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【05-01】

●午後一二時〇九分●

 

 市街地演習場ドームは、大きく四つのエリアに分かれている。

 

 大都市をイメージした高層ビルエリア。

 大小の建物が並ぶ都市エリア。

 マンションや民家が中心のベッドタウンエリア。

 そして、都市の戦闘後をモチーフにした破損エリアである。

 

 今回の演習は破損エリア。

 倒壊したビルや崩れた壁で占められており、しかも地面は割れたアスファルト。

 大規模支援が得られない状況下での歩兵演習にはもってこいの状態になっている。

 

 参加は全部で三クラス。

 ゴールとなる旗が、最北端のビルという事で、各クラスは平等な距離に陣を張る事になった。

 これも紳士協定による物だ。

 

 ソネザキのクラスは東部。

 キリシマの判断で崩れたビル郡から距離のある空き地を選んだ。

 一見無謀な布陣に思えるが、相手に長射程の武器がない点を考慮すれば、視界の広さは防御に効果的だろう。

 

 もっとも、紳士協定がある限り、戦闘が起こる可能性なんてない。

 その認識が行き渡っている今、全員が弛み切った雰囲気で食事をしていた。

 

 いや、全員がという表現は語弊があったかも知れない。

 ごく少数の、いや、ほんの僅かな、というより約二名の、正確には一名と一機は、まさに一触即発の臨戦状態だったのだ。

 

 プラスチック製の質素な弁当箱の数センチ上で、金属製のフォークが二本、小さな音を立ててぶつかった。

 

「ちょっと、ドルフィーナさん、そのフォークをどけてくださらない? そのソーセージはわたくしが目を付けていた物ですのよ」

「訳のわからないことを言うな。このソーセージは我が食べると最初から決めていたのだ。お前の出る幕ではない」

「オートマトンなんですから、人間に譲るのが普通でしょう。食べたところで、余剰カロリーは無駄に消えるのですから」

「人間には譲り合いの精神があるはずであろ。食ったところで、急に背が伸びるわけでもないのだからな」

「なんと失礼な。これだから機械人形は嫌いなのです」

「なんと身勝手な。これだからお子様は嫌いなのだ」

 

 両者のボルテージが上がり、それを反映して力が徐々に加わる。

 噛み合ったフォークがぎりぎりと軋みを漏らす。

 

「止めなよ、二人ともさ」

 

 呆れつつもソネザキが仲裁に入る。

 

 ソネザキ達の食事は主食を個々にタッパー分けし、中央に副食類置いて皆で囲むスタイルを取っている。

 キャンピング方式とアンズは名づけているが、要は早い者勝ち。弱肉強食方式なのだ。

 

「ほら、ソネザキさんが呆れていますでしょ。さっさとフォークを引っ込めなさい」

「ほら、ソネザキがバカにしているだろうが。とっととフォークを戻すがよい」

 

 しかし、互いに主張を緩める気配はない。

 むしろ、一層の力と意地がこもる。

 

「毎度毎度飽きないね。ほら、コトミもなんとか言ってあげて」

 

 無責任に振りつつ、焼いたニンジンを口に入れた。

 茹でたブロッコリーと並んで人気のないメニューは、まだ随分と余っている。

 

「こればっかりはどうにもできないよ。食事は弱肉強食だからね。食べたい物は何としてでも手に入れるのが生物としての基本だよ」

 

 頬に目一杯マッシュポテトを詰め込んだコトミが答える。

 

「ニンジンやブロッコリーは沢山あるんだから、そっちも食べなよ」

「ソネザキさんが忠告してくださってますわよ。ブロッコリーをお食べなさい。少しは頭が良くなるかも知れませんわよ」

「失礼な。ブロッコリーくらいで我の頭脳が良くなってたまるか。お前こそニンジンを食え。ニンジンに含まれているカルシウムで背が伸びるぞ」

「もう、どこを突っ込むべきなのか、解らなくなってくるよ」

「ブロッコリーを食べると頭が良くなって、ニンジンを食べると身長が伸びるんだね。知らなかった」

 

 感心するコトミ。

 素直で天真爛漫な彼女は、友達の戯言を簡単に信じてしまう。

 

「いやいや、そんな効果はないよ」

「え、でもブロッコリーは緑だから有り得るんじゃない?」

「その理屈も良く解んないんだけど」

「あ、でもそれだとオレンジのニンジンで背が伸びるのはおかしいね」

 

 神妙な顔つきで首を捻った。

 

