【05-05】
「なんとか言ってみろよ! このガラクタ!」
ドルフィーナがびくっとするが、その言葉が富獄に向けられていたので少し安心した。
反論機能のない第五世代軍用オートマトンはうつむいて、この怒りを真摯に受け止めるしかない。
「黙ってれば許してもらえると思うなよ!」
そう吐き捨てると、腰に付けていたハンドグレネードを手にし、ピンを抜いた。
みんながあっと思った時には投げ終わった後。
放物線ではなく最短距離の一直線で富獄の顔面に当たっていた。
かつんと激突音が鳴り、半拍遅れてグレネードが破裂した。
もちろん演習用。衝撃波ではなく、大量のペイント液が飛び散るだけだ。
球状の頭部を真っ赤に染めて、一体の富獄がぐったりと崩れ落ちる。
ソネザキの推測通り、顔面に一定量以上のペイントが掛かると活動を停止するようだ。
「乙女の怒り思い知ったか! がっはははは!」
腰に手を当てて言い切った。
普段のキリシマからは想像すらできない仕草。ワイルドさ全開だ。
しかし、怒れる乙女の快進撃もここまでだった。
仲間を撃破された事で、残った富獄達が任務を思い出したのか。
両手の小銃を、大口を開けて馬鹿笑いしているおでこちゃんに向ける。
「キリシマ!」
「コトミさん、ダメですわ!」
咄嗟に飛び出そうとするコトミを、アンズが全身を使って遮った。
その直後。
ぱぱぱぱぱぱぱ。富獄の銃が火を噴いた。
ぱぱぱぱぱぱぱ。合計で四丁。
ぱぱぱぱぱぱぱ。僅か十秒足らずの掃射だったが。
ぱぱぱぱぱぱぱ。個人を狙ったのなら十二分な長さだった。
「げぶしゃぁ!」
乙女らしからぬ断末魔をあげて、キリシマが倒れた。
「キリシマ!」
「待て、コトミ」
抱き起こそうとするコトミを今度はソネザキが止める。
「お前にまでペイント液がつく」
「でもでも」
「こうなっては、どうにもならん。手遅れだ」
悲痛そうに呟くドルフィーナ。
「キリシマは見事な最期だった。己の身を犠牲にして富獄一体を葬ったのだ。我らにできるのは悲しむことではない。彼女の戦いを無駄にしないことだ」
ドルフィーナの言動はあくまで表向き、内心は楽しんでいる。
だって目が笑っているんだもん。
「ううっ」
小さくキリシマが呻いた。
「キリシマ!」
急いで近づくコトミ。
「あんなに撃たれて、まだ意識があるなんてタフだね」
「は虫類並の生命力ですわ。感嘆に値しますわね」
「折角カッコ良い台詞を言ったのに、台無しではないか。空気を読んでほしいところだ」
「ところで、さっきのは漫画の台詞かい?」
「いや、先週末に見たアニメだ」
「まったくアニメばっかりですわね。たまにはニュースでも御覧になったらどうなのです?」
それに比べて、他の三人は冷たい。
まあ、あれだけ罵詈雑言を撒き散らしたのだ。そんな物だろう。
「ううっ、この私がこんな単純な罠に引っ掛かるなんて」
どこにどんな罠があったんだよ。
コトミを除く、三人の視線が突っ込んでくる。
「すごく意識が混乱してる。何か変なことを口走っていたなかった?」
よくもまあそんな事が言えるもんだ。
コトミを除く、三人の視線がより強くなった。
「おそらく奴らの精神攻撃で、錯乱したのかもしれない」
そりゃ随分と都合の良い話ですな。
コトミを除く、三人の視線に殺意に近い非難がこもる。
「じゃあ、キリシマがおかしくなったのは、あのオートマトンの攻撃なんだね。だと思ったよ、キリシマがあんなこと言うはずないもん」
コトミが納得する。
その素直さは、相手に罪悪感を抱かせるほどだ。
「いや、あの、それは、その」
「くだらない言い訳するよりさ、言うべきことがあるんじゃない?」
と、ソネザキ。
ドルフィーナとアンズも頷いて同意を表した。
「うう、その、ごめんなさい。言い過ぎました」
「よし、今回だけは特別に許してあげる。いつも苦労かけてるしね」
「我も許してやる。恨み日記には書いておくがな」
「コトミさんも気にしておられないようですし、今回のことは水に流してあげますわ」
