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【10-01】

●一五時二三分●


 とりあえず路地から少し戻り、大通りのビルの陰に一旦集まった。

 

「十五時二十三分」

 

 腕時計をチェックしたソネザキが呟く。

 

 演習の終了時間は十七時。あと一時間半で終了となる。

 

「通常考えられる作戦なら、安全性の高い場所を確保して粘りきる。だな」

 

 ドルフィーナの言葉に全員が首肯した。

 

 作戦終了まで生き残れば、とりあえずは勝利。

 ポイントも貰える。

 

「被害を抑えるなら、それがベストだと思いますけど」

 

 チトセが同意した。

 決して無理をしない彼女にとって、このプランは魅力的なのだろう。

 

「ボクはちょっと嫌な予感がするんだ。ボク達が守りを固めて、時間を稼ぐのは予想してると思うんだよ」

「つまりはぁ、それでもぉ、仕留める自信があるかもってことだねぇ。有り得るよねぇ」

「じゃあ、ウチらで打って出るのはどうだ?」

「ウチらのが人数は多いんだしね。相手も予想してないと思うよ」

「しかし、路地では人数の有利を生かしきることはできないぞ」

「あの、ドルフィーナさんの仰るとおりだと思います。その、路地に入るのは自殺行為だと思います」

「いっそのことさぁ、バラバラで逃げるってのはぁ」

「それこそ各個撃破されるだろうがよ」

「脳まで化粧まみれで回転が鈍いんじゃね」

「なによぉ、半人前の双子が偉そうにぃ」

「はいはい、ストップ」

 

 脱線しかけた話をソネザキが塞き止めた。

 

「どうして、お前らは雑談に展開していくかな」

 

 悲壮感が漂っても仕方のない状況。

 にも拘わらず、普段どおり雑談七割休憩二割のクラスメイトに呆れつつも、心地良さを感じてしまう。

 

「ソネザキ、良い意見は無駄な言葉の中から生まれるって言うよ」

 

 コトミが珍しく薀蓄を披露した。

 

「聞かない言葉だね。誰の言葉?」

「昔の偉い人が言ってたって、ミユ先生が」

 

 あまりに信憑性の低い出所。

 そもそも昔の偉い人という曖昧模糊とした表現はどうなのか。

 適当にもほどがある。

 

「確かにあの教官は、雑談七割休憩二割だからな。まったく困ったもんだ」

「その影響を十二分に受けてるけどね、このクラスはさ」

「まったくだ。我以外は特に酷い」

「お前が一番影響を受けてるよ」

「どこがなのだ! 冗談にもほどがあるぞ!」

 

 教官に対しあまりに失礼な、それでも誰もが納得する正論に緩い笑いが起こる。

 

「で、作戦はどうしますか? ソネザキさん」

 

 タイミングを見計らって、チトセが本題に引き戻した。

 

「防御を整えて迎え撃つのも想定していると思うし、逆に打って出るのも想定していると思う」

「なら、攻めるべきだ」

「こっちのが人数は多い。数で押せる」

 

 物騒な提案はアオイとアカネ。

 常に強気な双子ならではの意見だ。

 

 しかし、ソネザキは小さく首を振った。

 

「おそらく正面から挑んでも勝つのは難しいよ」

「なんでそう言い切れるんだよ!」

「やってみないとわかんだいだろ!」

「この戦力でアンズと正面から撃ち合って勝つ自信ある?」

 

 一瞬誰もが口をつぐんだ。

 

 スナイパーライフルから拳銃まで、銃の扱いについてはアンズの右に出る物はいない。

 この程度の人数なら、西部劇に登場する凄腕ガンマンの如く、抜き打ちで一蹴する技量がある。

 

「敵がアンズほどとは限らないだろ」

「そうだよ。アンズがやられたのは、不意を衝かれたからなんだし」

「違うよ」

 

 双子の反論を、ソネザキがそっけない言葉で受け止める。

 

「アンズは仰向けに倒れていた。つまり正面から撃たれたんだ。しかもアンズの銃はホルスターに入ったままだった。どんな状況だったかしれないけど、アンズが正面から銃を抜く前に撃たれたのは間違いない」

「だけどよ」

「それにアブクマ達もやられたんだ。隠密行動にも長けていると考えられる。つまり、イニシアチブを取られる可能性が高い」

「それは、そうかもしれないけどさ」

「おまけにトラップでフユツキを引っ掛けたんだ。どこにどんな罠を巡らしてるか解ったもんじゃないよ」

「では、その、安全な場所を確保して……」

「それもダメ」

 

 チトセの提案を遮った。

 

「ヤマト事件を思い出して。彼らは実戦レベルで鍛え上げられた百人だったんだよ。それを数時間で制圧できたんだ。この戦力で防御を固めても、簡単に潰される」

「攻めるも難き、守るも難きか。そうなると、イスズの言うように散開して逃げるのが良いかもしれんな」

「相手の裏をかくという点なら、まだそっちの方が有効かもね」

 

 ソネザキが大きく溜息をついた。 

 

 どうにも進退窮まった感がある。 

 何か逆転の一手を見つけるのが、隊長としての務めなのだが。

 

「ソネザキ、目的を忘れず最短距離を探す、だよ」

 

 コトミの一言に、ソネザキが顔を上げた。

 

「目的を忘れず、最短距離を探す」

「モガミ先輩がそう言ってたよね。ボクには良く解らないけど、ソネザキならこれがヒントになるんだよね」

「そうか、そうだったね。モガミ先輩の言いたかったことが解ったよ」

 

