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【08-02】

「なに、その変な名前」

「ふふ、私もそう思いますが、昔から使い慣れてるコードネームなんですよ。オズの魔法使いと言えば、ソネザキさんならピンとくるんじゃないですかね」

「オズの魔法使いだって?」

 

 文字通り目を見開いて絶句した。

 傍らのモガミも大きな衝撃を受けたのか、同じような表情で固まっている。

 

「君の名前なんてどうでもいいよ。それよりアンズちゃんをどうしたの?」

「ふふ、気になるなら見に来られたらどうです? まだ間に合うかも知れませんよ」

「アンズちゃん、直ぐにボクが!」

 

 コトミが盾の陰から飛び出す。

 

「コトミ! ダメ!」

 

 飛び出した所を狙い撃ちする。

 見え透いた手だ。

 

 しかしソネザキが咄嗟に上げた警告も、慌てて伸ばした手も届かない。

 それほどまでにコトミの反応は速かった。

 

「バカにもほどがあるわ!」

 

 パン。銃声がモガミの怒声を掻き消す。

 

 飛び散ったペイント弾が、か細い身体を一瞬で真っ赤に染め上げた。

 

 

                       * * *

 

 

 時間を少し遡る。

 

 ちょうど、コトミとモガミが煙幕の中で格闘戦を繰り広げていた頃。

 

 広場から北に二百メートルほど離れたところにある八階建てのビル。

 それほど大きな建物ではないが、周囲の倒壊したビル群に比べると頭一つ大きい。

 

 屋上からの視界は良好で、広場をうろつく人の姿も良く見える。

 さすが狙撃用に設定された建物と言える。

 

 演習地ということで、実は使い勝手の良い物がこっそりと準備されているのだ。

 

 ビル街の間にわざとらしく作られた広場は休息を取り易くなっているし、小ぶりなビルとぐねぐねした路地で構成される地域は敵を分断し叩くにはもってこい。

 高層ビルの残っている地域なら空挺隊を安全に下ろす事もできるし、まだ動くバスがなんとなく放置されていたりもする。

 

 地の利を生かし、戦況を有利に展開する。これも市街戦の醍醐味の一つ。

 

「これ以上は無理ですわね」

 

 アンズが愚痴た。

 

 彼女はビルの屋上に寝そべり、愛用のスナイパーライフルのスコープを覗き込んでいた。

 三脚で固定されたロングランスは、小柄な彼女に不似合ない程重厚で無骨だ。

 

 完全に視界が遮られた状態では、アウトレンジからの狙撃は不可。

 つまり、彼女の仕事はこれにて終了を意味する。

 

「ヒット数は一つ。がっかりですわ」

 

 クラスメイト達が敵の包囲を完了した時点で、広場に残っている敵を狙撃する。

 早い話が、狙撃兵による奇襲攻撃である。

 その後、包囲した敵部隊を強襲。

 混乱した敵が煙幕を張り撤退を開始したら、コトミが格闘戦に持ち込む。

 

 これがソネザキの作戦だった。

 

 広場に残っていたのは指揮官と思しき生徒。

 彼女を狙うつもりだったが、伝令が広場を離れようとしたので、そちらを優先した。

 

 結果、戦果となったのは、その伝令兵一人。

 大掛かりなスナイパーライフルを持ち出し、しかも得意のロングレンジショットでこの体たらく。

 どこぞのオートマトンにバカにされそうだ。

 

「そうですわ。あのガラクタを先に撃っておくのもありですわね。世の為、人の為になりますし」

 

 物騒な独り言は、もちろん冗談である。

 その証拠にスコープから目を離した。

 

「それにしても、ヒット数一とは、残念至極ですわ」

「いえいえ、この距離から初弾で仕留められるとは大した腕ですよ。しかも相手は動く標的ですからね」

 

 いきなり後ろから届いた声に、アンズの小さな肩が跳ねた。

 

 寝そべった状態で、背後を取られた。

 ぞわっと全身が総毛立つ。

 

「大丈夫ですよ。いきなり後ろから撃ったりはしませんから」

 

 抑揚の乏しい喋り方。やや掠れた声色。

 少なくともクラスメイトではない。

 

「立ち上がって結構ですよ。寝そべった背中を敵に晒すのは、精神衛生上良くないでしょう」

「そうですわね。お言葉に甘えさせて頂きますわ」

 

 ゆっくりと身体を起こしながら、相手が口にした敵という単語を反芻する。

 

 おそらく相手はハンドガンを突きつけているだろう。

 いつ発砲されるか解ったもんじゃない。

 もっとも緊張する時間だった。

 

「手を上げておいた方がよろしいかしら?」

 

