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【11-02】

                       * * *

 

 

 いきなり爆音が響いた。

 

「はぁぁふぅぅぅん」

「気持ちの悪い声を出すなよ」

 

 ドルフィーナが、湿っぽい声を漏らしながら崩れ落ちる。

 

「うわわわ、バカ!」

 

 肩を借りて進んでいたソネザキも当然巻き込まれる形になった。

 

 二人は四階から五階に続く階段の踊り場にいた。

 ようやく全体の半分に差し掛かったくらいだ。

 

「あいたた。まったく」

 

 無様にぶつけた鼻先を押えながら、ドルフィーナの耳から特殊集音機のイヤホンを外す。

 

「まさか、まだ電源入れているとは思わなかったよ」

 

 焦点の定まらない潤んだ目でぼんやりとしているドルフィーナの様子に溜息をこぼしながら、胸倉を掴んで引き寄せる。

 

「場合が場合だからね。ちょっと我慢してよ」

 

 ぱちっと右の頬を叩く。が、ドルフィーナの反応はない。

 仕方なく少し力を入れて、もう一回。しかし、状況は変わらず。

 しょうがなく、勢いを増やし今度は往復で。それでもダメ。

 

 ぱちぱちという音が、ばちばち、びちびち、べちべちと回数に比例し厚みを増していく。

 最終系である、べちんべちんという音が数回続いてようやくドルフィーナの意識が戻った。

 

「痛いであろ! 何をするのだ! 貴様!」

 

 真っ赤に腫れた顔を、一層赤くして怒鳴る。

 

 ソネザキの指の形がうっすらと見てとれる肌は、まさにリアリティの極致。

 オートマトン技術者の情熱の集大成と言えるだろう。

 ただ惜しむらくは、その熱い魂が浪費以外の何物でもない使われ方をしている点だ。

 

「うぅ、気を失ったか弱い乙女に暴力を振るうとは、こんな悪逆非道の行い、我は許さないからな」

「恨み日記にでも書く?」

「それだけでは済まさんぞ。毎晩、寝る前に五回は音読してやるからな!」

 

 地味で内向きだが、嫌な報復行動だ。

 

「ごめんごめん。悪かったよ。でもさ」

 

 爆音が再び響いた。立て続けに三度。

 

「うわわわわ、まただ」


 ぱらぱらと埃を落とす天井を見ながら、ドルフィーナが情けない声を漏らした。

 

「今日は演習であろ。爆薬を仕込むとは、なんということをするのだ。爆発に巻き込まれたら……」

「お前は完全防弾だろ。巻き込まれて怪我をするのは、生身の私だけだよ」

「貴様はなんで落ち着いていられるのだ!」

「ここが安全だからだよ」

 

 言い切るソネザキに、ドルフィーナが押し黙った。

 

「爆薬は外壁に取り付けられているんだ」

「どうして言い切れるのだ? なにか根拠があるのか?」

「派手に爆発音がしてるのに、空気は殆ど動いてないだろ。つまり建物の中、少なくとも階段の近くには仕掛けられてないってことだよ」

 

 理路整然とした説明に、ドルフィーナが不愉快な顔になる。

 

「きっと火薬の量も調整されてると思うし、煙を盛大に上げる細工がされてるかもしれないな」

「何故、そんなことをするんだ」

「残った人間が、このビルに来る可能性を考えていたんだよ」

「ん?」

「ビルに着いた人数が多い場合、外に見張りを置くのががセオリーだからさ。爆発を使って、不意を衝けるってわけ」

「人数が少ない場合は?」

「ビルに全員で突入するのが基本になるからね。爆音が起これば、状況を確認する為に隊を分けるしかない。そこまでいかなくても、周囲警戒で進行速度は遅くなるからね。足止め効果は期待できる」

「なるほど」

「更に補足しておくと、この手のトラップはタイミングが大事だからね。時限式じゃなくリモコンで行うはずなんだ。つまり、ランバージャックが直ぐ近くに来ているってことだよ」

「良く解らんが、中は安全なのだな」

 

 解説は丸めてゴミ箱へ的な一言に、ソネザキが大きく溜息をついた。

 

「外にはコトミが残ってくれているからね。奮戦に期待して先に進もう」

 

 壁で身体を支えながら、ソネザキが立ち上がった。

 

「さあ、早く行くよ」

 

 へたり込んだままのドルフィーナを急かす。

 

「嫌だ」

「え? 今、なんて」

「嫌だと言ったのだ。もう、嫌なのだ! こんなのは!」

 

 いきなり声を荒げるドルフィーナに、ソネザキが言葉を失う。

 