 とりあえず色と栄養素との関係について、学術的な意見をソネザキが述べようとした時、

「アンタ達ってさ、ホントにいつもマイペースだね」

 多分に脱力した声が飛んできた。

 

 ソネザキが振り返る。

 メタルフレームの眼鏡に、輝くおでこのクラス委員が立っていた。

 

「ある意味羨ましくはあるけど」

 

 言葉以上に呆れた色を濃く見せつつ、キリシマが正直な意見を述べる。

 

 その言い方に、少しむっとするソネザキだが。

 

「やっほー、キリシマ。折角のピクニックだからね。楽しまないと損だよ」

 

 と相変わらずのご機嫌度数百二十パーセントのコトミが先に答えた。

 

「ピクニックね。一応演習なんだけど、まあ今日の内容だとピクニックとも言えるか」

 

 呟きつつも、その表情に微妙な笑みが混じった。

 

 話した相手に好感を抱かせるコトミの不思議な魅力の一面だ。

 

「はい、クラス毎の識別マークと部隊マークを持ってきたよ。みんなには下船後直ぐに渡したんだけどね」

 

 赤いスカーフと丸いバッチを四人分、ソネザキに渡す。

 

「アンタ達さ、下船が遅かったじゃん。何してたの?」

「簡潔に説明すると、クイズと筋トレかな」

 

 ソネザキが端的に答える。

 

「ウォーミングアップ?」

「どっちかって言うと罰ゲーム」

「まあ、良く解んないけど。とりあえず、スカーフは腕に付けておいて、ウチのクラスは赤だから」

「バッチは部隊マークね。っていうか、なにこのマーク」

 

 バッチにプリントされているのは、デフォルメされた動物の顔。

 四角い輪郭に小さな細い目。ネズミを思わせる歯。

 見ようによっては可愛いかも、でもどっちかって言うと不細工。

 

「脊索動物門・哺乳綱・ネズミ目・ヤマアラシ亜目・カピバラ科・カピバラ属・カピバラ」

 

 難しい単語をスラスラと並べる。

 

 委員長キャラというイメージの強いキリシマだが、実は動物好きの夢見る乙女なのだ。

 しかし、子犬や子猫を見て、「きゃわいいぃ」と喚き散らす今風な女の子らしさ全開の『好き』ではない。

 目にした動物の特徴や習性について、ぶつぶつと唱えるちょっと個性的な部類の『好き』に入る。

 

 そんなキリシマの趣味を反映して、演習のバッチマークはいつも動物。

 しかもイラストは、キリシマ一人で描き上げている。

 時には数日間徹夜してでも仕上げるのだ。

 やはりクラスの中心となる委員長、陰の努力は凄い!

 もうちょっと方向性を修正できれば言う事はない!

 

「つまり、私達のチームは?」

「カピバラさんチーム」

「カピバラチームね。あんまり聞かない動物だけど」

「カピバラさんチームね。さんを付けないとバカっぽく聞こえるから」

 

 敬称があっても変わらないと思うが、動物好きには動物好きの拘りがあるんだろう。

 多分。きっと。

 

「カピバラはテラ星系原産のげっ歯類でね、体長が百から百三十センチ、体重は三十五から大きいのでは六十キロを超えるんだよ。正確は穏やかで……」

 

 キリシマが説明を始めた。

 元々喋り好きな人間だが、動物について語り出すと、六十三パーセント増しで饒舌になる。

 

 チキン、ポーク、ビーフが興味のある動物ベストスリーのソネザキにとっては、実に退屈な話題。

 

 一方のコトミは目をキラキラ輝かせながら、「うんうん。それでそれで。そうなんだ。すっごいね」と絶妙のタイミングで相槌を打ち、続きを促す。

 誰に対しても、どんな話題でも、いつもこんな調子。

 コトミが誰にでも好まれるのは、そういう部分もあるだろう。

 

「あぁぁぁ!」

 

 アンズの絶叫が、ソネザキの思考とキリシマの講義を遮った。

 

「なんてことを、なんてことを」

 

 小刻みに震えながら、涙を一杯に溜めていた。

 

 アンズの眼前でもぐもぐと咀嚼しているオートマトン。

 その両手、左右それぞれに握られたフォーク。

 この二つの事象から導き出される結論は、実に単純明快。名探偵でなくとも簡単に到達できる。

 

「卑怯ですわ。卑怯ですわ」

「卑怯? 意味が解らないな。解りやすく説明してくれないか?」

 

 ふふんと鼻を鳴らして、如何にも悪役然とした口調で尋ねる。

 

 

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