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【07-02】

「狙撃兵とは! ちくしょう!」

「それにしても、どこから?」

 

 ナチの問いに答える前に、大きく深呼吸をした。

 熱くなっていた頭をクールダウンさせる。

 

「移動速度に対する弾丸のずれからみて、相手は二百メートル前後から撃ってきてるわ。おそらくは、このビルからね」

 

 端末を操作して近くのマップを表示、北側にこの付近で一番高いビルがあった。

 ここからなら広場を上方から狙える。

 

「しかし、その距離から当てられるなんて」

「専用のスナイパーライフルがあれば狙える奴もいるでしょ。かなりの腕前が必要だけど、不可能じゃないわ」

「強襲任務でS型装備なんて」

「変わり者がいるってことよ。二発目以降の連射速度を考えると、装備はロングランス。くそっ、アウトレンジからの攻撃は厳しいわね」

「まさか、ミユ教官のクラスが……」

「有り得ない。あの無能共が、私を追い詰めるなんて有り得ないわ」

「しかし」

「おそらくユキナのクラスに運良く逃げおおせた奴がいたのよ。決まってるわ」

「プランを変更するわ。ナチ、ジャミングを切って」

「了解しました」

 

 懐から小さなリモコンを取り出し、スイッチをオフにする。

 この大きさで半径約一キロをカバーする最新のジャミング装置だ。

 

 ジャミングが切れるまでの数秒間でモガミは次の手を考える。

 

「まずユキナクラスの残兵を片付けて、それから狙撃兵を潰さないとダメね。ナチ、スモークの用意をしておいて」

 

 包囲部隊に連絡を取ろうとした時、いきなりコールが鳴った。

 送信元は今まさに連絡しようとした相手だ。

 

「どうしたの?」

「奇襲を受けました! 指示を!」

 

 銃声と怒号、それに切羽詰った声が同時に飛び込んでくる。

 

「そのくらいの判断もできないの! この無能! 包囲を解いて退避! 急いで!」

「広場に戻ります!」

「ダメ!」

 

 狙撃兵の的になる。

 

 包囲部隊は広場の西側に展開していた。更に西にはユキナクラスの残存部隊がいるはずだ。

 北に進めば狙撃兵に狙われる。東か南の二択。

 

 東にはミユクラスがいたはずだ。

 彼女達による奇襲と判断すれば、残る方向は南しかない。

 

「煙幕を展開しつつ、南に退避して」

 

 指示を出しつつ、頭に入れておいた地形を思い浮かべる。

 

「南にまっすぐ進めば、倒壊したビル郡の路地があるわ。そこに退避して、追ってくる敵を殲滅するの。できるわね」

「やってみます」

 

 不意打ちで半数が倒されたと仮定すれば、彼我の差はかなりの物だ。

 精鋭と言っても、物量で磨り潰されれば一溜まりもない。

 数の有利を消すには、侵攻ルートを狭め、そこから出てくる敵を叩くしかない。

 

「まったく、これで高等部最優秀部隊っていうんだから呆れちゃうわ」

 

 無線を切ると同時に悪態をこぼした。

 

「ナチ、私達も南に移動するわよ」

「合流ですね」

「包囲部隊を追撃する敵を背後から強襲するの。つまりは挟み撃ち」

 

 狙撃と奇襲による動揺は既に収まりつつあった。

 冷静に逆襲を考える。

 

「しかし、ミユクラスが動くとは計算外でしたね」

 

 挟撃の可能性を示唆した点について、ちくりと刺してみる。

 

「そう? 私としては、奇襲に対応できない無能な部下達だったのが計算外よ」

 

 有り得ない反論だが、モガミの表情を見る限り、微塵も陰りはなかった。

 

 己を頂点に置き、ここまで強い自信を持てる。

 これもモガミという人間の個性なのだろう。

 

「さあ、おしゃべりしてる暇はないわ。煙幕を張って、一気に駆け抜けるわよ」

「了解です」

 

 腰のポーチからスモーク弾を取り出す。

 拳大の缶。投擲タイプの物だ。

 

「不要な物は捨てていくわよ」

 

 小銃とグレネードを足元に置きながら指示する。

 

「銃もですか?」

「小銃は要らないわ」

 

 腰のホルスターから拳銃を抜いた。

 

「自分は持っていきます」

「好きになさい。どうせ役に立たないけどね」

 

 断言に至る理由を尋ねる前に、モガミがスモーク弾を転がす。

 もわわっと煙が上がり、瞬く間に視界を塞ぐ。

 更に進行方向に二つ投げた。

 

「行くわよ!」

 

 言うが早いか、瓦礫から飛び出した。

 その後にナチが続く。

 

 二度ほど銃声が鳴ったが、煙に包まれた標的を捉える事はできなかったようだ。

 虚しく地面と壁にペイント液を撒き散らしただけだった。

 

 細身の身体でしなやかに駆けるモガミ。軟弱に見える外見とは裏腹に速い。

 脚力に自信のあるナチも、離されないようにするのがやっとだ。

 

 広場を抜ける辺りで、いきなり左の煙が揺れた。

 

 あっと思うより早く、小銃を手にした二人組みが現れた。

 装備を見て、中等部だと判った。

 

 至近距離での遭遇は向こうも予測してなかったのだろう。

 全員に刹那の間が出来た。

 

 先に動いたのは、中等部二人。

 敵がいる可能性を考慮していた分だけ、反応が早かった。

 咄嗟に小銃を向ける。

 

 ナチも急いで銃を、しかし圧倒的に遅い、良くて相打ちのタイミングだった。

 

 パンパンと淡白な音が二つ。

 胸元を真っ赤に染めた二人が崩れ落ちる。

 

「今ので死んでたわよ、貴方」

 

