【01-04】
学区の生徒を狙ったテロ事件は珍しくない。
それに備えた訓練もカリキュラムに組み込まれている。
当然、二人の反応は早かった。
ドルフィーナが雑誌の栞代わりに挟んでいたハンドガンを拾い上げる。
ソネザキも懐から銃を抜いた。
二人が持つのは一六式自動拳銃。小型のオートマチック拳銃である。
装弾数は八。口径は六ミリ。威力、弾数共に主武器には頼りないスペックだが、女性でも簡単に扱えるのが特徴だ。
アイコンタクト。瞬時に役割を決める。
ドルフィーナがフォワード。ソネザキがバックアップ。
銃身をスライド、装弾しつつ走る。
銃口は斜め下、訓練通りの動き。
四畳半を数歩で渡り切り、ドルフィーナがドアから飛び出す。
一見迂闊な行動だが、オートマトンの対弾性を考慮すれば無謀ではない。
一方のソネザキはドアの脇の壁に背を預け、一呼吸置いた。
と、そこで。
先行していたドルフィーナの身体が揺れた。
だぶだぶパジャマの裾を自分で踏んづけて、バランスを崩したのだ。
淀みのない清流を思わせる見事な動作で転倒。
しかも受身もとれずに顔から。
取り落とした銃が床を滑る。
「あのバカ」
ソネザキが愚痴りつつも、ドアの影から素早く警戒の目を走らせる。
まず左奥のキッチンスペース。
調理台の前で固まっている小さなアンズの背中。怪我はないようだ。
安心しかけた自分を叱咤しつつ、右に視線を移動。
出入口が閉まっているのを確認。
最後にバスルーム。異常はない。
ふうっと息を吐いて銃を下ろし、部屋から出る。
「アンズ、どうしたの?」
その声にアンズが振り返った。
「ソネザキさん! 大変です! 大変なのです!」
要領を得ない反応だが、危機的状況ではないと判断できた。
ひとまず薬室から銃弾を抜いて懐に戻す。
顔を抑えたままうずくまっているドルフィーナの脇を通り抜けて、大変を繰り返しているアンズの近くまで移動した。
「報告は明瞭かつ簡潔に。減点対象になっちゃうよ」
ソネザキの柔らかい口調に、アンズがようやく落ち着きを取り戻した。
「わたくしとしたことが、つい慌ててしまいましたわ」
「で、どうしたのさ」
「そうです。大変なのです。これを見てください」
キッチンスペースの隅に置かれた炊飯器を指し示した。
第三種支給品でタイマー機能しかない旧型だが、この部屋のライフラインの中枢を担う貴重なアイテムなのだ。
覗き込んだソネザキの動きが止まった。
「こ、これは一体」
あまりのショックにそう呟くのがやっとだった。
「まったく朝から人騒がせな。お陰で床と愛情確認する羽目になったではないか」
ほんのりと赤くなった鼻と額を摩りながら、ドルフィーナが二人の方にやってきた。
防弾金属の上に貼られた人工皮膚は、ここまで人らしく再現できるのだ。
まさに科学の勝利。やや方向性に難があるしても。
「で、何があったというのだ? あ、虫とかはダメだからな。我は特にあの黒いのが苦手なのだ」
自慢にならない事をアピールしつつ、固まっているソネザキの肩口からひょいと覗き込む。
「これは」
炊飯器の中にあったのは、透明の水と沈んでいる米。
炊き上がる前の状態。つまりは。
「生だな」
「生だね」
「生ですわ」
異口同音。絶妙のアンサンブル。
「ついに炊飯器が壊れたか。古い物だからな」
「恐れていた事態が最悪のタイミングでくるなんて」
「ん、ちょっと待って」
常に冷静を心掛けるソネザキが最初に気付いた。
炊飯器の後ろから伸びた電源コードがコンセントから。
「外れてるな」
「外れてるね」
「外れてますわ」
「故障じゃなくて良かったじゃないか。朝食に米がないのは寂しいが、その分昼食が美味しくなる」
「まったく、これだから性能の悪い機械人形はイヤですの。その昼食はどこで食べるつもりなのです?」
「いつも通り、食堂で食べれば良いであろ」
「今日が何の日か解っていらっしゃいます?」
「ん? 今日?」
ドルフィーナが体内時計をチェック。
事の重大性を認識したのか、その表情が強張った。
「どうやら思い出したようですわね。このままでは、わたくし達は昼食なしで戦わねばならないということですのよ」
「それは困る! 必要カロリーの摂取ができないと、我の性能は著しく低下するのだぞ」
「もともと高性能でもないのに」
「だから! より一層酷い事になるのだ!」
胸を張って、さも偉そうに言い放つ。
一瞬、その主張の正当性を信じそうになったアンズだが。
「そんなの自慢になりませんわ!」
「漫才はそれくらいにして。アンズ、糧食はどのくらい残ってる?」
「ソーセージにベーコン。卵に野菜が少々。後はツナ缶くらいですわ」
「主食がないと厳しいな。乾パンが残ってたはずだけど」
「残念だが手遅れだ。昨晩、我が夜食に食べた」
「なんで非常食料に手をつけるのです!」
「お菓子のストックが切れていたからだ。でなければ、誰が好んであんな簡素でわびしい物を食べるか」
「自分の非を棚に上げて、開き直るつもりですの」
「こんな状況を予測できるはずがない。そもそも就寝前にコンセントを確認しないのが悪いのだ」
一理ある。
こういう論理を組み立てるのはドルフィーナの数少ない特技だ。
「今日の食事当番は誰だ? そいつが責任を負うべきであろ」
もっともな御意見。
三人の目が冷蔵庫の横に張られた当番表に集まる。
十月十日。清掃がソネザキ。洗濯がコトミ。皿洗いがアンズ。
そして食事準備がドルフィーナ。
「くっ……血液交換の時間だ」
「ちょっとお待ちなさい」
初期学習期間中に覚えた台詞を残して、そそくさと逃げようとしたドルフィーナの髪を、後ろからアンズが掴んで引っ張る。
「保存食は勝手に食べる。朝食の準備は失敗する。いつも寝てばかりでまったく役に立たない」
懐からハンドガンを抜き、ドルフィーナの後頭部に押し付けた。
「こんな機械人形、壊して屑鉄にでもした方が世の為ですわ!」