【05-03】
ソネザキ達の反応は早かった。
コトミが立っていたキリシマを押し倒した。
残った三人が足元の防弾シールドを拾い、即座に壁を作る。
一方で他の生徒は遅かったと言わざるを得ない。
ドルフィーナの警告は、空き地に響き渡るくらい大きかった。
しかし、弛緩しきった彼女達は、その声の主であるドルフィーナに視線を向ける程度しかしなかった。
いや出来なかったのだ。
そして、全てが同時起こった。
断続的な乾いた火薬音。超音速の飛来物が空を裂く独特の振動。地面のあちこちで跳ね上がる砂利。
外周付近に立っていた少女が真っ赤に染まって倒れる。
彼女の傍にいたチームメイト達も赤い液体の中に崩れ落ちた。
何が起きたのか? 何が起こっているのか?
そんな事はどうでもいい。ただ解ったのは!
「敵襲! 敵襲だ!」
誰かの叫びが、直後、断末魔の悲鳴に塗り潰された。
「敵襲? 何がどうなってるの?」
シールドの陰、コトミの下でキリシマが呻いた。
「酷い。まるでドミノ倒しですわ」
ちらりと外を覗いたアンズが不快感を露にする。
昼食を楽しんでいたクラスメイト達が薙ぎ倒されていくのは、正視に耐えない光景だった。
「まさか、裏切り? ハルナやコンゴウが?」
他のクラス委員の名を口にするが、彼女達も十二分に信頼できる友人のはず。
その可能性は余りに小さい。
「残念ながら違うな」
答えたのはドルフィーナだった。
「もっとも、他のクラスに一風変わった転校生が入ったと言うなら別だが」
意味しているところが解らず、が、それも一瞬。
全員が、ソネザキ達以外も、襲撃者が何者か理解できた。
歪んだシルエットが倒壊したビルの陰から現れたからだ。
* * *
演習指揮所はドームの最東端にある。
コンクリート製の建物、中は五メートル四方の薄暗い空間だ。
光源となっているのは、正面に据え付けられた大型スクリーン。
青赤黄の三本のバーを中心に、いくつもの画面が並んでいた。
中には休憩中の生徒達が映っている物もある。
スクリーンの前にはデスクトップタイプの端末が三台。
その前には情報課の生徒が一人ずつ、情報処理ゴーグルと音声入力用インカムを着用して座っていた。
それぞれの腕にはバーと同じ三色のスカーフ。
「状況開始まで三十秒……、二十秒……十秒」
一番左に座った少女がカウントダウンを続ける。
その三人の後方で、ユキナが腕を組んで立っていた。
「五、四、三、二、一。状況を開始します」
「了解、状況を開始します」
「了解です。状況を開始します」
復唱と同時に、端末のボタンを押した。
一瞬の間を置いて、三人の指が慌しくキーボードを叩き始める。
「青、チャーリー、デルタ、イプシロン壊滅しました。ブラボーも壊滅です」
「黄、六、八番チーム壊滅、二、九番チームも壊滅しました」
「赤、ウォンバットさん、アメリカシロヒトリさん、タスマニアデビルさん、コウテイペンギンさんチーム壊滅しました」
報告を聞くうちに、ユキナの顔が渋くなっていく。
「気分が優れませんか? ユキナ教官」
ユキナの傍らに立っていた生徒が、コーヒーのカップを手渡しながら尋ねた。
切れ長の目とほっそりとした鼻、淡く形良い唇が細い輪郭の中に丁寧に配置されている。
肌の白さも相まって、美人ではあるが神経質そうな少女だ。
短く整えた頭には、高等部最優秀生徒に与えられる銀の髪飾りが輝いていた。
「こういうやり方は好かんな」
吐き捨てるようにユキナが答えた。
「黄、三番、一番、四番壊滅。十番、十一番が独断で離脱を開始しました」
「離脱するチームを優先的に攻撃しろ」
「了解しました」
「一番が潰れたということは、黄はもうダメですね」
「何故、そう思う?」
「カナエ教官のクラスは、クラス委員のコンゴウを基点とした典型的なトップダウン構造です。能力的に誤差の小さい優秀な生徒達ではありますが、卓越した指揮官が存在しなければ、所詮は烏合の衆。この危機を潜り抜けるのは不可能でしょう」
「黄、五、十四、十五……」