 モガミが告げた。

 彼女の手にしたハンドガンから、薄っすらと煙が上がっている。

 

「ありがとう、ございます」

「煙幕の中を進むのよ。敵に遭遇したら至近距離になるの。小銃なんてかさ張る武器よりも拳銃が有効なの。解った?」

「はい。思慮が足りませんでした」

 

 返す言葉がない。

 

「自分がどれだけ無能か理解できたのは幸運だったわね」

 

 殊勝なナチの態度に、モガミの口元が緩む。

 しかしそれは好意的な物ではないようだ。

 

「この二人、ユキナクラスの生徒ね」

 

 肩口の青いスカーフを見て確認する。

 

「包囲の内外から攻撃されたとすると、残ってる兵力は僅かよね」

 

 残存数を半数と読んだが、それは期待できないだろう。

 多くて三分の一、三名ほどが妥当だ。

 

「急ぎましょう」

「待って」

 

 急かすナチを制した。

 

「反転して狙撃兵を叩くわ。瓦礫の合間を上手く進めば、見つからずに行けると思うし」

「ちょっと待ってください! 南に退避した仲間はどうするのです!」

「もう要らないわ」

 

 ナチが思わず言葉を詰まらせる。

 

「それよりもロングランスを奪う方が効果的よ。今の兵装では逆転は不可能だもの」

「しかし、仲間を見捨てて……」

「私達の任務は中等部の生き残りを殲滅すること。そうじゃなかった?」

「そうですが、しかし」

「納得できない? まあ、貴方が土下座して頼むんなら考えてあげてもいいわね」

「そ、そんな」

 

 理不尽な要求にぎりぎりと奥歯を噛み締めるナチ。

 こんな上官に頭を下げるのは御免だが、残された友人達を思うと仕方ない。

 膝を折ろうとした瞬間。

 

「なんて、ホンキで言うと思った?」

 

 くすくすと笑いを漏らしながら、「ホントにバカね。貴方」と付け加える。

 

「いいわ。貴方の判断に従ってあげる。ここから思うとおりやってみなさいよ」

 

 寛大さによる発言ではない。ここまで激減した状況から逆転するのは不可能に近い。指揮権を譲渡し、責任を押し付けたのだ。

 反転指示はナチの発言を予測しての事だったのだろう。

 

「卑怯な」

「上官不敬発言は減点対象よ。演習中の会話は録音されているんだから」

「お言葉ですが、この状況に至った責任は隊長の油断にあります。つまり……」

「それを判断するのは教官の仕事。私達ではないわ」

「しかし!」

「ほらほら、のんびり会話してると、煙が晴れちゃうわよ」

 

 煙幕の効果範囲は半径五メートル前後、風の少ない今日のような天候で約十分。

 のんびりディスカッションしている暇はない。

 

「わかりました。南に向かいます」

「はいはい。ついていってあげるから、頑張って」

 

 色々と言いたい事はあったが、とりあえず移動を優先した。

 

 あっという間に広場を南に抜ける。

 倒壊したビルと入り組んだ路地。いわば裏手に当たる地域である。

 

 包囲部隊が撤退時に展開していったものだろう。煙の幕が細い道のあちこちに掛かっていた。

 まだ姿を隠すには十分なボリュームが残っている。

 

「妙ね」

 

 近くの煙に入ったところで、モガミが小さく漏らした。

 

「銃声が聞こえないわ。一旦止まって周囲を確認、ルート変更すべきよ」

「退避を完了したからでしょう。今は合流地点に向かうのを優先します」

 

 忠告ではなく動揺を誘う為の発言と断じ、切り捨てた。

 下らない言動にこれ以上振り回されたくはない。

 

 ナチの返答にモガミが不快な顔になる。

 

 その表情に微かな満足感を抱いたナチだが、それも一瞬だった。

 細身のシルエットが眼前に飛び込んできたからだ。

 

 赤味のある髪をポニーテールにした少女。

 肩口に付けた赤いスカーフは、間違いなくミユクラスの生徒だった。

 

 ナチと視線がぶつかる。

 少女の大きな瞳が僅かに細められた。動揺はない。

 つまり先程のような予期せぬ遭遇ではないのだ。少女はここに敵がいると解っていた事になる。

 

 少女の左手に演習用のスタンナイフが見えた。

 ナチは迂闊にも小銃を手にしたまま。格闘の間合い。このまま踏み込んで突かれたら、防げない。

 モガミは真後ろ。ナチの身体が邪魔になって発砲は無理。

 

 万事休す。さあっと血の気が引いていく。

 

 そんなナチに向かい、少女は意外な行動に出る。

 

「さあ、ボクと勝負だよ」

 

 スタンナイフを構え、そう宣言したのだ。

 

 僅かな間、しかし高等部でトップクラスの成績を誇るナチには十分な時間だった。

 

 小銃を素早く持ち替え、間髪入れず銃尻で殴りつける。

 ナイフよりもリーチ的に優位。この距離ではかわせない。

 

 勝利を確信した。

 

 体重を乗せた容赦のない一撃が少女の肩口に触れる。と、奇妙な浮遊感を覚えた。同時に景色がぐわんと傾く。

 いきなり目の前に黒い塊が飛び込んできた。

 反射的に手が伸びる。

 ぐんと重い反動。

 続いて背中が硬い物にぶつかる。

 

 何が起こっているんだ? 

 

 ナチにその疑問の答えを見つける時間は与えられなかった。

 

 首に何かが当てられる。冷たい金属製の感触。

 バチン。

 衝撃が全身を駆け抜ける。不意に世界がブラックアウトした。

 

「次は君だね。さあ、勝負だよ」 

 

 少女はモガミに向かい、嬉しそうに微笑んだ。

 

 


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