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【11-03】

「なるほど。それは素敵な心掛けです。降伏を勧めたのは、失礼なことでしたね。そのお詫びと言うわけではありませんが、少しだけ本気でお相手しましょう」

 

 そう告げるとランバージャックが動いた。

 踏み込んで間合いを詰める。最小限の動きで。まるで滑り込んでくるようだ。

 

 射程に入ると同時にコトミが抜き手を繰り出す。

 その指先が届く寸前に。

 

「あっ!」

 

 コトミの口から驚きと苦痛の混じった音がこぼれた。

 低い軌道のローキックがコトミの足を捉えていた。

 

 痛いというより熱い一撃。がくんと膝から力が抜ける。

 

 体勢の崩れたコトミをランバージャックの右フックが襲う。

 

 コトミは精一杯身体を引いて、それをかわす。

 ギリギリ拳が頬を掠めていった。

 

「そんな無理によけると」

 

 間髪入れず前蹴り。左の肩口に当る。

 

 コトミのバランスが崩れた。

 

「ほらほら、お腹がガラ空きですよ」

 

 コトミに反応する隙すら与えず、下方向からコトミの腹部、鳩尾を掌底で突き上げた。

 

 コトミの身体が後方に二メートル近く跳ねた。

 受身も取れず背中から落ちる。

  

「はい、これで終わりです。ちょっとやり過ぎたかも知れ……」

 

 思わず言葉が途切れた。

 

 仕留めたはずだった。手加減は微塵もなかった。タイミングも完璧だった。

 確実に気絶させたはずだ。

 

 だが、コトミは動いていた。

 咳き込みながら、低く呻きながら、それでも震える手で身体を支え起き上がろうとしている。

 力が抜け、何度も地面に顔をぶつけ、それでも少しずつ立ち上がろうとしている。

 

 呼吸困難とダメージのせいで涙すらこぼれる瞳が、なおも闘志を失わず、ランバージャックを射抜く。

 

 その視線に気圧されランバージャックが無意識に半歩下がった。

 

 直後、火薬の音が響いた。一度や二度でなく何度も。

 

 ペイント液で真っ赤に染まったコトミが、力なく崩れ落ちる。

 

 ランバージャックが大きく息を吐いた。

 

 咄嗟に抜いた拳銃。火薬音が途切れるまで引いた引き金。

 全て無意識の行動だった。

 

 追い詰められたコトミの目を見た瞬間、恐怖に駆られた。

 直ぐに仕留めなければ殺られる。直感がそう告げた。

 

 最高の特殊部隊『オズの魔法使い』。

 その中で暗殺任務をこなし続けてきた彼女のテンションは、実戦状態まで跳ね上がった。

 直後、暗殺機械としてのプログラムは、速やかに敵を排除するべく動いた。

 

 もう一度、深く息をつく。

 

 子供相手に大人気ないという思いもあった。

 だが、それよりも助かったという安堵感が強い。

 冷静になった脳がその理由を推測する。

 

 あの瞳を見たのは、初めてではない。

 かつてハトホル政府の転覆を目論んだヤマトというテロリストが、同じ目をした兵を護衛に従えていた。

 

 年端もいかない、訓練生くらいの少女達。だが、彼女達は恐るべき戦闘力を秘めていた。

 わずか五名を排除するのに、自身は瀕死に近い傷を負った。

 

 小さく首を振り、忌まわしい記憶を散らす。過去のトラウマを重ねただけに過ぎない。

 

「さて、残りはいよいよ二名。順当に行けば、次はソネザキさんでしょう。ふふっ、楽しみですね」

 

 わざとらしく呟くと、ビルに向かい静かに歩き出した。

 

 

                       * * *

 

 

「よくここまで来れたものだ。まずは褒めてやろう」

 

 ランバージャックを迎えたのは、気持ち良いほど上から目線の一言だった。

 

 ドアから見て奥、金属製の大きなドアの前に立つのは、淡いパープルの髪をした美少女オートマトン、ドルフィーナである。

 

「我の部下達を倒し、ここまで辿り着くとは見事だ」

 

 澄んだ軽やかな声に、少々芝居がかった口調。

 

 流石のランバージャックも意外な展開に小さく首を捻った。

 

「だが、貴様の快進撃もこれまでだ! 良く聞け! この我が!」

「盛り上っているところ悪いのですけど」

 

 ランバージャックが絶妙のタイミングで話の腰をぽっきりと折った。

 

「こ、このタイミングで、茶々を入れるとは、貴様は人としての情がないのか」

 

 考えに考え抜いた口上を中断され、ドルフィーナが非難の声を上げた。

 余程悔しいのだろう。涙目になっている。

 

「ソネザキさんの姿が見えないようですが」

 

 そんなドルフィーナを一顧だにせず、ランバージャックが続ける。

 

「ひょっとして、お一人ですか?」

「もちろんだ」

「しかも、正面から?」

「無論だ」

「それに、なんの準備もなく?」

「当然だ」

 

 立て続けの質問に、脊髄反射で端的な答えを返すドルフィーナ。

 

「これは予想外の展開でした。なんというか、知能回路のどこかが故障しているのではないかと心配してしまいます」

「ふふ、そう思うのが人間故の、あさかささ? あはさかさ? あささかさ?」

「あはかささです」

「そう、それだ!」

 

 残念ながら、「浅はかさ」が正解だ。

 二人とも回路のどこかが壊れているんじゃないのか?