 演習の目的は生き残ることでも、ゲストを撃破することでもない。

 しかし、戦力が激減した現状においては、当初のミッションを遂行するには難しい。

 策はあるにはあるが、それはあまりに残酷なプランになる。

 任務を果たすには、時には冷酷な決断も必要。

 モガミは、そうも言っていた。だが、しかし。

 

「あの、ソネザキさん」

 

 黙りこんでしまったソネザキを気遣って、チトセが声を掛けてきた。

 

「なにか良いプランを思いつきました?」

「あ、いや、ないね。正直、八方塞りだよ」

 

 極力、平静を装ってそう答えた。

 

 が、チトセは違和感を覚えたのか、視線を外そうとはしない。

 なんとなく居心地が悪くなって、ソネザキの方が目を逸らしてしまった。 

 

「そんなに見つめないでよ。なんか照れちゃうからさ」

「目的を忘れず最短距離を探す。なんですよね。目的を忘れず最短距離を、目的を忘れず……」

 

 繰り返しながら首を捻る。

 

「具体的なアドバイスじゃないからさ。そんなに気にしなくても」

 

 はっとチトセが顔を上げた。

 自身が思いついた作戦が信じられないのか、ショックの色が浮かんでいる。

 

 その表情から、ソネザキはチトセのアイデアが自分と同じ物だと確信した。

 

「あの、あの」

「言わなくても解るから。それは私も考えたんだけど、やっぱりどうにもね」

「でもでも」

「なにか思いついたの?」

 

 二人のやり取りを近くで見ていたコトミが、好奇心に目を輝かせて尋ねる。

 その様子に雑談に興じていた他のクラスメイトも興味をそそられて、聞く体勢に入った。

 

「どうにも手がなくてね。やはり当初のプランどおり、防御を固めてさ」

「あの、違います!」

 

 普段からは想像できない強い口調でチトセが割り込んだ。

 

「あの、その、えっと、不十分な戦力で防御を固めても、状況を好転させることはできないと思います。だから、その、あの」

 

 集まる視線に顔を真っ赤にしながら、懸命に言葉を探す。

 

「私は隊を二つに分けるべきだと思います」

 

 意外な提案にソネザキを除く、全員が一様に驚きを表した。

 

「戦力を分けてどうすんだよ」

「各個撃破されちゃうだろ」

「待つがよい。ここはチトセの意見を最後まで聞こうではないか」

 

 反対意見を述べた双子を、ドルフィーナが素早く制した。

 

「で、隊を二分してどうするのだ?」

「はい。私達の目的は、ゲストを倒すことでも、制限時間まで生き残ることでもありません。ビルの屋上にある旗を奪取することです」

 

 全員が小さく声を漏らした。

 立て続けに起こった不測の事態に、本来の目的を見失っていたのは否めない。

 

「作戦プランは、こうです。隊を二分、片方の部隊は旗の奪取に向かい、もう一方はゲストの囮となる」

「つまりは、半数を犠牲にするわけだな」

「そうです」

 

 ドルフィーナの問いに、チトセは即答する。

 後ろ暗さを感じさせない態度は、彼女の決意を表していた。

 

「ソネザキはどう考える?」

 

 ちらりとソネザキの顔をうかがった。

 

「解ってる。私が提案すべきだったんだ。嫌な役を押し付ける形にしちゃって悪かったよ」

 

 ソネザキがチトセに頭を下げた。

 

「え、あの、そんな」

「今のプランは私も思いついた作戦なんだよ。でも、どんな犠牲を払っても、勝とうってするのには抵抗があってさ」

 

 恐らく去年の自分なら、そんなことは微塵も感じなかっただろう。

 

「だからと言って、それを他人に言わせるのは感心できんな」

「解ってるよ。ホントにごめん、チトセ」

「いえ、そんな、私は別に」

「こんな時はねぇ、溜息をついてさぁ。しょうがないねぇって言っえば丸く収まるんだよぉ」

「はふぅぅぅ、しょうがないねぇ。あの、これでいいですか?」

「口調までマネしろって言ってないんだけどぉ。なんかバカにされてる気がするぅ」

「あ、いえ、そんなつもりじゃ」

「あはは。まあいいじゃん。で、問題はどうやって隊を分けるかだよね」

 

 コトミが話題を進めた。

 

「やっぱりぃ、クジ引きが定番じゃね?」

「いやいや、ここはバランスよくチームを分けるべきだよ」

「っていうか、ウチら二人は離れると実力を発揮できんからさ」

「ちょっと待って」

 

 ソネザキが割り込む。

 

「半分は捨て駒になっちゃうんだ。反対とかあるだろ」

「たかが演習でしょぉ、別に気にする必要ないんじゃね?」

「うじうじ生き残って、せこせこポイントもらってもウチらは嬉しくないんだな」

「そうそう、ウチらはね、楽しくやって勝てれば良しなわけ」

「ボクもポイントよりはクラスの勝利がいいな」

「我らはポイントに余裕がないので、できれば生き残りたいのだが、現状は厳しそうだからな」

「うふふ、そう言えば、私達はミユ教官のクラスでしたね」

 

 チトセが笑みを見せた。

 控え目な笑顔は、実に彼女らしい表情だ。

 

「その事実をすっかり忘れてたよ」

 

 緩過ぎるノリは、明らかに好意的な物である。

 

「じゃあ、チーム分けをするよ。恨みっこなしだよ」

「楽しそうですね。私も混ぜてもらっていいですか?」

 

 後ろから抑揚のない声が届いた。

 慌てて視線を向ける。

 

 倒壊したビルの前に、密着タイプの黒いボディアーマーを着た女性が立っていた。

 


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