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【10-02】

「いつの間にこんな近くに来たのだ?」

 

 ドルフィーナの耳には何も聞こえなかった。

 つまり特殊集音機に気取られぬように移動していたことになる。

 

「ダメですよ。作戦行動中にのんびり休憩なんかしていると」

 

 手にした小銃を構える。

 

「お、応戦です!」

 

 チトセが声を上げた。

 それを合図に、各々がようやく銃を手にする。

 

 対照的にランバージャックは落ち着いていた。

 ゆっくりと銃口をソネザキに向ける。他のメンバーには目もくれない。

 

 彼女は自分を仕留める為だけに、姿を現したのだ。ソネザキは悟った。

 しかしどうする事もできない。

 

 引き金が冷酷に引かれる。セミオートの断続的な火薬音が響いた。

  

 

                       * * *

 

 

 覚悟を決めた瞬間、ソネザキは横方向からいきなり押し倒された。

 

「ソネザキ、痛くなかった?」

 

 身体の上から澄んだ声が聞こえた。

 驚くほど近い距離にコトミの顔があった。

 

「あ、うん」

「じゃあ、もうちょっと我慢してね」

 

 素早く胴の下に手を入れると、「そいや」っと気合を入れて身体を捻る。

 

 どういう理屈かわからないが華奢なコトミが、ソネザキを掴んだまま軽々と転がった。

 

 寸前までソネザキの倒れていた場所がペイント液で真っ赤に染まる。

 

「これは素晴らしい頑張りですね。でも」

 

 転がるコトミ達を追って、銃口が移動する。

 卓越した運動神経のコトミであっても、この状況で逃げ切れるはずがない。

 

 と、不意に上がった煙が、射線を塞いだ。

 

 赤青黄、ビビットでカラフルな煙が次々と立ち昇り、瞬く間に視界を覆っていく。

 その展開速度は、通常のスモーク弾より遥かに早い。

 

「とりあえずはぁ、急場はしのげた感じぃ。ソネザキ、大丈夫ぅ?」

 

 気合の抜ける声と共に、イスズが煙を掻き分けて姿を見せる。

 

「私の煙幕弾はぁ、支給品の安物とは全然違うんだよねぇ」

 

 イスズにはメイク以外にも特技がある。

 

 器用な手先と薬品に対する深い知識を利用して、支援用の小物を作るのが得意なのだ。

 特に手製の特殊煙幕弾、通称三式弾は秀逸で、通常煙幕弾の五倍の展開速度と二倍以上の範囲を覆う事ができる。

 しかもビビットな色合いで見た目も楽しい。

 ただ効果時間は短く、五分程度しか持たないのが欠点だ。

 

「助かったよ。ありがと、コトミ、イスズも」

 

 礼を述べつつ身体を起こそうとしたところで、手がぬるりとした感触に触れた。

 見てみると赤い液体がべったりとついていた。

 

「足が」

 

 気付いたコトミが声を上げる。

 イスズも驚いたのかアイラインで派手に彩られた目を丸くしている。

 

 ソネザキの腿が赤く染まっていた。

 

「完全に避けたと思ったのに」

「いや、大丈夫。このくらいなら」

 

 心配そうな二人に、弱々しい笑顔を作る。

 

「この足じゃあ、逃げ切れないか。ここは私が食い止めるから、二人とも退避して」

「ソネザキを置いていけないよ。ボクもここに残る。最後まで戦うよ」

「ちょっと待ってぇ。残ったメンバーじゃ指揮とれないしぃ。もう勝ち目なくなっちゃうからぁ」

「いや、でも」

「コトミさぁ、ソネザキを背負って走れるぅ?」

「それは大丈夫だけど」

「じゃあ、私が残るからさぁ、先に行きなよぉ」

 

 相変わらず間延びした口調だが、強い意志のこもった瞳だった。

 

「っていうかぁ、私はソネザキ担いで走れないしさぁ。ここは私が残るのがベストって思わね?」

「しかし、それじゃあ、イスズが」

「そうだよ。イスズちゃんを見捨てるようなマネできないよ」

「あのさぁ、犠牲になる気はないんだよぉ。適当にタイミングを見計らってぇ、逃げるしぃ。っていうかぁ、逆に倒せるかも知れないしさぁ。ほらほらぁ、三式弾は長時間持たないんだからさぁ、さっさと行ってくれないと困るってさぁ」