「え、何の話?」
「コトミは気にしなくていいよ。とりあえずは、仲直りしましたってだけ」
「そう、なんだ。まあでも、みんな仲良くが一番だよ」
曖昧な説明に小さく首を傾げたが、結局満点の笑顔で結論付けた。
「もう、無理しないで寝てなよ。そんなに撃たれたら辛いだろ」
微弱電流による効果で朦朧とする意識を、懸命に繋いでいるキリシマにソネザキが告げた。
「そうだね。お言葉に甘えさせてもらうよ」
ゆっくりと目を閉じた。そして付け加える。
「じゃあ、後のことは頼むよ。ソネザキ、クラスの指揮をとって、奴らを倒して」
「な、何言ってんだよ! そんなのできるはずないだろ!」
いきなりの丸投げに、常に冷静なソネザキにしては珍しく声を荒げた。
「大丈夫。ソネザキならできるって」
「できるわけないだろ。それに……」
「そんなわけで、よろしくお願いします。はあと」
ミユのメールを引用した台詞を最後に、呼吸が穏やかな寝息に変わった。
「はあと、だそうだぞ」
「はあとをガッチリ鷲掴みですわね。もう、羨ましい限りですわ」
「ボク達もフォローするから気楽にいこうよ。ね、ソネザキ?」
しかし、反応がない。
不思議に思ったコトミがソネザキを覗き込む。
「できないよ。勘弁してよ。できるはずないよ。嫌なんだよ」
血の気の引いた真っ青な顔だった。
目を斜め下に向けて、ぶつぶつと独り言を繰り返していた。
「ソネザキ、どうしたの? ね、しっかりしてよ」
慌てたコトミがソネザキの肩を大きく揺すった。
はっと我に返ったソネザキが、力のない笑みを作る。
「ごめん、ちょっとボケっとしてたよ」
「大丈夫? 指揮できる?」
「そんなの冗談きついな。私にできるはずないよ。副委員のチトセに任せるよ。まだ生きてるんだろ」
「ダメですわ。あの方は決断力が不足です。おろおろして、何もできませんわ」
すぐさまアンズが否定する。
チトセ。クラスの副委員。
ほっそりとした外見に、髪は地味で平凡なショートカット。
やや目尻の下がった穏やかな外見通り、非常に大人しく自分の意見を主張する事はまずない。
キリシマがクラス委員になったのを見て、副委員に立候補した。
チームメイトの友人を少しでも手伝いたいという、優しさ故の行動であった。
凛とした態度で指揮をとるキャラクターとは思えない。
「チトセは優秀だよ。成績も良いし」
「で、そのチトセ嬢だがな」
ドルフィーナが広場の端っこを指差す。
小さく身体を丸めているの後ろ姿が見えた。両手で耳を覆い、哀れなほどに震えている。
おそらく目はきつく閉じているに違いない。
「じゃあ、他に適任者が」
「キリシマはソネザキに後を託したんだよ。その気持ちに応えないと、ね。ボク達も精一杯手伝うからさ」
コトミが微笑みかける。裏表のない澄んだ表情。
「ダメだよ。できないんだよ」
しかし、ソネザキは頑として拒絶する。
「まったくソネザキさんらしくありませんわね。貴方は十一学区から来たのでしょう」
アンズの言葉に、ソネザキが微かに驚きを見せた。
「知ってたんだ」
「わたくしは良家のお嬢様ですもの。友人については、それなりの調査をさせて頂いているのです」
恐ろしい事をさも当然のように、さらりと言ってのける。
「でも、どうして……」
遠慮がちにコトミが口を開いた。
質問して良い事なのか、やや迷いがあるようだ。
十一学区は軍部の将官を養成する学区である。
四度に渡る厳しい選考試験を超えた者のみが入学できる超エリートの集まり。
こことは違い過ぎる場所だ。
「別に大した理由じゃないよ」
ソネザキが笑みを見せた。
しかし、その表情に纏わり付く影が、彼女の心を如実に表している。
「逃げてきたんだよ。カリキュラムについていけなくてさ」
それでも殊更気楽に答えた。
「入学当初はなんとかなったんだけど。段々さ、ついていけなくなってね。で、まあ落第するよりはって……」
「昨年度、最優秀生徒だった貴方が落第するんでしたら、学年全員が落第することになりますわよ」




