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【09-01】

●一四時四四分●


「アンズちゃん」

 

 仰向けに倒れている親友の姿を目にして、コトミが呟く。

 

 ソネザキ以下ミユクラスの生存者は、アンズが狙撃ポイントとしていたビルの屋上に揃っていた。

 

 冷たいコンクリートがむき出しの床。広さは十メートル四方くらい。

 端には、アンズの使っていたロングランスが射撃状態のまま放置されている。

 

「アンズちゃんの仇は取るよ、絶対に」

「コトミ、あんまり熱くならないようにね」

「うん、大丈夫だよ」

 

 ソネザキの注意に笑顔で答えた。

 モガミの指導は、コトミの闘志を良い方向に向けてくれたようだ。 

 

「アンズはどうだった?」

 

 ソネザキの耳に苛立ちを含んだ声が飛び込んできた。

 

 一階、ビルの入り口で見張りとして残ってもらったアブクマ達トリオ・ザ・ジミーからだ。

 

「残念だけど……」

「くそっ、なんだよ! 今日の演習は!」

「落ち着いて。とりあえず警戒を頼むよ」

「解ってるよ!」

 

 無線を切りつつ、大きく溜息をついた。

 

「イライラする気持ちも解るけどぉ。こんな時こそ冷静になんないとダメじゃんねぇ?」

 

 そんなソネザキを見て、イスズが口にする。

 

「っていうかぁ、たかが演習だしねぇ」

「演習と言っても納得できないです」

 

 チトセが珍しく不満を口にした。彼女自身も憤りを感じているようだ。

 しかし自分の発言に気付いたのか。

 

「あ、ごめんなさい。そういう意味じゃないんです」

 

 あわわと頭を下げた。やはりチトセはチトセなのだ。

 

「イスズの言い分も解るしさ、チトセの言いたいことも理解できるよ」

「つまりは、この借りをキッチリ返してやればいいだけのことだ」

「なんで、横から口を挟むかな」

「横ではない。前からだ」

 

 ソネザキの前に立ったドルフィーナが、ぐっと胸を反らす。

 何故か凄く偉そう。

 

「しかし、アンズが簡単にやられるなんて信じられないけどね」

 

 穏やかな寝息を立てているアンズの顔を覗き込みながら、ソネザキが感想を述べた。

 

「不意打ちだよ。狙撃中に不意を衝かれたんだ」

「ウチらが護衛についてやるべきだったんだ」

 

 アオイとアカネが揃って口を尖らせる。

 

「って言うかぁ、強襲に一番乗り気だったのはアンタら双子だったくせにぃ」

「なんだよ。塗り壁が偉そうに」

「なによぉ。二人で一セットの半人前がぁ」

「ちょっと、落ち着いて下さい。仲間割れなんてしてる場合じゃないと思います」

 

 普段から犬猿の仲になっているイスズと双子の間に、チトセが慌てて割って入る。

 

 が。

 

「アンタに関係ないでしょぉ」

「そうだよ。部外者は引っ込んでろよ」

「お前さ、どっちの味方なんだよ」

 

 薮蛇全開。三人のきつい視線が一斉にチトセに向いた。

 

「どっちのって、そんな、あの、その」

「なによぉ、ハッキリしないじゃん」

「いや、だから、私は、その」

「いつも適当にふらふらしてばっかでさ」

「そんな、私は、ただ、あの、あの」

「だから、ここ一番で頼りにならないんだよ」

「それは、その、その」

 

 見るからに気弱そうなチトセの瞳が潤み始めた。

 半ば八つ当たりに近い絡まれ方に泣きそうだ。

 

「こら、お前ら。あんまりチトセを困らせるなよ」

 

 見かねたソネザキの仲裁に、三者は不満な顔をしつつも矛を収める。

 

「みんなイライラしてるんだよ。悪く思わないでくれよ」

「ううん。私がしっかりしないから、ダメなんですよね」

「冗談止めてよ」

 

 沈んだ声で告げるチトセに、ソネザキは殊更明るく言った。

 

「ミユちゃんのクラスは、しっかり個性の有り過ぎる連中が集まってるんだからさ。チトセのような、落ち着いた雰囲気の子がいてくれないと困るよ」

「ソネザキさん」

「根拠のないフォローだ。真に受けるな」

 

 明るくなりかけていたチサトの顔が、ドルフィーナの一言にどんよりと曇る。

 

「なんで余計なこと言うんだよ」

「ふむ、チトセの沈んだ顔はとても可愛いのだ。そのキュートな表情を見る為に、まともな人間であればどんな苦労も惜しまないものなのだよ」

「お前はオートマトンだろ」

「オートマトンだが、愛を解する美少女でもある」

 

