【05-08】
「惜しかったね。ボク達の勝ちだよ」
直ぐ後ろからの声。有り得ない場所からの一言。
慌てて首を向ける富獄の眼前に、拳銃が突きつけられた。
コトミはクモ状の胴部の上、人型の上半身の背後に立っていた。
ソネザキの作戦はシンプルだった。富獄の足をよじ登り、頭部を近距離で撃ち抜く。
それだけ。
富獄が身体を屈めさえすれば、コトミの脚力とバネがあれば、あっという間に登り切れる高さ。
難題は、どうやって距離を詰めるか。どうやって足を曲げさせるか。
その二点だった。
「大丈夫、なんとかするから」
懸念するコトミに、ソネザキはそう答えた。
そして、した。
「ソネザキは凄いね」
マガジンが空になるまで、容赦なく引き金を引く。
乾いた音と共に富獄の丸っこい頭がペイント液に染まった。
無念そうにセンサーを明滅させると活動を停止する。
ふうっとコトミが息を吐いた。
「ソネザキ、撃破したよ」
「コトミ、アンズ、お疲れ様」
ソネザキの声がヘルメットのスピーカーから返ってきた。
緊張が解けたせいか、少し震えているのが解る。
「皆もありがとう。皆が注意を引き付けてくれたから出来た作戦だったよ。じゃあ、言わせてもらうよ」
そこで言葉を切った。
数秒間、じらすように間を置く。
「私達の勝ちだ!」
力強く宣言した。
直後、スピーカーに次々と歓喜の声が飛び込んでくる。
もちろん、コトミやアンズも例外ではない。無意識に叫びを上げていた。
チームメイトと抱き合って祝福を交換する者、思い切り飛び跳ねて身体全体で喜びを表す者、祝砲代わりに頭上に向かって小銃を撃つ者もいる。
ソネザキはヘルメットを脱いで、額の汗を拭いた。
勝利とはスコアが一つ増えるだけの物、去年まではそうだった。
勝つのが当然だと思っていた。
自分は誰よりも優秀な指揮官だと信じていた。
全ての勝利は己の力だと奢っていた。
でも今は違う。胸の奥が熱い。この勝利は一人がもたらした物じゃない。
みんなが団結して手にした掛け替えのない勝利なのだ。
散らばっていたクラスメイトが次第に集まって、互いの無事を祝し笑顔を交換するのを見ながら、そんな事を考える。
「一人で戦っているわけではないからな」
見透かしたようにドルフィーナが述べた。
「何を偉そうに言ってるんだか。そんなのは誰でも知ってるよ」
「まあ、そうしておこう」
「なんか引っ掛かる言い方だね」
「別に他意はないぞ。しかし、仲間と共に掴んだ勝ちだけに、価値があるというものだな」
ソネザキが口をつぐんだ。少し思考を巡らせる。
「今のなに?」
「ふむ、気付いたか。韻を踏んだ、高度な言葉遊びだ」
優越感に浸りきった顔。
「ただの駄洒落じゃん」
「ち、違うぞ。この韻の踏み方に芸術的な物があるであろ。そこはかとなくセンスを感じるであろ」
「まったくないね」
「これだから教養のない人間は嫌いなのだ。我が優しく解説してやるから、心して聞くのだな。まず、勝ちとだな……」
「ソネザキ!」
ドルフィーナの有り難いレクチャーを遮って、コトミが駆けてきた。
その後には小柄なアンズも続いている。
「二人ともお疲れ様」
高尚な駄洒落についての考察を聞き流しながら、改めて二人を労う。
「楽しかったよ。美味しい役だったしね」
「わたくしにとっては、造作もありませんわ」
アンズが微笑む。
幼さの残る彼女にぴったりな愛らしい表情。
「どうやら、吹っ切れたようですわね」
「さてね。そんなに簡単なもんじゃないよ」
下手な言葉を作らず、素直な感想を口にした。
「でもね、アンズがいて、コトミがいて、皆がいてくれれば、なんとかなるんじゃないかって思えるよ」
「うん。そうだよ。ボク達がいるからね」
