【05-06】
アンズの指摘にソネザキは二の句が告げない。
「それなりの調査をさせて頂いたと言ったでしょう。プライベートな部分を除いては、全て存じ上げています」
「なんていうか、随分と趣味が悪い話だね」
大袈裟に溜息をついた。
「ね、ソネザキ、話したくないなら別に」
心配そうな目を向けるコトミの頭を軽く撫でる。
「確かに最優秀生徒だったよ。クラス委員もやってた。指揮したクラスは毎月の演習で一度も負けなかった」
「じゃあ、どうして?」
「十一学区では、一年の最後に学年毎の対抗戦があるんだよ。私は学年の指揮者になったんだけど」
間を置いた。
思い出したくない記憶を引っ張り出す。忘れたい挫折感が胸を締め付けてくる。
「負けたんだよ。開始十五分で全滅。完膚なきまでに綺麗さっぱり。しかも後輩の初等部にね」
「勝敗は運っていうから」
コトミのフォローに小さく頭を振った。
「ただの破れかぶれの突撃だったんだ。でも不意を衝かれた私は、おろおろするだけで何もできなかった。みんなが指示を求めても、一言も発することができなかった。しかも、混乱して恐怖心に駆られた私は」
目を瞑って、大きく息を吐いた。
呼吸を整え、忌まわしい記憶を見つめる。
「逃げたんだ。仲間を放ってね。気が付けば、物陰に隠れて震えてた。つまりはさ」
できる限り明るい表情と口調を作る。
「そんな人間なんだよ。指揮なんて執れるはずがないんだよ」
「でもでも」
コトミが言葉を揺らす。
何をどう言えばいいのか、その答えが見えない。
アンズにしても同様だった。
事情を知っていた分、逆に迂闊な気休めは口にできなかった。
嫌な沈黙が、いつもお気楽で明るいチームに覆い被さってくる。
「やれやれ、くだらない話はそれで終わりか?」
重苦しい空気の中、声を発したのはドルフィーナだった。
「で、お前はどうして欲しいんだ? 同情して欲しいのか? 慰めて欲しいのか?」
余りの言い草に口を開きかけるコトミを、アンズが肩に手を置いて制した。
想定していなかったリアクションにソネザキは、呆然とオートマトンの整った顔を見つめる。
「適当な台詞を準備してやるから、要望を言ってみろ。なんなら台詞を書いてくれてもいいぞ。我が感情たっぷりに読み上げてやる。それで万事解決、ハッピーエンドであろ」
「私は同情が欲しいわけでも、慰めて欲しいわけでもない」
「素直じゃないな。一人前にプライドみたいな物があるのか?」
ソネザキの瞳に強い感情がこもる。
いつも冷静な彼女が、ここまで怒りを見せるのは初めてだった。
「ソネザキ、落ち着いて。ドルフィーナも言い過ぎだよ」
「コトミとアンズが慰めてくれるぞ。良かったな。思惑通りだな」
無言のまま、ソネザキの左手がドルフィーナの胸元を掴む。
ぐっと引き寄せたかと思うと、硬く握った右手を振り上げる。
「どうした?」
しかし、その手が打ち出される事はなかった。
「遠慮はいらんぞ。殴りたければ殴ればいい。我は防弾金属で出来ているのだ。お前くらいの力で殴っても壊れないからな」
ゆっくりと拳を下ろし、掴んでいた左手を解いた。
力なくうな垂れ、微かに肩を震わせる。
「言うとおりだよ。同情して欲しかったんだよ。慰めて欲しかったんだよ。お前は悪くないって言って欲しかったんだよ」
湿った声が涙の粒に混じって地面に落ちる。
「ずっと非難されてる気がして、ずっと責められてる気がして。なんとかして逃げたくて。それで学区を移ったんだ。結局、あの時と何も変わらない。逃げるしかできなんだよ」
「ソネザキ」
コトミがソネザキをそっと抱き寄せる。
それからドルフィーナとアンズの二人と視線を交わした。
ここからはコトミに任せる。
言葉がなくても、二人の気持ちが解った。
「ボク達は慰めてあげることはできないよ。上辺だけの言葉で同情してみせても、ソネザキの傷を癒すなんてできないもん。痛みを超えるのはソネザキ自身しかできないんだよ」