「解った。でも、無理はしないでよ」

「たかが演習だしぃ、大袈裟なんだからぁ。あ、これあげるぅ」

 

 ソネザキを背負い始めたコトミに、小さな袋を渡す。

 中はリップスティックくらいの大きさの筒が三本入っていた。

 

「なにこれ?」

「小型三式弾だよぉ。試作品だけどぉ、なんか役に立つかもだしぃ」

「イスズ、ありがとう。大事に使わせてもらうよ」

「じゃあ、また後でねぇ」

 

 煙の中に消えていく、イスズの背中を見送ってから、ソネザキは大きく息を吸った。

 

「全員退避! まずは体勢を立て直すんだ!」

「敵に後ろを見せるのかよ!」

「こっちのが多いんだ。やれるさ!」

「うるさいよぉ、双子ぉ! 半人前の邪魔者はさぁ、さっさと消えろって感じなのぉ!」

「なんだと! 塗り壁が!」

「覚えてやがれよ!」

「まるで情けない悪党の捨て台詞だな」

 

 ドルフィーナのコメントは実に的を射ている。

 

「無駄口叩いてないで退避! 煙幕が晴れる前に!」

 

 あちこちで煙が揺れる。

 何はともあれ個々に撤退を開始したようだ。

 

「カッコつけたのはいいけどぉ。どうしたもんかなぁ」

 

 拳銃を手にして首を捻る。

 

 イスズも銃にはそれなりの自信がある。

 アンズとは比べ物にもならないが、学年でも上位の腕前だ。

 

 三式弾の弱点は効果時間。五分弱というリミットを越えると、瞬く間に薄れてしまう。

 煙がなくなってしまえば、勝ち目は微塵もないだろう。

 

 だが、勝機はある。

 

 急速に消える煙に一瞬の隙ができるはずだ。しかも煙が晴れる時間を正確に知っているのは自分しかいない。

 今の風を考えると、通常より早く効果が切れてしまう。

 時間にして、恐らく後一分弱。勝負は……。

 

「勝負は煙幕が晴れる瞬間だ。なんて悠長なことを考えているのではないですか?」

 

 背中から声を掛けられた。臓

 器が瞬時に縮み上がったかと思える程に驚いた。振り向く事すらできず、その場で固まってしまう。

 

「残って時間を稼ぐという貴方の心意気に免じて、他のメンバーは見逃してあげましたよ」

「なんで?」

「この煙幕の中で、何故貴方の場所が解ったかですか?」

 

 イスズの問いを補足して、くすくすと乾いた笑いを漏らした。

 

「匂いですよ。貴方からは化粧品の匂いがするのです。女性として容姿を綺麗にするのは大切ですが、演習時は控えた方が良いですね」

「ちょっと聞きたいんだけどぉ、いい?」

「手短に済ませて下さるならよろしいですよ」

「アンタさぁ、なんとかって部隊にいたってさぁ、ホントなのぉ?」

「ふふ、そういう設定の方がメルヘンチックでよいでしょう?」

「っていうかさぁ、訓練中の学生相手にホンキになるなんてさぁ、大人気ないって思わねぇ?」

「本気なんてとんでもない。陸上競技で例えれば走らずにスキップしてるくらいですよ」

「なんかさぁ、ムカつく言い方だねぇ。大体さぁ」

「さて、時間稼ぎに付き合うのはここまでにしましょう」

「あのさぁ、見逃してって頼んでもさぁ」

「もちろん、ダメですよ」

「そっかぁ、じゃあ、あれだねぇ」

 

 そこまで口にして、イスズが動く。

 振り返いて銃を向けようとするが、引き金を引く速度に敵うはずはない。

 

 セミオートの小銃が、イスズの身体を瞬時に赤く染め上げた。

 

「綺麗に化粧しているのですから、顔だけは避けてあげましたよ」

 

 無様に崩れ落ちるイスズにそう告げる。

 

「さて」

 

 逃げたメンバーの追跡をと、踵を返したところで、煙を突き破りスタンナイフの切っ先が飛び出してきた。

 

