【06-01】
●午後一二時四二分●
空き地では生き残った全員が円状に集まっていた。
誰もが黙り込み、いつになく重苦しい雰囲気だ。
勝ったとは言え、あれほどの被害を出したのだ。
一時の盛り上がりが済めば、全員がしんみりとするのは解らなくもない。
というような殊勝な心は、このミユクラスにはないと断言させてもらおう。
この事態を招いたのは、ホントにつまらない事だった。
「どうしてなのだ。我だけ不公平ではないか」
ドルフィーナが大声で不満を口にする。
「順番だったではないか。何故、我だけがダメなのだ」
見回すドルフィーナに、クラスメイト達は曖昧な表情を浮かべるだけだ。
ソネザキから始まり、一人ずつ順に胴上げをした。
生き残った喜びと勝利を祝ってのささやかなセレモニー。
しかし、ドルフィーナの番になった時に、不意にそれが中断された。
「今回の襲撃を撃退できたのも、元はと言えば我が富獄の駆動音を聞きつけたからであろ。もし、我が特殊集音機を持ってなかったら、全滅してた可能性は高いのだぞ」
ドルフィーナの警告にどれほどの効果があったか微妙だが、少なくともソネザキチームが生き残った要因の一つ。
そこから富獄撃破に繋がったと言えなくもない。
「落ち着きなって。ちゃんと考えてるから」
「これが落ち着いていられるか!」
なだめるソネザキに、ドルフィーナは一層不機嫌になる。
「理由があるならハッキリ言えば良いであろ。その上で、我を納得させるべきだ」
理由はとてもシンプルでかつ非常に言いにくい。
自身で察して欲しいところだが、低性能の機械人形にそれを期待するのは酷だろうか。
「理由を言えと言っているのだ」
「重いからですわ」
場が凍った。
全員の目がその声を発した小柄なお嬢様に集まる。
「低スペックなオートマトンでも理解できますよう、もう一度言って差し上げますわ。ドルフィーナさん、貴方の体重が重いからです」
「アンズ、何もそんな言い方しなくても」
「ソネザキさん、こういうことはハッキリ言ってあげる方が当人の為ですの。曖昧な空気で当人に悟らせようなんて、そちらの方がずっと残酷ですわ」
アンズの言は一理ある。
「確かに我は人間に比べると少し重いな」
「百キロオーバーですから」
ぼそりと呟くチトセをドルフィーナが反射的に睨みつける。
「あ、ごめんなさい。そんなつもりで言ったんじゃ」
「解っている。別に責めるつもりはない」
慌てて否定するチトセに、大きく溜息をついた。
「少し配慮が不足していたようだ。謝るべきは、むしろ我の方かもしれん」
声のトーンが下がる。
体重問題は彼女最大のコンプレックスなのだ。
「そういうことだよ。下手に胴上げしてさ、押し潰されでもしたら大惨事になるからね。だからさ」
続きを待つドルフィーナを焦らすように、ソネザキはゆっくりとクラスメイトを見回す。
「だ、か、ら」
わざわざ繰り返すソネザキに全員が怪訝な表情に変わるが、すぐさま意図を察した。
驚きを浮かべる者もいれば、口元を緩ませる者もいた。
こういう悪ふざけに対し勘が良いのも、ミユクラスの大きな特徴なのだ。
「だから、なんなのだ?」
怪訝なままなのは、一人だけ。
「だから、百キロの機械人形を胴上げしようという、この危険極まりない任務に志願する者は挙手するように!」
右手を軽く挙げながら、そう告げる。
瞬時に三本の手が上がった。
「ボクはもちろん参加するよ」
「わたくしもですわ。出来の悪いの機械人形を喜ばせるのは気に入りませんが、コトミさんが怪我でもされたら大変ですもの」
そう言いつつも挙手のタイミングは、ほぼ同時だった。
この憎まれ口はアンズなりの照れ隠しなのだろう。
残り一人は見るからに気の弱さそうなクラスの副委員だった。
意外な反応に全員が目を丸くする。
「あの、あの、ドルフィーナさんはクラスメイトですから」