「ソネザキさんらしくないコメントですけど、まあ大目に見て差し上げますわ」
「ちょっと待て。我の名前が入ってなかったぞ」
「え、そうだっけ?」
「チームメイトなのに! その他大勢扱いなのか! 酷いであろ! あんまりであろ!」
「じゃあ、ドルフィーナもいてくれるからって追加しておくよ」
「なんだその言い方! ファーストフードのポテト扱いではないか! 絶対、恨み日記とかに書いてやるからな!」
「とかってなんだよ」
ぶうっと頬を膨らますドルフィーナの髪を、ソネザキがくしゃくしゃと撫でる。
「怒るな怒るな」
「怒って当然であろ! 我の怒りを静めたければ、ポテチを捧げるのだ」
「結局、お菓子かよ」
「しかもポテチというのが安っぽくていやですわ」
「でも、それがドルフィーナらしいよね」
そう言って、四人で声を出して笑った。
「ねえ、みんな!」
ひとしきり笑った後、コトミが声を上げる。
「ソネザキを胴上げしようよ!」
「え、ちょっと、そんな大袈裟な」
ソネザキのか細い抗議は、集まってくるクラスメイトに飲み込まれて消えてしまった。
* * *
「全機活動を停止しました。作戦は失敗です」
左のオペレータが振り返り、腕組みをして背後に立つユキナに報告した。
「所要時間および戦闘状況を記録しておけ。それと生存者の確認だ、急げ」
「了解です」
指示を受けて、オペレータ達の指が忙しなくキーボードを叩く。
「モガミ隊が出撃許可を求めています」
「まだだ」
真ん中のオペレータにそう言うと、コーヒーを口に含んだ。
砂糖とミルクをたっぷり入れたミルキーでスウィートな味わいに、微かに頬を緩めてしまう。
「でも、良かった。生き残って」
「そうだよね。一時はどうなるかと思ったけど」
「っていうか、こういうやり方って酷くない?」
右のオペレータの独り言に、他の二人が答える。
「任務中に私語、それも教官の批判か?」
ユキナの指摘に、慌てて黙りこんだ。
やや緊張感が抜けて、つい口が軽くなってしまったのを反省する。
「とは言え、私もこういうやり方は好みじゃない」
鬼教官の意外な告白に、三人は微かに驚きを浮かべる。
先程、モガミにも言った事でもあった。
「ところで、モガミ隊はどれくらいの規模だ?」
「えっと、三チーム十二名です」
真ん中のオペレータが答えた。
「私のクラスの生存が約二十、ミユのところが十人くらいだったな」
「正確には、二十一名と十二名です」
「約三分の一か」
「この兵力差なら、中等部でも」
「いや、モガミは勝算のない戦いはしない。この戦力で勝てると見込んだのだろう」
ユキナの言葉に、三人娘は複雑な表情を見せる。
「中等部の連中に勝って欲しいか?」
「心情的に言うならですけど」
「私もだ。優等生過ぎる人間は嫌いでな」
鬼教官の珍しい冗談に、オペレータ達は小さく笑いを漏らした。
「さあ、お喋りはここまでだ。十分後にモガミ隊は出撃。ん?」
ユキナのインカムに通信が飛び込んできた。
「なんだ? だからお前の出番ないと言っているだろう。おいこら、勝手な行動は……」
一方的に切れた。
続く言葉を溜息に置き換える。
「ユキナ教官、どなたからですか?」
好奇心に押されつつ、左の少女が口にする。
「この演習の発案者、性格の捻くれた木こりからだ」
良く解らない単語に、三人が顔を見合わせる。誰が代表して質問するか、無言の意見交換。
三人のリーダー格である真ん中の少女が頷いた。
「あの、それって」
「遊びじゃないぞ。画面から目を離すな。戦闘状況記録しておけ!」
「はい。了解しました」
キーボードに戻る三人の後姿を見ながら、
「心情的には勝たせてやりたかったんだがな」
ユキナは呟いた。




