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【05-04】

                       * * *

 

 

 ソネザキ達が陣を張っていた空き地は凄惨だった。

 僅か一分足らずでクラスの半数近くが赤黒い水の中に倒れた。

 

 もちろん、血ではない。演習用のペイント弾。

 倒れている生徒も微弱電流により、動けないだけだ。

 

「あんまり嬉しくない光景だね」

 

 べったりとペイント液の付いた盾の影から、周囲を確認したソネザキがこぼす。

 

 火薬音はまだ断続的に続いているが、盾の陰に身を潜めている限り危険はなさそうだ。

 

「演習で良かったよ。みんなクラスメイトなのに」

「まったくですわ。しかし、一体何が……」

「おしゃべりは終わりだ。出てくるぞ」

 

 ドルフィーナが珍しく真面目な声を出す。

 

 崩れたビルの陰から、ぬうっとそれらが現れた。

 

 ソネザキが、アンズが、天真爛漫なコトミですら、ただ絶句するしかなかった。

 襲撃者はそれほどまでのインパクトを持っていのだ。

 

 全部で三体だった。

 

 クモを思わせる金属製の細い足が八本。胴体にあたる部分から、人型の上半身が伸びている。

 

 人間部分の肩から伸びた腕は、左右二本ずつの計四本。

 先端が銃口になっているのが一対と、小型の円形盾になっているのが一対である。

 頭部は直径六十センチ程の球体。真ん中に並んだセンサーやカメラが、明滅を繰り返していた。

 

 頭頂までは約四メートル。黒く染め上げられた強化チタン製の外骨格。

 見上げるほどの大きさに怪物めいたデザイン。一目で心胆を奪われる。

 

 第五世代軍用オートマトン。型番は富獄六型。

 拠点制圧用に特化したモデルである。

 軍事産業の老舗ホシガネインダストリーの最高傑作だ。

 

 銃口の付いた腕を巧みに動かし、悲鳴を上げながら逃げ惑う生徒達に弾丸を撒き散らした。

 時折、生徒達から反撃が起こるが、一対の盾が巧みに弾き返す。

 

「富獄とは、また厄介な」

 

 と、ソネザキ。

 

 富獄は対歩兵戦闘においては難攻不落と言われている。

 全身の装甲は小銃弾はもちろん車両用徹甲弾すら寄せ付けない。

 唯一の弱点はセンサー類の詰まった頭部。

 しかし、狙ったところで、シールドで防がれてしまう。

 

 距離を詰めてグレネードやランチャーを叩き込むのが効果的だが、八本の足は実に機敏で隙を衝くのは困難だ。

 

「ロングランスなら打ち抜けますけど」

 

 アンズの表情は冴えない。

 

 実戦であればロングランスの貫通力を持って、装甲の希薄な関節部を狙い有効なダメージを与えられる。

 しかし、演習用のペイント弾では、効果は期待できない。

 

「これは演習だからね。頭部には当たり判定があると思うけど」

 

 ソネザキが首を捻る。

 

「ボクが走り込んで、グレネードをぶつけてみよっか?」

 

 無謀な提案に思えるが、卓越した運動神経を持つコトミなら不可能ではないだろう。

 

 しかし、ソネザキは小さく首を振った。

 

「敵は三体だからね。しかも連携している。一体を潰せたとしても、それ以上は難しいから」

 

 打つ手はなし。顔を見合わせて、大きく溜息をついた。

 

「キリシマ、なんか良いアイデアある?」

 

 倒れたままのクラス委員にソネザキは助言を求めてみる。

もっとも有益な回答を期待したわけではない。

 ディスカッションはみんなで仲良くがミユの口癖だからだ。

 

 キリシマがゆっくりと身体を起こした。握ったままになっていた端末に視線を落とす。

 ゆっくり字を追うにつれ、その顔がだんだんと紅潮していく。

 

「ふ、ふふ、ふふふ」

 

 こみ上げてくる笑いを漏らした。

 しかし、その血走った目から推測するに、胸を張って「楽しいんです!」と言える類の事ではないようだ。

 

「キリシマ?」

 

 ソネザキが、とりあえず無難に名前を読んでみた。

 

「ミユちゃんからのメールだけどね。ふ、ふふ、ふふふ」

 

 尋常でない雰囲気に、周囲の四人はただ見守るしかない。

 

「ただ時間を過ごすだけだとつまらないと思うので、スペシャールなゲストを用意してみました。喜んでくれるかな。はてな。ちょっと過激な展開も期待できるけど、ミユの生徒さんは優秀だから、余裕でクリアしてくれるよね。ういんく。そんなわけで委員長さん、よろしくお願いします。はあと」