腕の中で、ソネザキが小さく首肯する。
「過去の自分を超えるには、自分の足で一歩ずつ進むしかないと思うんだ。それはすっごく辛いくて苦しいことだし、何度もつまずいて何度も挫けちゃうかも知れない。でもね、小さな一歩を重ね続ければ、どんなに遠い場所だって、いつか辿り着けるんだよ」
「無理だよ。私はコトミじゃないんだ。そんなに強くないんだ」
「それは違うよ。ボクは全然強くなんてないんだよ。すっごく弱虫で、すっごく怖がりなんだ」
意外過ぎる言葉に、ソネザキが顔を上げた。
近い位置で目が合う。
「でもね、アンズちゃんやドルフィーナ、キリシマにミユ先生。それだけじゃないよ。クラスのみんなも。大事な人達がずっと一緒にいてくれるから、ボクはすっごく頑張れるんだ」
と、コトミが笑顔を浮かべた。
一点の曇りもない青空を思わせる澄み切った笑み。
「もちろん、ソネザキもいつもボクを支えてくれてる大切な友達だよ。だから、ソネザキが苦しい時にはボクが、ボク達がずっと支えるよ」
「どうして……そこまで……」
「だって友達だもん」
ソネザキの疑問に対し、コトミは最もシンプルな答えを返した。
友達。
陳腐で使い古された安っぽい言葉が、ソネザキの胸に強く響いた。
「そっか、友達だから、か」
オウム返しにそれを繰り返す。
「そうですわ。わたくしも微力ながら、お力を貸して差し上げますわ」
「人間というのは出来が悪いからな。高性能な友人がいることに感謝をして欲しいところだ」
「アンズ、ドルフィーナ。二人も」
再び溢れそうになる涙を拳でごしごしと拭きながら、
「まったく漫画の見すぎだよ。大体さ、友情なんて皆のキャラに合ってないよ。気持ち悪いったらないね」
照れ隠しの悪態をひとしきりついた。
それから普段の少し勝気な表情に戻す。
「うん。いつものソネザキだね」
「素直さに欠ける部分がありますが、まあ許して差し上げますわ」
「ふむ、美人ではないが、その方が良い顔だな。決して美人ではないが」
「失礼なフレーズを繰り返すなよ」
「ところで、ソネザキさん」
ようやく戻りつつあった緩く明るい空気を、アンズの冷たい声が遮る。
「いつまでコトミさんとくっついている気ですの?」
「うわっ、ごめん」
抱きついたままの状態に気付いて、急いで身体を離す。
「そんなに慌てなくていいのに」
「いやいや、私にそういう趣味はないからさ」
「でも、ソネザキってすっごく良い匂いがするんだよね。なんかずっとくっついてたくなるよ」
「ちょっとソネザキさん、あっちで少しお話しません」
「なんで銃を抜いてるんだよ」
「親しき仲にも礼儀あり、という言葉を快く理解して頂く為ですわ」
「やれやれお子様は嫉妬深くていかんな。ん? 何故、銃口を我に向けるのだ」
「出来損ないの機械人形には、口は災いの元という言葉を理解させる必要がありますわね」
「おいおい、引き金に指を掛けるな。今のは、そう、ソネザキの心が言っているのだ。我はただの代弁者だ」
「アンズちゃんもドルフィーナも、冗談はそれくらいにしておこ」
珍しくコトミが割って入った。
「じゃあ、ソネザキ、そろそろ始めよっか」
気負いを感じさせない台詞に、自然とソネザキが頷く。
ヘルメットのインカムを操作して、マイクの有効範囲をチームからクラス全体に上げた。
緊張している。心臓がばくばくと大きく揺れていた。正直、怖い。
忌まわしい記憶はまだ心の中心に、べったりとへばりついている。
もう一度、チームメイトの顔を順に追う。胸の奥が少し軽くなる。
大丈夫。そう思えた。
大きく息を吸った。そのまま声を出す。
「ソネザキだ」
自分でも驚くほどにしっかりとした声だった。
「倒れたキリシマに代わって、今から指揮を執らせてもらう」