集まる視線に顔を真っ赤にしながら、小声で志願理由を口にする。
「あ、ウチらも参加の方向で」
二本の手が挙がる。
アオイとアカネは一卵性双生児。見分けがつかないほどにそっくりだ。
丸いくりっとした目に、薄く色を抜いたショートカット。日焼けした肌がボーイッシュな雰囲気にマッチしている。
ちなみに前髪の右側に髪留めを付けているのがアオイ、左がアカネである。
「わざわざ挙手を求めるほどの問題でもないと思うけどぉ」
と言いながら、もたもたと手を挙げたのがイスズだ。
くるくるとカールした髪に、アイラインをこれでもかと引いた目元。唇には艶やかなルージュ。素肌が見えない鉄壁のファンデーション。
塗り壁と陰口を言われるメイク技術を、演習日の今日も遺憾なく発揮している。
続いて細目の大柄な少女、沈黙のフユツキが、やはり無言のまま参加を表明する。
それからキヌガサ、アブクマと順々に手が増えていった。
結局、誰一人欠ける事はなかった。
「っていうかぁ、マジバカな連中ってかんじぃ」
イスズの発言に、全員が苦笑する。
「ドルフィーナは愛されてるね。やっぱりクラスのマスコット的存在だよ」
「ふん、これほどの美少女なのだ。この程度は当然というものだ」
「まったく素直に喜べばよろしいのに。意地っ張りですわね」
と、そこで見開いた目をソネザキに向けた。
「驚愕の事実に気付きました。ドルフィーナさんとソネザキさんの精神構造はとても似ていますわ」
「失礼なことを言うなよ。っていうか、アンズこそ一緒じゃないか」
「なんと失礼な! 親しい友人であっても、言って良いことと悪いことがありますのよ!」
「どこがどう失礼なのか、我に解るように説明して欲しいのだがな」
「あ、それは、あれだよ。な、アンズ」
「え、ええ。あれですわ。ね、コトミさん」
「へ?」
「まあ、そんな訳で胴上げしようか」
「全然納得できんわ!」
いつもの会話にクラス一同に緩い笑いが起こった。
「ほら、真ん中においでよ」
「まったく我をどんな目でみているのだ。最新鋭の高性能オートマトンなのだぞ。もっと敬意を払うべきだ」
ぶつぶつと不平を漏らしながらも、ソネザキの手招きに大人しく従った。
「百キロオーバーですから。下敷きにならないように注意してくださいね」
「言っておくがな、我は百キロもないぞ」
「わたくしも友人の為に言っておきます。ドルフィーナさんは限りなく百キロに近いですが、ほんの少し微妙に届かないのです。そこを心の拠り所にしてらっしゃるので、百キロ未満という扱いにしてあげてくださいな」
相変わらず酷い言い回しだ。
ドルフィーナが反論する前に、チトセが口を開いた。
「基本体重は九十九キロと七百五十グラムですけど、昼食を食べてましたよね。数百グラムはオーバーしていると」
「す、数百グラムに拘るのは器の小さい証拠だ。早く胴上げをするのだ」
普段二百五十グラムに拘っている器の小さいオートマトンの発言である。
「よし、じゃあいくよ」
せーの! と声を揃えて、一斉にドルフィーナの身体を押し上げた。
「おもいぃ!」
「イスズさん、ちゃんと力を入れてくださいな。こっちが重くなるでしょう」
「およよ。バランスが、バランスが」
「コトミ、落ち着いて。っていうか、そこの双子、やり過ぎだって」
「こういうのは、思いっきりやった方が楽しいってば」
「そうそう。下敷きになる人が出るくらいが楽しいんだよ」
「お前らねぇ。うわ、チトセ、前に出たら危ないって!」
「でもバランスが」
「念の為に言っておくが落とすなよ。そういうベタなお約束は嫌いだからな」
悲鳴に近い声を上げながら、胴上げをするクラスメイトに比べ、ドルフィーナは実にお気楽極楽だ。
オートマトンの寿命は人間と比べられないが、確実に長生きするに違いない。
「ん? 何の音だ?」
ドルフィーナの耳が、正確には腰のポーチに入れた特殊集音機が近づいてくる音を捉えた。