読み上げていた少女の声が小さくなる。
「報告は明瞭に!」
途端にユキナの鋭い叱責が飛ぶ。
「失礼しました。黄、全滅です。生存者なしです」
「そうか」
「青、反撃を開始しました。戦力はまだ四十パーセント残っています」
「流石、ユキナ教官のクラスです。厳しい訓練の賜物ということですね」
世辞のこもった言い方に、ユキナの顔が一層不快になる。
「違うな。こちらはハルナが残っている。指揮能力ではコンゴウに及ばないが、状況に対し冷静に対応できる人間だ」
「何をすべきかという点をしっかり理解して行動できる者を、各チームのリーダーに選んでいる。というのもありますね」
「お前は優秀だな、モガミ」
「はい、ありがとうございます」
恐縮する事もなく、シンプルに答えた。
その態度は彼女の自信の表れだろう。
「おい、赤はどうなっている!」
「それが、その」
「報告は明瞭にだ!」
「はい! 各々が広場の中をバラバラに逃げ回っています。しかし逃げ方が巧みで、なかなか捕捉できません」
「ミユのクラスらしいな」
「確か、クラス委員はキリシマでしたね」
ちらりと、ユキナは視線だけで続きを促す。
「データを見る限り、彼女にクラス委員の能力があるとは思えません。確かに真面目で責任感の強い人間ではありますが、逆境に脆く決断力にも難があります。また戦術においても柔軟性に欠ける部分が見受けられます」
「かなり酷い評価だ、キリシマが聞いたら気を悪くするな」
「客観的な評価ですから撤回はしません。しかし、そのキリシマがクラス委員として選ばれた理由が自分には解りません」
「ミユのクラスだからな」
「ミユ教官のクラスは、一芸に秀でた生徒達で構成されていますが、その、なんというか」
「各々が身勝手に行動する為、部隊というよりは出来の悪い愚連隊だと言いたいのだろう」
「適切な言葉ではないかも知れませんが」
「軍において個性は必要ない。画一化された兵士の部隊こそが最強にして、求めうる最高の状態だ」
ユキナの言葉に、モガミは頷いて同意を示す。
「それは概ね正解だ。だが、イレギュラーの底力を舐めてかかると、痛い目にあうぞ。あのクラスはミユのクラスだからな」
「個人的な意見を言わせて頂ければ、ミユ教官は教官としての資質に問題があると思います」
辛らつな一言にユキナの口元が緩んだ。
モガミが鬼と称されるユキナの微笑を目にするのは初めてだった。
「お喋りはこれくらいでいいだろう。生き残ったチームを制圧するのが、高等部精鋭部隊の役目だったな」
「はい、直ちに準備します」
かっと踵を鳴らし、敬礼する。
一分の隙もない完璧な敬礼だった。
「くれぐれも油断するな、とだけ言っておく。高等部しかも最優秀生徒で編成された部隊が、中等部に潰されることがあれば……」
「その心配は不要です。確かにユキナ教官のクラスは精鋭部隊と言えますが、所詮は中等部、子供です」
「だが、残っているのは私のクラスだけじゃない」
「あの戦力は赤子以下です。気にするレベルではありません」
「随分と自信に溢れていることだ。実に頼もしい」
「では、失礼します」
そう残すと、この部屋唯一の出入り口であるドアに向かう。
「キリシマがクラス委員に選ばれた理由だがな」
ドアが開いたところで、ユキナが声を掛けた。
動きを止めてモガミは続きを待つ。
「ミユが言うには、一番委員長らしいルックスだったからだそうだ」
「なるほど、それは素晴らしい理由ですね。実にミユ教官らしい」
嘲りを多分に含んだ笑みを浮かべながら、モガミは外に踏み出した。
数秒の時間を置いて、ドアが閉まった。
「報告止まってるぞ!」
「現状維持です」
「状況変わりません」
反射的に二人が答える。
「どうやら危機を脱したようだな」
安堵の色を浮かべて、手にしていたカップを口に運んだ。と、その顔が歪む。
そして、学区で最も恐れられる鬼教官は驚くべき事を口にした。
「砂糖とミルクが入ってないじゃないか! まったく、こんな苦い物が飲めるか!」