 

「高性能オートマトンがホンキになれば人間なぞ敵ではない」

「その点については、異論ありません。高性能オートマトンなら、という前提が必須ですが」

「その前提に照らし合わせれば、貴様に勝ち目がないのもわかるであろ」

「いえ、現状を冷静に分析すれば、私にとって安心できる状態だと思います」

「どういう意味だ」

「貴方が高性能ではないという意味です」

 

 きっぱり言い切るランバージャックに、ドルフィーナが言葉を失う。

 

「カタログスペックは優秀ですが、実際はダメダメですよね?」

「ど、同意を求めるな! 失礼であろ!」

 

 否定しないのは、流石高性能オートマトン殿。

 自身を良く解ってらっしゃる。

 

「時間も時間ですし、さっさと済ませて先に進ませてもらいますね」

 

 言うが早いか、ハンドガンを抜いた。

 

「うわっ! ちょっと待て!」

 

 瞬間的に青ざめるドルフィーナに向かい、容赦なくトリガーを引いた。

 

 高性能オートマトンは咄嗟に目を閉じて、身体を硬くさせるしかできなかった。

 

 ガチンと撃鉄がぶつかる音が響いた。

 

「おっと弾を先ほど使い切ってしまったのでした。運が良かったですね」

 

 恐る恐る目を開けるドルフィーナに、にぃっと口元を緩ませる。

 

「き、貴様、遊んでいるな!」

「もちろんです。いきなりゲームオーバーでは、可哀想過ぎますからね。でも、これ以上は時間を浪費できません」

 

 スタンナイフを抜いて構えた。

 

「覚悟を決めてください」

「ふん。特殊部隊だかなんだか知らんが、随分と情けない奴だな」

「どういう意味でしょう?」

「情けないの一言に尽きると言ったのだ。なんのかんのと言いつつ、自分の有利な勝負しかできないのであろ」

「むっ」

「我はナイフの扱いが苦手なのだ。勝ち目のない勝負はカロリーの無駄遣いだからな。もう止めだ」


 ドルフィーナは自分ナイフを手に取ると、足元に投げ捨てた。

 

「ほら、降伏だ。ささっと止めをさせばいいであろ」

「下らないやり取りで時間を稼ぐつもりですね?」

「随分と面白い意見だ。流石は特殊部隊、なんちゃらは魔女だったか、そんなご大層な名前だったな」

「『オズの魔法使い』です」

「ああ、それだ。どれほどの者かと思えば、学生相手に有利な勝負しか挑めない臆病者だったとは。聞いて呆れる」

「むむっ」

 

 ランバージャックが唸った。

 相変わらず無表情な顔だが、不快感がオーラーとして立ち上っている。

 

「まあ、戦いは相手の弱点を衝く物だからな。貴様の作戦勝ちと言えるだろう」

「むむむっ」

「さあ、お喋りは終わりだ。さっさと我を倒して先に進むが良いであろ」

「随分な言い草ですね。自分の得意な勝負であれば、私に勝てるとでも?」

「当たり前だ」

 

 間髪入れずに胸を張って言い放つ。

 そのあまりに自信に溢れた態度は後光すら見える、気がする。

 

 この瞬間、勝敗は決した。

 次にランバージャックが切れるカードは一枚しかないのだ。

 

「ふふ、なるほど。では私はこう言うしかないですね。そこまで言うなら、貴方の望む形で勝負してあげましょう」

 

 ランバージャックの口元が不自然に歪み、歯を覗かせた。

 

「まさかドルフィーナさんに、こんな特技があるとは思いもよりませんでしたよ」

「我の力に慄くのは、もう少し後にして欲しいな」

「で、どんな方法で決着をつける気ですか?」

「兵士にとって最も必要な物はなんだと思う?」

「ノリと愛嬌です」

 

 しばし間があった。

 

 折れそうになる心を奮い立たせ、ドルフィーナが続ける。

 

「兵士にとって必要なのは判断力と行動力だ」

「それは愛嬌の次くらいでしょう」

 

 再びの沈黙。

 

「悪いが少し黙っててくれないか。我にもプランという物があるのだ」

 

 イライラを抑えながら、冷静に対処するドルフィーナ。

 彼女にしては大人らしい。

 

「ドルフィーナさんの質問に答えてあげているんですけど」

「我は茶々を入れるのは好きだが、入れられるのは嫌いなのだ」

「好き嫌いをしていると立派な大人になれませんよ」

「言っておくが、オートマトンに肉体的成長はない」

「ドルフィーナさんには精神的成長もないみたいですね」

「どういう意味だ?」

「いえ、別に。で、どんな勝負です?」

 