 

 やや鼻にかかった声で少し舌足らずな喋り方は、ミユの特徴を上手く表現できている。

 真面目一徹のクラス委員に、こんな意外な特技があったとは。

 

「ふ、ふふ、ふふふ。あはははは。舐めとんのかぁ! 下らない企画考えやがって!」

 

 いきなり立ち上がって怒鳴った。

 生徒達だけでなく、襲撃者のオートマトンですら銃撃を止めるほどの大声だった。

 

「三十超えたいい大人が! 生徒をからかって楽しいのか! 大体、委員長っぽいからクラス委員ってのは、どんな理由なんだよ!」

 

 ああ、やっぱり根に持ってたんだ。

 

「なんでもかんでも丸投げしやがって! お前らもだ!」

 

 眼前のソネザキに指を突きつけた。

 

「カピバラさんを、あんまり聞かない動物だと! カピバラさんに謝れ! 土下座しろ! 私はげっ歯類が一番好きなんだよ!」

 

 矛先も理不尽なら、主張も理不尽。おまけに要求も理不尽。

 ここまで理不尽が重なると、爽やかさすらある。

 

「キレると見境なしか。やれやれ、質が悪いにもほどがあるな」

「文句あるのか! 役立たずのオートマトンが!」

 

 ぼそりと呟いたドルフィーナに、すぐさまキリシマが噛み付く。

 

 容赦のない一言に、流石のドルフィーナも黙ってはいられなかったのだろう。

 

「いえ、我が間違っておりました。ごめんなさい、カピバラさん」

 

 さっと姿勢を正して、深々と頭を下げる。

 情けない行動に見えるが、頭を上げたその顔には何かをやり遂げた者だけが持つ神々しさがあった。

 気のせいかも知れないけど。

 

「お前らもだ! いっつも女同士でいちゃいちゃしやがって!」

 

 次のターゲットはアンズとコトミのようだ。実に質が悪い。

 

「私には一緒に動物園に行く友達もいないのに! 不公平だとは思わないのか! 私だって友達と動物園で、ワオキツネザルの生態について一日中語りたいんだよ!」

 

 そんな無茶な要求に応えてくれる人がどれだけいるのか。

 キリシマは半永久的に一人で動物園に行く事になりそうだ。

 

「訳のわからない言いがかりは止して……」

「待って、アンズちゃん。ここはボクに任せて」

 

 正面から受けて立とうとするアンズをコトミが制した。

 

「キリシマ、ボクが一緒に行ってあげるから」

「仕方なくみたいな言い方されても嬉しくない! もっと心の底から嬉しそうに言えよ!」

 

 本当に質が悪い。

 キリシマの株は急暴落だ。しかも底値はまだまだ見えない。

 

「それにソネザキ! お前も!」

 

 ほら来た。ソネザキが大きく溜息をこぼす。

 

「お前は、その、えっと、転校生だからって調子に乗るなよ!」 

 

 正義の転校生に叩きのめされた不良、しかも雑魚っぽい、的な発言。

 

「はいはい。気をつけるよ」

 

 とりあえず反論は止めておこう。徒労になりそうだ。

 

「他の連中にも色々と言いたいことはあるが」

 

 周囲に視線をさ迷わせる。

 

 誰もが瞬時に顔を逸らした。

 こういった反応はすこぶる早い。担当教官の厳しい指導の賜物だ。

 

「まずはお前らだ!」

 

 しかし、不幸にも目を合わせてしまった奴らがいた。

 無理もない、彼らはミユ教官の恩恵を受けていない部外者なのだ。

 

 三体の富獄達は、互いに顔を見合わせ、センサーを明滅させた。

 反応に戸惑っているのかも知れない。

 

「何がスペシャールゲストだよ! お呼びじゃないんだよ! 解体して大浴場の薪にしてやろうか! こら!」

 

 強化金属のオートマトンが薪になるのか。

 という疑問以前に、浴場のボイラーは電力で動く。

 

「みんなして! みんなして! 私をバカにして! 私だってメガネにおでこちゃんじゃなくて、可愛い格好がしたいんだよ! お前らが委員長らしいって言うからできないんだろが!」

 

 全ての主張は、そこに帰結するようだ。

 確かに年頃の女子に、常に委員長らしい外見を維持させるのは問題がある。

 でも待て、誰も強要してないはずだ。



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