【07-04】
「助かったよ。ありがとう」
「いや、礼を言われるほどのことでは」
ソネザキが握り返す。
意外とほっそりとした感触に驚く。
「そうだ。礼を言われるのは、我の方なのだ」
ソネザキが力なく額を押える。
ぼんやりと頭痛がしてきた。
「君が噂のオートマトンか」
「そう、我が噂の美少女オートマトンだ」
いつの間にか近くまで寄っていたドルフィーナが、これでもかとばかり胸を張る。
「そもそも、今日の勝利は我の特殊集音機があればこそ。さあ、遠慮はいらんぞ。我を讃えるのだ!」
「噂以上に面白いよ、君」
ふふっと、ハルナが笑みをこぼした。
「うちのクラスに、いや、うちのチームに移らないか。たっぷりと可愛がってあげるけど」
大人びた表情を作り、湿っぽい声で告げた。
「ルックスも私の好みだし」
熱のこもった瞳で、絡みつくようにドルフィーナの顔を見つめる。
その視線に気圧されたのか、ドルフィーナはぶるるるっと身体を震わせた。
「そんな目で見るな。我にそんな倒錯した趣味はないのだ」
「最初はみんなそう言うんだ。でも、それは知らないだけなんだ。怖がることなんてないんだよ」
妖艶な笑みを浮かべて、ゆっくりとドルフィーナの方に歩み寄ってくる。
「うわわ、来るな」
ドルフィーナが普段からは想像できない機敏な動きで、ソネザキの後ろに隠れる。
「おい、こら」
反射的に首を後ろに向けたソネザキも唖然とした。
これほど怯えるドルフィーナを見るのは。
「ゴキブリ見た時と同じ反応だな」
良く考えれば、月に数回はある。
「あはは。冗談だよ、冗談。しかしゴキブリ扱いは酷いな」
ハルナが笑った。
少女らしい愛らしさが溢れた表情に変わる。
クラス委員としての凛とした雰囲気、先ほどの妖艶な仕草、そして今見せた歳相応の部分。
それぞれのギャップが魅力的に思える。
「まあ、遊びはこれくらいにして、残存兵力の再編成をすべきだな」
「そうですね」
「と言っても、こちらのクラスは私を含めて三名しか残っていない。君が指揮を執るべきだろう」
「え、しかし」
「この状況で席次を気にする必要はないさ。正直なところ、ミユクラスの指揮を執るのは大変そうだ。疲れている時に、そんな罰ゲームは勘弁してほしいな」
やや大袈裟に肩を竦めた。
その仕草に、ソネザキが表情を緩める。
最初の取っ付き難い印象と違って、気遣いのできる人間のようだ。
ユキナクラスでクラス委員を務めるだけはある。
「わかりました。では、これからは私が指揮を執らせてもらいます」
「ホントに、貴方達ってホントにめでたいわね。これからなんてあるはずないでしょ」
モガミが会話に割り込んできた。
ゆっくりと立ち上がり、お尻をパタパタとはたく。
「まったく、捕虜に対し武装解除も拘束もしないなんて。しかも、のん気に集まってくる。どんだけ無能でオバカなの」
反論しようと口を開きかけたソネザキの表情が強張る。
傍らのハルナも同様だった。
モガミの手にハンドグレネードが握られていた。
何気ない動きの中でいつの間にか取り出したのだ。
「指揮者をまとめて倒せば、減点も軽くなると思うのよ」
唖然とする二人に嘲りを込めた顔で告げると、グレネードのピンに指を掛けた。
「待って!」
コトミの声に、モガミの動きが止まる。
「巻き添えを食うわよ。物陰に隠れておきなさい」
視線をソネザキ達から外さず応えた。
「コトミ、退避して。ここは被害を最小限に抑えるしかない」
「ソネザキ……」
「気にすることはないよ。私が迂闊だったんだから」
「いい覚悟じゃない。青が三人と赤が二人。情けない成果だけど、ゼロよりはマシね」
「わ、我も数に入っているのか?」
「当然でしょ。無能な機械人形を一人と数えるかは疑問だけど」
「待て、話し合おう。ポテチで手を打たないか? なんなら乾パンも付けてやる」
「早く離れて。ピンを抜くわよ」