 ランバージャックは身体を軽く捻って避けると、ナイフを持つ手を掴もうとする。

 しかし、手首を取るよりも一瞬早く、今度は後ろからナイフが繰り出された。

 

 万事休すと思われたタイミング。

 だが咄嗟に身体を反転させると小銃で刃先を受け止めた。

 

 金属のぶつかる甲高い音が鳴り、勢いに圧された小銃が転がる。

 

「ちっ、今のは完全に仕留めたと思ったのにさ」

「ソネザキの言ってた話も、あながち嘘じゃないのか」

 

 まるで独り言のような寸分違わぬ音域の声が続いた。

 

「まあでも、この状況ならウチらの勝ちなんだよな」

「残念だけど、ゲームオーバーってやつだね」

 

 流れる風に煙幕が急速に薄れてるにつれ、襲撃者の姿が露になってくる。

 

 褐色の健康的な肌の二人組み、アオイとアカネだ。

 ランバージャックを前後に挟む形。

 腰をやや落とした臨戦態勢で、右手にスタンナイフを握っている。

 

 見分けがつかないほどそっくりだが、前に立っている方が髪留めを右に付けているので、アオイと判別可能。

 

「どうして逃げなかったのです?」

 

 表情を微塵も動かさずランバージャックが尋ねる。

 

「塗り壁の命令を聞くのはごめんなんだよ」

「ウチらはウチらのやりたいようにやるんだ」

「つまりイスズさんの意図を汲んで、支援に回るつもりだったというわけですね」

「んなこと言ってないだろ!」

「こいつに借りを作るのが嫌だっただけだよ!」

「なるほど、難しい年頃というわけですか」

「何を知った風な!」

 

 怒声と共にアオイがナイフを突き出す。

 身体を流してかわすランバージャックに、間髪入れずアカネのナイフが迫る。

 

 切っ先が触れる寸前、ランバージャックの左手がアカネの手首を掴んだ。

 すぐさま捻り上げようとするが、それよりも早くアオイが攻撃を繰り出す。

 

 咄嗟に手を離して、ランバージャッがそれを避ける。

 その間にアカネは体勢を立て直し、次の一撃を準備する。

 

 双子だからという理由では到底説明できないほどの連携プレイ。

 悪夢の双子と呼ばれる実力は健在だった。

 

「ちっ! 無駄な足掻きしやがる!」

「諦めな! ウチらの挟撃から逃げられる奴なんていないんだ!」

 

 悪夢の双子が揃った時の近接格闘能力はミユクラスで二番目を誇る。

 ちなみにトップはコトミである。

 

 コトミの格闘センスの高さは、初等部から有名であった。

 実際、格闘訓練でコトミに勝てる人間はいない。

 

 だが、負けん気の塊である双子が、そんな状況にいつまでも甘んじているはずがなかった。

 彼女達は春先にコトミに格闘模擬戦を申し込んだ。

 提示した条件は二対二。

 だが、コトミは一人で受けて立った。

 

 実力を甘く見られたと憤慨した双子であったが、勝負は勝負。

 容赦なく全力で挑んだ。

 

 結果、負けた。

 たった二分の決着だった。

 

 開始直後に間合いを詰められた。

 相手の攻撃を待って戦うコトミのスタイルを念頭に置いていた二人は、この奇襲に近い動きに反応できなかった。

 さしたる抵抗を見せる間もなく、アカネが投げ飛ばされた。

 残ったアオイも善戦したが、一人ではどうする事もできなかった。

 

 二対一というハンデにも拘わらず、あまりに不甲斐ない結果。

 呆然とする二人に向かい、コトミは「ボクの作戦勝ちだね。挟まれたら終わりだもん」と天真爛漫な笑みを見せたと言われる。

 

 その後、何度か挑戦しているが、いつも挟み込む前に片を付けられてしまう。

 双子にとってコトミは超えられない壁なのだ。

 

 だが、そのコトミにも、この状況なら勝てる。

 

「ふむ、なかなか悪くないですね」

 

 ナイフによる連撃を紙一重で凌ぎながら、ランバージャックが余裕のあるコメントを返した。

 

「はっ! 上から目線がいつまで続くか見せてもらうよ!」

「直ぐに息が上がって、逃げ切れなくなるけどね!」

 

 二人の攻撃が更に勢いを増す。まさに圧倒的であった。

 


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