 ようやく立ち上がった。背後を取られているにも拘わらず、小さく息をついた。

 この状態なら、なんとか抜き撃ちできる。

 絶対的不利な状況下だが、自分の速度を考慮すれば。

 

「抜き撃ちの速さを考慮して五分、なんて考えているんでしょうね」

「わたくしはそこまで自惚れていませんわ」

 

 動揺を微塵も見せず、アンズが答える。

 

 富豪の末娘として育ってきた彼女は、相手の本心を見透かそうという下衆な遣り取りには慣れている。

 

「できれば服の砂を払いたいんですけれど?」

「どうぞ、どうぞ。砂まみれでは折角の愛らしいお姿も台無しですし」

「事実を述べられても嬉しくありませんわ」

 

 手を動かして、ぱたぱたと胸元を払う。

 

 と、ボタンが一つ取れて落ちた。小さな音が転がる。

 

 背後の気配が緩んだ。

 視線がほんの少し外れたのを感じる。

 

 今だとばかりに、アンズが動く。

 身体を捻り上体を後ろに向けた。刹那の動きの中で、ヒップホルスターから拳銃を抜く。

 

 銃声が響いた。

 

「あうっ」

 

 アンズが小さく声を漏らした。

 拳銃が地面を転がる。

 

 敵の一撃がアンズの手から銃を弾き飛ばしたのだ。

 

「有り得ないですわ」

 

 じんじんと痺れる右手を押え呟く。

 

 彼女の抜き打ちの速度より早く、しかもこれほど小さな標的に命中させるとは。

 

「やれやれ油断も隙もないですね。あのタイミングで仕掛けてくるとは驚きでした」

 

 相変わらず抑揚のない声で告げた。

 

 アンズがキッと視線を向ける。

 小柄なアンズからは見上げる形になった。

 

 やはり見覚えのない人間だ。

 卵型の輪郭に大きな瞳、細い眉。すっと高い鼻に、赤いルージュの唇。

 髪は茶色のロングで、ゆったりと優美な広がりを見せている。

 なかなかの美人。

 

 井出達は密着タイプの黒いボディアーマー。

 アンズが付けているような防弾ジャケットも、補強用の金属プレートも付けておらず、大人らしい魅力的な身体つきを強調しているように思える。

 

「随分とふざけた格好ですわね。メットも被らず、防弾装備もなしなんて」

「メットを被ると髪が乱れちゃいますから。防弾装備は重くてダサいですし。どんな時にも女性として美しくいたいのです」

「随分と自信がお有りのようですわね」

 

 ふざけた物言いに憤りを覚えつつも、アンズはぐっと堪える。

 右手はまだ痺れている。どうにか時間を稼いで、次のチャンスを待つしかない。

 

「でも、貴方の抜き打ちは大した物でしたよ。思わず身体に当ててしまいそうになりました」

 

 冗談めいた言葉にも抑揚はなく、表情も造り物然として変わらない。

 

「貴方も演習のゲストですのね? 今日の演習はどんな趣向なのです?」

「大丈夫ですよ」

 

 にぃっと口元から白い歯が覗いた。

 口だけが動いたような不自然な笑み。

 

「腕の痺れが取れるまで待ってあげますから」

 

 流石のアンズも息を飲んだ。

 が、すぐさま闘志に満ちた表情に変わる。

 

「よろしいですわ。身の程知らずという言葉を教えて差し上げます」

「ふふ、期待していますよ」

 

 その言葉を最後に二人とも押し黙る。

 無言のまま、じわじわと流れる時間。高まっていく緊迫感がねっとりと絡み付いてくるほどだ。

 

「お待たせしました。もう大丈夫ですわ」

 

 右手を振りながら、アンズが回復を告げた。

 

「で、どうするのです?」

「古典的ですが、これでケリを着けましょう」

 

 アンズにコインを見せた。

 

「よろしいですわ。では作法に則って、腰の銃を使います」

「では、私も」

 

 アンズが腰のホルスターを指し示すと、女も銃を腰に戻した。

 

 二人とも足を肩幅に広げ、力を抜いて立つ。膝を少し前に出し、重心を後ろに置く。

 遥か昔に確立した、最速で銃を抜ける姿勢。

 

 一呼吸おいて、女がコインを弾いた。

 

 クルクルと回転しながら、宙を舞う。

 数秒にも満たない間が、圧倒的に高められた集中力のせいで、遅く、ただゆっくりと感じさせる。

 

 空中でコインが静止、上昇から落下に緩やかに移行。

 キラキラと光を反射しながら、目の高さ、胸元、腰と過ぎていく。

 

 地上まで数センチ。二人の緊張が極限まで高まる。

 

 チリン。涼しい音と同時に銃声が耳を劈いた。

 

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