交渉未満の提案には微塵も耳を貸さず、コトミに再度勧告する。
コトミが小さく息を吸った。
「ボクは離れない」
落ち着いた声で宣言する。
「だって、先輩がそんなことするはずないもん」
「なに言ってるの、貴方」
当惑したのは、モガミの方であった。
眼前の敵に注意を払いつつも、ちらりとコトミに目を向ける。
「先輩みたいな強い人が、騙まし討ちなんてするわけないもん。ボク達がぼんやりしてたから、注意してくれてるんだよね」
全員が唖然とした。
演習とは言え、戦闘状態の中、これほど理に適わない主張はない。
しかし、コトミの表情に迷いは微塵もなかった。
「ボクにはちゃんと解ってるんだ」
逆に確信を持って、そう続ける。
「ふん、バカバカしい」
モガミが手にしていたハンドグレネードを捨てた。
「どうして?」
いきなりの心変わりに驚きつつも、ソネザキが尋ねる。
「するわけないでしょ。ペイント液で汚れるもの。その子の言う通り、ちょっとからかってあげただけよ」
コトミの主張を遥かに超える有り得ない理由を残して、ぷいっと視線を外す。
「ふふ、ミユ教官のクラスには、二度助けられたことになるのかな」
ハルナが安堵の息をついた。
「我に感謝するがいい。そしてポテチを捧げるのだ」
「なんで、お前が威張るんだよ」
ぐうっと胸を逸らすドルフィーナに、ソネザキが呆れつつもツッコミを入れる。
「コトミの純粋な性格は、我の指導の賜物だからな」
「ああ、反面教師ってやつね。納得したよ」
「どういう意味だ!」
緩い笑いが起こる。
「ところで先輩」
声に真面目成分を増やして、ソネザキが尋ねる。
「まだスペシャルゲストってのは」
「スペシャールゲストだ。この発音は大事だぞ」
絶妙のタイミングで茶々を入れるドルフィーナ。
バカバカしさに頭を抱えそうになるが、それでも心を強く持ってがっちり無視。
「えっと、スペシャルゲストは」
「スペシャールだ。発音がなってないな。リピートアフターミー。スペシャール」
「スペシャール」
コトミはとても素直。
「スペシャール」
「スペシャール」
「元気がないぞ、もう一度。スペシャール!」
「スペシャール!」
ごいんと金属を殴る音が会話を中断した。
「あぁ、私ってこんなバカ連中に負けたのね」
「この緊張感のなさが、精神的なタフさに繋がるんだろうか」
モガミとハルナが、それぞれ思い至った点を口にする。
「で、先輩」
手の痛みに涙を溜めながら、ソネザキが中断されていた質問を再開する。
「まだこれ以上の出し物が準備されているんですか?」
「知らないわ。でも、きっと終わりよ。この学区に私達以上の部隊はいないんだし」
「それを聞いて安心しました」
「ようやく終わりか。しかし得た物は大きい。今回の演習でクラスの欠点が見えた。次の演習では、君達に借りを返せると思う」
別クラスはライバルでもある。
ハルナの言葉は良い意味での宣戦布告だろう。
「そういうのは、キリシマにお願いします。私はあくまで代理なんで」
「つれないな。まあ、しばらくは片想いで我慢するしかないか」
本当にそっちの趣味があるのかも。と思わせる意味深な笑みを見せる。
「我は少し休みたいな。自慢ではないが我の体力は平均を大きく下回るのだ」
「ホントに自慢にならないね」
「じゃあ、みんなを集めるね。アンズちゃんにも連絡してあげないと」
「そう言えば、あのお嬢様もミユ教官のクラスだったな。一度、話してみたいと思ってたんだ。かなり愛らしい容姿だと聞いてるし」
やっぱりそっちの趣味があるんじゃないか。と思わせる意味深な表情を浮かべる。
「はは、じゃあコトミは集合をかけて。私がアンズに連絡するから」
「解ったよ。みんなぁ、集まってぇ」
コトミが良く通る声を上げた。
周囲を警戒していたクラスメイトが、緊張感のない顔でだらだらと集まってくる。
そこで。
パンと愛想のない乾いた火薬音が響いた。




