【09-02】
「アブクマさん達が追跡するそうです」
「止めて! 下手に戦力を分散したら各個撃破されるから」
チトセの報告にソネザキが指示を返すが。
「あ」
チトセの表情が凍った。さあっと血の気が引いていく。
「あのあの」
「無線切って行っちゃったか。あいつら、熱くなってたからな」
「そのその、ごめんなさい」
「チトセが悪いわけじゃないよ。とりあえず、私達も追跡しよう」
「トリオ・ザ・ジミーなら焦らなくても大丈夫だよ、きっと」
「そうそう、存在感薄いだけあって。追跡とか偵察は得意なんだしさ」
「っていうかぁ、こんな時くらいは活躍させてやってもいいんじゃね? みたいなぁ。普段は地味でぇ、存在感の欠片もないしぃ」
随分な言われ方だ。
「しかし、普段脚光の当たらないキャラクターが目立つと、死亡フラグが立つという法則がある」
ドルフィーナが割り込んできた。
死亡フラグという聞きなれない単語に、ソネザキが眉を潜める。
好意的な物ではなさそうだ。
「退場前の最後の見せ場ということだ」
「縁起でもないこと言うんじゃないよ、まったく。さあ、みんな行くよ」
「ロングランスは、放置しておくんですか」
チトセが尋ねる。
「もったいないけど、しょうがないよ」
この状況下、長距離から攻撃できる武器があるのは嬉しいが、伏龍以外のトラップが仕掛けられている可能性もある。
下手に触れるのは危険だろう。
「でも、敵がこれを取りに戻ってくる可能性もありますよ」
「それは、そうだけど」
フユツキがチトセの肩を叩いた。
目が合ったところで、小さく頷く。
「えっと、なんでしょう?」
意味するところが解らず疑問符を浮かべるチトセ。
だが、フユツキはあえて説明する気はないのだろう。
結果、じんわりと無言で見つめ合う事になった。
「あのあの」
「フユツキが逆にトラップを仕掛けておくってさ」
当惑し始めたチトセに、ソネザキが代わって説明する。
「相手が困ったら、ちゃんと言葉にしてあげてよ」
ソネザキの要望に親指を立てる。
でも、やっぱり無言だ。
「じゃあ、仕掛け終わったら行くから、みんな準備はいい?」
「待て、アンズをこのまま放置しておくわけにもいくまい」
ドルフィーナが鎮痛な面持ちで告げた。
「寝冷えしないように、毛布でも掛けといてあげる?」
「いや、我らがすべきことは違うであろ。強敵に立ち向かった彼女の勇気を讃えることだ」
随分と格好の良い台詞を吐きつつ、懐からペンを一本取り出した。
黒で極太で油性のやつだ。
きゅぽんとキャップを外すと、アンズの枕元にしゃがみ込む。
それから、顔に油性で極太な黒のペンを近づけ。
ごいん。
ソネザキの鉄拳が遮った。
「いきなりなにをする! 痛いであろ!」
「それはこっちの台詞だよ。なにをする気なんだよ」
「決まっておろ。アンズの勇気を讃えて、死化粧を」
「油性ペンで、しかも黒の極太でかよ」
「紫よりはマシであろ」
「そういう問題じゃない」
「じゃあ、何色なら満足なのだ? それとも太さか、極太がまずいのか?」
ごいん。
面倒になったソネザキが、再度の拳骨で会話を打ち切る。
「あいたた」
「あいたた」
インターバルを空けずに二回の攻撃は、やはり応える。
双方、涙目になった。
「とにかく、さっさと行くよ」
ソネザキが襟首を掴んで、ドルフィーナを引っ張る。
「せめてほっぺに丸を描かせてくれ。それがダメなら目蓋に瞳を。なんなら額に漢字一文字だけでもいいのだ!」
「もう一発殴るよ!」
取り付く島もない一言に、ドルフィーナも諦めざるを得なかった。
「コトミも見てないで止めてよね」
「いやぁ、それはそれで有りかなって。目が覚めたら、すっごく驚くと思ってさ」
その嬉しそうな顔を見ていると、意地悪の類でないのが解る。
冗談に対して無限に近い許容量を持つコトミなら笑って済むだろうが、アンズの性格では有り得ない。
ハンドガンを振り回して、ドルフィーナを追い掛け回すのは必至だ。
「でも、いつもと一緒か」
それなら止める必要はなかったと思いかけたところで、慌てて首を振った。
その思考はこのオートマトンの発想だ。毒されてきている。
「まったく冗談じゃないよ。フユツキ、そっちはどう?」
ロングランスの前でしゃがみ込んでいる背中に声を掛けた。
「ダメだ」
珍しく言葉が返ってきた。
「そっか、じゃあ諦めて」
「ソネザキ、気をつけろ。敵は強いぞ。慎重に慎重を重ねなければ勝てない相手だ」
「フユツキ?」
沈黙の異名に似つかわしくない言葉の多さに、不安を覚えた。
「迂闊だった。伏龍ばかりに気を取られていた」
フユツキが前のめりに崩れ落ちた。
近づこうとしたソネザキを押し退けて、一人が駆け寄る。
「フユツキ!」
