【01-03】
取り込まれた酸素が、体内のシステムを順に目覚めさせていく。
肩と腿、更に胴体に四つ。
全身計八箇所の心臓が活動を再開、人工血液が身体中を駆け巡る。
体温ランクの上昇。内骨格の固定解除。各部システムはオールグリーン。
体内時刻を確認、誤差一秒を修正。
彼女は第六世代の人型オートマトン。
製造元はイルカのマークでお馴染みのアマミインダストリー。
型番は伊号改型で、シリアルナンバーは八〇三。
オートマトンの歴史は人類が外宇宙に飛び出した頃から始まった。
未知の世界、過酷な環境下で働く労働力が必要だったからだ。
完全な自立行動を目指して作られた第一世代は、決して優秀と言える物ではなかった。
それでも多くの費用と、気が遠くなるほどの年月、そして情熱のある研究者達の手により、オートマトンは進化を続けてきた。
自己判断、自己学習、自己拡張という三大機能に加え、感情すら持つようになった第四世代は、若い科学者達の夢であったフィクションにある機械仕掛けの隣人達に並ぶ存在となった。
第五世代は、様々な機能を追加し役割毎に特化した、正に理想的な機械となった。
そして第六世代に求められたのは、人間らしさ。
優れた能力を駆使する労働力ではなく、愛すべき友としての存在。
ロボット然とした外見は、人工皮膚によって包まれ人間と大差がなくなった。
発達した人工知能は人間以上に個性的な性格を持ち、身体能力も常時は人間並みに抑制されている。
とは言え、現在はまだ試作段階。稼動数は二千体あまり。
可憐な容姿の女子タイプと、優しく上品な男子タイプが、各所で多感なティーンズの学生に混じり過ごしている。
少女がゆっくりと目を開いた。
起床予定より随分と遅れている。
入り口付近で腰に手を当てて立っているルームメイトを確認。ややイライラとご立腹気味。
この状況下で最良のリアクションを選択すべく、記憶領域を瞬時に検索する。
要した時間は一秒にも満たなかった。
「うぅぅん。あと五分」
澄んだ声で、人間らしさという点では花丸をあげたいくらいの台詞を口にした。
更に、狭い椅子の上で身をよじって、顔を背けるという行動までしてみせる。
オートマトン限定ダメ人間らしさコンテストがあれば、好成績は間違いない。
この見事過ぎる態度に対するソネザキの行動は。
大きな歩幅で部屋を横切った。
転がるお菓子の袋も、雑誌も意に介さず、一気に玉座まで。
「ドルフィーナ、朝だよ。起きなって」
苛立ちを抑えて、精一杯の優しい声を作る。
しかし、その言葉の端っこが微妙に揺れているのは、ソネザキの自制心の限界を如実に表していた。
「あと五分で起きる。あと五分」
オートマトンの少女は、あくまでコンセプトに忠実、人間らしい態度を貫く。
ちなみに、ドルフィーナというのが彼女の名前。名付け親はコトミ。
額の刻印、イルカのドルフィンからだ。
「いいから、さっさと起きろ!」
臨界点に達したソネザキが、腕を振り上げて、迷いなく振り下ろす。
もちろん、ぐーで、容赦なく、体重を乗せて、思い切り。
金属の鈍い音。続いて押し殺した呻きが二つ。
「うぅぅ。頭が、頭が」
「うぅぅ。手が、手が」
「何をするのだ! オートマトンは精密機械なのだぞ!」
殴られた額を左手で押さえながら、ドルフィーナが不満の声を上げた。
エメラルドグリーンの大きな瞳には涙が溜まっている。
「どこが精密機械なのさ! 目覚まし時計よりロースペックのくせに!」
赤くなった拳を摩りながら、ソネザキが応戦する。
やっぱり涙ぐんでいる。
「くっ」
思わず言葉に詰まるドルフィーナ。
そんな自覚があるのだろう。
しかし、このままでは最新型オートマトンの名が泣く。瞬時に反撃の準備を整えた。
「目覚まし時計は二足歩行できまい」
「はぁ?」
「我は二足歩行はおろか走行も可能なのだ。つまり我の方が遥かに優れている」
立ち上がって、胸を張り、力強く、自信満々に、実に情けない主張をする。
あまりの馬鹿馬鹿しさにソネザキの戦意が急速に萎えた。
むしろ、同情的な目になる。
「うん、優秀だよ。良かったね」
「そんな目で見るな。そんな言い方するな。失礼であろ」
アンケートで選ばれた人気声優の声をサンプリングした可愛らしい音声も、奇妙な喋り方のお陰で珍妙極まりない。
昨年の初期学習期間を時代劇とアニメで過ごしたせいだ。
「早く支度して、時間がないんだから」
「何をそんなに急いでいるのやら」
椅子から腰まで伸びている充電用コードを外すと、それを綺麗にまとめる事もなく、椅子の脇に足でうりうりと押し込む。
「あとさ、ちょっとは部屋を片付けなよ」
「ふむ、その提案については前向きに考慮したいのだがな」
「何か問題があるの?」
「面倒だ」
呆れるソネザキを他所に、ドルフィーナがパジャマの上着を脱ぐ。
下着に包まれた形の良い膨らみが露になった。
胸元から腰、そしてお尻に掛けての曲線は、黄金比率で守られた美しさがある。
その絶妙のバランスにソネザキもつい見とれてしまう。
「あんまりジロジロ見るのは止めてもらいたいな。まあ、この理想的なプロポーションは人間では到底及ぶまいがね」
左手で大きく髪をかき上げ、自慢気にポーズを作った。
本人的には妖艶で魅力的な仕草のつもりらしいが、下半身を包むだぼだぼのパジャマががっかり感を際立たせている。
いきなり、ソネザキが指でドルフィーナの胸をつついた。
「な、何をする。この変態」
慌てて胸元を両手で隠し、頬を僅かに赤くして身を引いた。
この辺りのリアクションも実に人間らしい。
「いくら形が良くってもさ。防弾金属の硬い胸じゃ自慢にならないんだよ」
「え、遠距離なら対車両用徹甲弾ですら弾き返すんだぞ」
「意味の解んない反論をしてる暇があったら……」
ソネザキの言葉を微かな悲鳴が遮る。
間違いない。アンズの物だ。
緊張が走った。