「先に進んだら爆薬があるかもしれないであろ! いや、もっと悪質なトラップだって考えられる! ポイントの為にそんなリスクを負うなんてごめんなのだ!」

「ポイントの為じゃないだろ。ここまで来るのに倒れていったみんなの……」

「ただの演習だ」

 

 冷たい一言にソネザキが言葉を飲み込む。

 

「くだらない綺麗ごとには流されないからな」

「じゃあ、どうするつもりなんだよ。ここでじっとしてても……」

「コトミが時間を稼いでる間に、どこかに隠れる。隠れていればあと三十分くらいなんとかなる。ポイントも入って、めでたしめでたしだ」

「お前、ホンキで言ってるのか?」

「もちろんだ。演習の目的はポイントを得ることだ。ミッションをクリアできないとなれば、次にポイントを得られる方法を考えるのが妥当だ」

 

 今日は演習。その主張は一理ある。

 いや、感情部分を抜けば正解だろう。

 

「壁伝いに行けば、その足でも屋上まで進めるであろ。行きたければお前一人でいけばいい。むしろランバージャックがお前を追ってくれれば、我の生還率も高くなる」

「ドルフィーナ、お前」

 

 微かに震えるソネザキの声を無視し、ドルフィーナがごろりと寝転がる。

 

「何を言おうと、絶対に進まないからな!」

 

 駄々っ子然とした態度に、ソネザキが深く大きな溜息をこぼした。

 

「解った。一人で行くよ」

「さっさと行け。我も隠れる場所を探す」

「まったく」

 

 ソネザキが額に落ちてきていた前髪をかき上げ、苦笑いを見せる。

 

「変に人間っぽいんだよなぁ」

「うるさい! さっさと消えるのだ!」

「はいはい。解ったよ」

 

 足を引きずりながら階上に進んでいくソネザキが視界から消えてから、ドルフィーナは身体を起こした。

 

「コトミの勝利を期待したいところだが、相手が名うての特殊工作兵では難しいところだ」

 

 思考を巡らせながら、階段をゆっくりと下り始める。

 

 

                       * * *

 

 

 全ては罠だったのだ。

 

 必殺のカウンター。その神業と言える一撃をかわす事はできない。

 だが、タイミングさえ解れば、捉えられるはず。だから、挑発に乗り、怒り、焦った、フリをした。

 

 ランバージャックに向かっていたコトミの右手が、いきなり軌道を変えた。

 目前まで迫っていたランバージャックの拳を払うように動く。

 と、コトミの身体が微かに沈んだ。 

 

 ふわりと。

 その表現がしっくりくる形で、ランバージャックの身体が宙に浮いた。

 そのまま緩やかな孤を描き空中に投げ出される。

 

 しかし、それだけで終わらない。

 

 素早く伸びたコトミの左手が、ランバージャックの手首を掴み引き下ろす。

 

 上方に向かっていた力のベクトルが反転、加速を十二分に乗せて地面に叩きつける形になった。

 

 凄まじい速度で近づいてくる地面。激突は避けられない。

 常人なら目を閉じるのが精一杯な刹那の間に、ランバージャックは信じられない動きを見せた。

 

 地面に右手を付くと同時に身体を捻り、落下の勢いを散らす。

 更に残った力を利用して、素早く立ち上がったのだ。

 

「ん?」

 

 すぐさま攻撃に移ろう振り向いたランバージャックが声を漏らす。

 

 コトミは直ぐ近くにいるはずだった。

 勝負あったと油断している隙を衝いて、膝蹴りの一つでも叩き込んでやるつもりだった。

 

「ここだよ」

 

 後ろからの声に、ランバージャックが総毛立つ。

 

 視線を向けるよりも早く、右脇の下からコトミの腕が絡みついてきた。

 

 あっと思った時には、既に遅かった。

 首までがっちり捕えられた。右肩と首を同時に極める必殺の締め技だ。

 

「もう逃げられないよ」

 

 振り解く暇を与えず、両足を胴体に巻きつけ位置を確保する。

 

「勝負あったね」

 

 コトミがぐっと力を込めると、ランバージャックの関節がギシギシと軋みを上げた。

 

「これは驚きました」

 

 と、ランバージャック。

 痛みがあるはずなのに、表情も変わらず声も平坦なままだ。

 

「コトミさんは熱くなりやすいタイプと思っていましたが」

「さっき先輩に注意されたんだ」

「先輩? ああ、モガミさんですね」

「うん。受け身をとってからの反撃も同じパターンだったんだ。事前にリハーサルしてなかったら、危なかったよ」

「ふふ、彼女がそれほど後輩思いだとは知りませんでした」

「怖いけど優しい先輩だよ」

 

 偽りのない感想だが、モガミに対し好意的なイメージを持っているのは、コトミくらいだろう。

 

