」

 

 言葉を切った。

 微かに口を開き、胸いっぱいに空気を取り込む。

 それからランバージャックを睨みつけると、精一杯の声で怒鳴りつけた。

 

「ここで尻尾を巻いて逃げれるわけないだろ! ふざけんなバカ野郎!」

 


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