 下らないやり取りに、ソネザキは鈍い頭痛を覚える。

 

「とにかく、チトセにはみんな甘えているんだ。だから、これからもよろしく頼むよ」

「あの、私は必要とされてるんしょうか。このクラスで」

 

 消えるように呟いた言葉は、チトセの一番深い部分にある悩みなのだろう。

 

「あ、いえ、なんでもないです」

 

 弱々しい笑顔で前言を否定する。

 

「そういうのはね、みんなに聞いてみればいいんだよ」

 

 コトミが会話に参加してきた。

 

 発言の意味をチトセが理解するよりも早く、「ねえ、みんな」と声を上げる。

 

「え、ちょっと待って」

「チトセちゃんは、このクラスに必要な友達だよね」

 

 それほど広くない屋上。

 クラスメイト達に行き届くには、十分な声量だった。

 

 質問の意味を理解する一瞬の間を置いて。

 

「当たり前だろ。なに言ってんだよ。ウチらの大事な仲間じゃんか」

「そこの双子よりはぁ、よっぽど大事な仲間だよぉ」

「なんだと、この能面女!」

「誰が能面なのよぉ。ちょぉムカつくぅ」

 

 また低レベルな口喧嘩へと発展する三人を見ながら、ソネザキが溜息をついた。

 

「あいつらは、ああいう関係を楽しんでるからさ。放っておけばいいよ。もちろん、私もチトセは大事な仲間だと思ってる」

「ふむ、低レベルな人間でもそう言うのだ。高性能オートマトンである我が、いちいち表明するまでもないであろ」

「ボクも、チトセちゃんは大好きな友達の一人だよ」

 

 感激で目を潤ませるチトセ。

 と、後ろから肩を叩かれた。

 

 振り返るとフユツキだった。

 柔らかな笑みを浮かべ、サムズアップ。

 沈黙のフユツキと言う異名は伊達ではない。

 

「あ、ありがとうございます。今、私はとても幸せです」

「幸せに浸ってるところ悪いんですけど」

 

 掠れた声がそれぞれのインカムに飛び込んできた。

 

 その声にぞくりと悪寒が走る。

 会話の内容を把握しているということは。

 

「その子の身体に、盗聴器を仕掛けておいたからです」

 

 思考を読んだように、ランバージャックと名乗った女が端的に告げる。

 

「戦闘中の私語は厳禁。授業で習わなかったのですか?」

「私達の教官は大らかでおしゃべりなんでね」

 

 軽口を返しつつも、クラスメイト達にアイコンタクト。

 周囲の警戒につかせる。

 

「折角なので、もう一つヒントをあげましょうか。東側です。青い壁のビルの屋上から、今、貴方達を見ていますよ」

 

 全員の視線が一斉に移動する。

 東にある青いビルの屋上に人影が見えた。大きく手を振っている。

 

 ソネザキがロングランスに駆け寄る。

 距離は百メートル。この距離ならギリギリ当てられる。

 

 持ち上げようとしたところで、手首を掴まれた。

 フユツキだった。太く強靭な腕は、ソネザキの力ではびくともしない。

 

 当惑しつつ顔を上げたソネザキに、小さく首を振り、ロングランスの銃身を指差す。

 

 ソネザキが顔を近づけると、銃の下側、死角となっている部分に、コインくらいの物が付着しているのが解った。

 

 対人用トラップ『伏龍』である。

 振動を与えると炸裂する小型の兵器、演習用の物なら付近にペイント液を撒き散らすようになっているはずだ。

 

「コトミのことを偉そうに言えないか」

 

 ふうっと息をついた。気付かない内に、自分もかなり熱くなっていたようだ。

 

「でも、流石はフユツキ。私は全然気がつかなかったよ」

 

 沈黙のフユツキと呼ばれるほど寡黙な彼女の特技は、トラップの設置と解除である。

 ワイヤートラップや対人地雷と言った定番な物から、電子感知機器を使った新鋭トラップまで、なんでもござれ。

 

 トラップは心理戦だから奥が深い。と、彼女にしては饒舌に語った事があった。

 

「なんにせよ助かったよ。ありがとう」

 

 その言葉に、フユツキが肩をすくめる。

 礼には及ばないという意味だろう。

 

「ソネザキ、あいつが逃げるよ!」

 

 コトミが切迫した声を出した。

 

 アンズの身体に盗聴器を仕掛けたと言っていた。

 こちらが罠を見抜いたと知って、次に移る気なのだ。

 

 



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