「で、どうするのです?」

「このまま終了まで時間を待つよ。銃やナイフを用意しようとして、力を抜いたら逃げられそうだから」

「良い判断です。でも、それで大丈夫なのですか? このままだと爆発は収まりませんよ」

 

 爆音が鳴った。屋上付近から煙が上がる。

 

「心配無用だもん。だって、二人ともみんなの期待を裏切ったりしないんだ」

「信頼があるのですね」

「だから、ボクはボクのすべきことを全力でやればいいんだ」

「コトミさんはこの演習で一歩成長したみたいですね。嬉しく思いますよ」

「ボクだけじゃないよ。ソネザキもアンズちゃんも、ドルフィーナも、アオイちゃんやアカネちゃんだって成長したよ。それにチトセちゃんも。あと、イスズちゃんにアブクマに……」

「解りました。もういいです。クラスメイト全員の名を挙げられても困ります。それにしても」

 

 身体を揺らすが、肩と首は微塵も動かない。

 

「これも見事ですね。完璧に近いレベルです」

「あはは。ありがと」

「でも、残念ながら、私には通用しません」

「それってどういう意味?」

「こういう意味です」

 

 ごきりと鈍い音が鳴った。

 同時にランバージャックの肩口が、ぐにゃりと歪む。

 

 首と肩。がっちり極めているはずのコトミの腕が緩んだ。

 

「え?」

 

 有り得ない感触に、コトミが動揺を見せる。

 

 その一瞬の間を衝いて、ランバージャックの首と腕がするりと抜けた。

 

「ふふ、肩と腕の関節を外しました」

 

 種明かしと共に、ごきゅっと関節を戻す。

 

 コトミが我に返るより速く、胴に巻きついていた足首を掴み、外側に捻った。

 

「痛っ!」

 

 反射的に足の束縛が解ける。

 バランスを失ったコトミの身体が地面に落ちた。 

 

「ほら、脱出できました」

 

 表情を緩めて告げた。

 顔の上半分はそのまま、頬から下だけが無理やり動いたようなぎこちない笑みだった。

 

「すごい。勝負あったと思ったのに」

「いやですね。あのくらいで参るほど、私は子供じゃありませんよ」

「歳の功ってやつだね」

「違います! 私はまだまだ若いんです! 皆さんと気持ちは変わりません!」

 

 地面を踏み鳴らしながら、実に子供っぽい反応を見せた。

 が、その稚拙さに気付いたのか、「こほん」と小さく咳払いをして言葉を変える。

 

「私もプロですから。学生さんに負けるわけにはいかないのです」

「むう。これは一転してピンチだよ」

 

 コトミが立ち上がる。足首にダメージはない。多分に加減していたのが解る。

 このまま力押しで敵う相手ではない。ならばできる限り時間を稼がないと。

 

 深呼吸して、待ちの構えに入る。

 

「なるほど。コトミさんは素晴らしい素質を持っていますね。完全に待ちに入ったその状態では、隙らしい隙がありませんね。でも」

 

 ランバージャックが歩き出した。

 

「それは、あくまで子供のレベルで、ですよ。私に言わせれば、まだまだです」

 

 警戒の欠片も見せず、大股で一気に距離を詰める。

 

 ランバージャックの射程に入った。コトミの身体に緊張が走る。

 

 べちっと乾いた音が響いた。 

 コトミがふらふらと後ろに下がり、尻餅をつく。

 

「え? なに?」

 

 目を丸くしながら、びりびりと痛みを発する頬を押えた。

 

「平手打ちです。見えませんでしたか?」

 

 素直に頷くコトミに、身振りで立つように促す。

 

「次は往復でいきますよ」

 

 そう告げると、再び近づいてきた。

 

 急いで身構えるコトミを嘲笑うかのごとく。乾いた音が二回鳴った。

 

「うそ。全然解らないなんて」

 

 赤くなった頬に驚きを浮かべながら、コトミが感想を述べる。

 

「コトミさん、貴方は相手の呼吸、目線や筋肉の微妙な変化を見て、攻撃を予測していますね」

「そんなつもりはないけど」

「無意識で行っているのですか。それは素晴らしい才能です」

「あ、ありがと」

「でも、私ほどのプロになると、その予兆すら見せずに攻撃を繰り出すことができるのです。インビジブル・ストライクとでも表現しましょうか」

「良く解らないけど。すっごく強いのは解ったよ」

「ふふ、それだけ理解してくだされば十分です。つまりコトミさんに勝ち目ないということです。降伏をお勧めします。演習で怪我をしてもつまらないでしょう?」

「そうだね。ボクじゃ、全然勝てないね」

 

 素直に認めると、いつもの無邪気な笑みを作った。

 

「でも、だからって参ったはしないよ。どんな時だって、全力を尽くすのがボクだから」

 


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