大柄な背中にすがり付いて声を上げた。
イスズだった。
普段の気だるそうな雰囲気からは想像もできない取り乱しようだ。
「演習だ。熱くなるな」
「でも!」
異変に気付いたクラスメイトが集まってきていた。
「引っ掛けられた」
倒れた身体の下からじわじわと赤いペイント液が染み出てきた。
かなりの量だ。
「壁に対物センサーによる罠があった。長時間、同じ場所にいると作動するようだ」
反射的に目をやる。崩れた壁の隙間に銃口らしき物が見える。
「ソネザキ、早くここから出ろ。この手のトラップがどれだけあるかわからん」
「全員、退避! 急いでこの建物から出て!」
急いで指示を出す。
それに従って、全員がバタバタと移動を始める。
「堂に入ったもんだな。これなら安心だ」
「さ、イスズ。お前も」
「いや! 私はここに残る!」
この二人は常日頃から一緒に行動している事が多い。
寡黙なフユツキと無駄口ばかりのイスズ。奇妙な取り合わせだが、相性は良いのだろう。
「たかが演習だ」
「でもでも」
まるで聞き分けのない子供だ。
「イスズ。ここでリタイアしてもなんにもならないよ。さ、外に出よう」
「情けない顔をするな。折角の塗り壁が崩れるぞ」
今にも泣き出しそうなイスズの頬を、フユツキの大きな手がそっと撫でる。
「まだまだ子供だな」
「同い年のアンタに言われたくない……しぃ」
いつもの間延びした口調で、ぷっと頬を膨らせた。
「じゃあ、少し休ませてもらう。ソネザキ、勝利を期待しているぞ」
「任せてとは言えないけどね。とにかく全力を尽くすよ」
「それで十分だ。しかし、喋り過ぎて疲れたな」
「一年分くらい喋ったんじゃない。まあ、ゆっくり休みなよ」
小さく頷くと、フユツキは目を閉じた。
しばらくすると穏やかな寝息に代わる。
「じゃあ、いこうか」
何度も足を止めて振り返るイスズの背中を押しながら、屋上を後にした。
* * *
アブクマ、マヤ、キヌガサの三人はランバージャックを追っていた。
一定の距離を開けて、物音を立てず気配を最小限にして追跡する。
この隠密行動に関しては、ミユクラスでナンバーワンのチームなのだ。
高等部精鋭部隊に対する奇襲が、あれほど見事に成功したのも、彼女達三人が事前に偵察を行い、配置を完璧に把握できたからだった。
クラスメイトの仇を討つという目的に熱くなりながらも、冷静に後をつける。
一方のランバージャックは、追跡に気付かないのか。
特に警戒する様子もなく、駆け足程度の速度で進んでいく。
そうこうしている内に、やや背の低いビルの立ち並ぶ区域に入った。
大きな整然とした道ではなく、細く曲がり角の多い路地エリアだ。
アブクマが足を止める。
直ぐ後ろに続いていたマヤとキヌガサも立ち止まった。
視界の効かないエリアに誘い込まれている。
漠然とした感覚がそう告げていた。
敵の実力が未知数。このまま進むのは危険かも知れない。
(どうする?)
アブクマが右手の人差し指と中指をくねくねと動かした。
チーム内では手と指を使ったシグナルで意思疎通ができる。
隠密行動に長けた彼女達の知恵だった。
成績は良くもなく悪くもなく、ど真ん中なチームだが、過去の演習での生還率は九十パーセントを越えている。
誰にも見つからずに作戦を終える場合もある。
密かな実力者なのだ。
(戻ってみんなと合流する方がいいと思う)
(敵は気付いてないと思う。追撃を続けよう)
慎重派のマヤと、行動的なキヌガサの意見はやはり正反対だった。
(よし、追跡を続行するよ)
アブクマは瞬時に決断を下した。
気付かれていなければ良し。もし仕掛けられても、三対一の優位がある。
逃げられると踏んだ。
密着タイプの黒いボディアーマーが、先の道を右に曲がった。
(追跡パターンを甲に変更して追跡再開)
左手で指示を出すと同時に、アブクマが追って駆け出す。
足音を抑えた静かな移動だ。
マヤとキヌガサは動かず、アブクマの後ろを警戒。
そっと覗き込んだアブクマの目に、次の角を右に曲がる後ろ姿が見える。
すぐさま次の角までアブクマが移動。
それを見た、マヤがアブクマのいた場所まで進む。
キヌガサは残って周囲警戒。
ランバージャックが今度は左に曲がった。
アブクマが追う。
マヤが一つ進み、キヌガサがマヤのいたポイントまで移動。
先導者の背後を警戒しつつ、じわじわと進む。
安全性を重視した追跡方法だ。
ぴったりと息の合ったチームワークの賜物だろう。
付かず離れず一定の距離を保ちながらの追跡が続いた。
いくつもの角を曲がり、方向感覚が段々と怪しくなるのを感じつつも、引き離されないように注意して進む。
と、曲がり角から先を確認したアブクマの顔が凍り付いた。