 ドルフィーナがふうっと息を吐いた。

 熱くなっていた頭をクールダウンさせる。

 

「判断力と行動力、その二点を競う方法は、これしかない」

 

 ハンドガンを取り出して、地面に置く。

 と、傍らに置いていた盾をその横に並べた。

 

「ルールを説明しよう」

 

 意図が解らず首を捻るランバージャックに、ドルフィーナが説明を始める。

 

「まずはジャンケンでオフェンスとディフェンスを決定する」

「ひょっとして」

「皆まで言うな。まずは手順をシミュレートだ。最初はグー」

 

 しぶしぶランバージャックも付き合う。

 

「で、じゃんけん、ほい」

 

 ドルフィーナはグーのまま、ランバージャックはパーだった。

 

 それを確認して、ドルフィーナが銃を指し示す。

 

「勝った方は銃を取るのだ」

 

 言われるままにランバージャックが銃を手にした。

 

「で、相手の顔に向かって撃つ。負けた方は盾を拾い、それを防ぐ」

 

 盾をよっこらっしょっと取って頭上に掲げた。

 

「盾をかわしたりするのは反則。あくまで正々堂々、反射神経と判断力で勝負だ」

「早い話が、『叩いてかぶってじゃんけんぽん』ですか?」

「そう言うバラエティー色の強い表現は好きではないな」

 

 バラエティーの塊みたいな存在が、しれっと言ってのける。

 

「どうだ? 自信がないなら止めてもいいが?」

「お気遣いありがとうございます。こんな勝負なら大歓迎ですよ。私が負けるはずありませんから」

「ほう、大した自信だな。だが、その過剰な自信が貴様の唯一の弱点だ!」

 

 斜め四十五度でびしっと見栄を切って言い放った。

 普段の研究の成果か、なかなか堂に入った物だ。

 勝負方法は『叩いてかぶってじゃんけんぽん』だが。

 

「では、いくぞ!」

「はいはい、どうぞ」

「さぁいしょはぁぁ! ぐー!」

 

 闘気が吹き上がるほどの勢いと共に拳を突き出す。

 一方のランバージャックはあくまで自然体だ。

 

「じゃぁぁんけん! ほい!」

 

 絶叫と共に、ドルフィーナの頭に備え付けられた回路が目まぐるしい演算を行う。

 目から取り入れた画像を瞬時に分析、筋肉の微妙な変化を読み取る。

 

 バカバカしい遊戯。

 だが、これこそがドルフィーナの必勝の策だった。

 

 オートマトンとして人間を遥かに超えているのは、腕力と体重だけではない。

 その瞳に映った画像を処理する能力もある。

 伊号改型の目は特に優れており、性能をフルに発揮すれば、飛来する弾丸の回転すら追う事ができる。

 

 その目を利用し、右腕の筋肉動作を正確にトレース。

 先ほどのグーパーと比較し、出すつもりの物を予測する。

 どんな優秀な兵士であっても筋肉の微妙な変化までコントロールできない。

 

 相手が出す物さえ解れば、それに勝つ物を選択すればいい。

 ジャンケンに勝ってしまえば、勝利は揺るがない。

 今回のゲームは全くフェアではないからだ。

 銃に比べて盾は重い。頭上まで持ち上げるなんて咄嗟にできるはずがない。

 しかも、銃を取ると同時に盾を踏んづけて邪魔をするつもりだ。

 

 まさに! 二手三手先にまで念を入れた必勝の策!

 

 目がランバージャックの右手を、その筋肉の動きをトレースする。

 続けてグーを出すつもりだ。

 分析結果は完璧。ミスはない。

 

 ドルフィーナは勝利を確信してパーを出した。直後、その得意満面だった顔が凍り付く。

 

 ランバージャックはチョキだった。

 左手だった。

 

 事態が理解できず固まったままのドルフィーナに、ランバージャックが告げる。

 

「ほら、ジャンケン負けちゃいましたよ。ぼんやりしてていいんですか?」

「う!」

 

 はっと我に返り、急いで盾を掴む。

 

 が動かない。

 

 視線を動かすと、ランバージャックの足が盾の中央を踏みつけていた。

 

 反射的に顔を上げたドルフィーナの眉間に、ハンドガンの銃口が押し付けられる。

 

「考えていることが見え見えです。なんというか、もうちょっと色々と努力してくださいね。日々の生活とかも含めて」

 

 にぃっと口元を歪ませて、そう告げた。

 

「待て、今のは練習なのだ。次が本番……」

 

 無常にもランバージャックが引き金を引く。

 弾装が空になるまで、乾いた火薬音が続いた。

 

 非の打ち所がない美少女の顔が、これでもかと言うくらいペイント液で真っ赤に染まる。

 断末魔の声を上げる間もなく、ドルフィーナは活動を停止した。

 

「さて、残りは一人。先回りできるといいのですけど」

 

 銃を足元に捨てると、正面の階段ではなく、非常階段の方に足を向けた。


 


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