【04-04】
「ごめん」
思わず声を荒げたソネザキに、コトミは似つかわしくない不安そうな顔になる。
「なんか気に障ること言ったかな」
「あ、いや、こっちこそ、ごめん。つい大きな声を出しちゃって。コトミは何も悪くないから」
慌てて否定すると、大きく深呼吸。ちょっと熱くなった頭を冷やす。
それから出来るだけ柔らかい表情を作り、コトミを安心させた。
「ちょっと気になることがあってさ、聞いてもいい?」
「うん。ボクで解ることだったら」
「さっきのやつって、漫画で読んだだけなの?」
「そうだよ。ほら、漫画って絵だから。イメージしやすいから」
「イメージ?」
「そう、イメージしちゃえば、その通りに動くなんて簡単だよね」
事も無げな様子に思わず頷きかけたがソネザキだが。
「いやいや、少なくとも私には無理だよ」
「そっかな、そうやって無理って決め付けてるからだと思うけど」
「むわぁぁぁ」
倒れていたドルフィーナが、悲鳴を漏らしながら身体を起こした。
「あ、そうだった。忘れてたよ。大丈夫か?」
「大丈夫なわけないであろ。ゴキゴキ、どこなのだ」
警戒しつつも近づくソネザキに、あたふたと這い寄ってきた。
「ゴキゴキ、我はあの黒い虫が苦手なのだ。ゴキゴキ、早く退治してくれ」
腕を伸ばすと、乱暴にしがみ付いてくる。
「お尻とかに這ってないか。這ってたら、もうお尻は二度と洗わないからな!」
「逆に洗った方がいいと思うけど」
「どうやら元に戻ったみたいだね」
えっへんとばかりにコトミが胸を張る。
いつもの明るい表情に戻っていた。
「機械ってのは、強い衝撃を与えれば直るんだよ。これは絶対の法則なのだ」
「そりゃただの迷信だって、大抵は余計酷くなるよ。まあ単純な機械なら直る気もするけど」
このオートマトンは色んな意味で単純だから、そんな事がソネザキの頭をよぎった。
「それよりもゴキゴキはどこだ? まさか服の中とかに入ってないだろうな」
「ちょっと落ち着きなよ、ドルフィーナ」
しゃがんで視線を合わせると、肩を強く揺すって注意を自分に向けた。
それから、全ての元凶となった発言について、その真偽をゆっくりかつ明瞭に伝える。
「さっきのは嘘だから」
「嘘?」
涙の溜まった目を見開いて、繰り返す。
「ゴキブリなんていないんだよ」
「いない?」
更にオウム返しにして、首を傾げた。
思考が事態に追いつけないようだ。
仕方なく更に詳しく説明する。
「だから、さっきのはアンタを動かす為の嘘なんだって」
「つまり、嘘だったのだな。ゴキゴキなんていないんだな」
ソネザキが首を縦に動かす。
「悪かったよ。こんなに怖がると思わなかったからさ」
謝罪するソネザキを残して、ふらふらとドルフィーナが立ち上がる。
くるりと背を向けると、ごしごしと目を擦った。それから両手を腰に当て胸を反らす。
「もちろん、その程度の嘘は見抜いていた。今までのは我の迫真の演技なのだ」
「はい?」
「常識で考えれば解るであろ。科学の粋を集めた最新鋭オートマトンが、昆虫如きをホントに怖がると思ってるのか?」
「思っているのか? とか聞かれても……」
現に数秒前まで泣くほど怖がっていたんだから。
そう答えるべきかソネザキは迷う。
「そうなんだ。全然気付かなかったよ」
コトミの意外なコメント。澄んだ瞳には疑念の欠片も浮かんでいない。
その純粋さは評価したいが、ソネザキは何故か頭が痛くなる。
「敵を欺くには、まず味方からというのは戦術の基本だからな」
「流石、最新鋭オートマトンは奥が深いね」
「ったく、何が敵で何が味方なんだよ」
「それを一言で説明するのは難しいな」
「とにかく、今回は私のせいだから、ちゃんと謝らせてよ。ごめんなさい、迷惑かけました」
改めて二人に頭を下げた。
「そんな大袈裟だな。全然気にしてないよ」
「ふむ、コトミの言うとおりだ。我はポテチの一袋でもくれたら、すぐに忘れるぞ」
「なんで、アンタにお菓子をあげないとダメなんだよ」
「謝罪は態度よりも物で表すものだ」
「解ったよ。今度、乾パンでも買ってあげるよ」
「あんなわびしい物はいらん!」
いつもの下らないキャッチボールが心地良い。
と、ドアが開いた。
「お前ら、いつまで遊んでいるんだ!」
三人が振り向くより早く、ユキナの叱責が飛んで来た。
「他の連中は全員降りたぞ! ちんたらせず早く降りろ!」
「了解しました。すぐに下船します」
「いや、ちょっと待て」
部屋を出ようとしていた三人を呼び止める。
「この壁の理由を聞かせてもらってからだ」
大きく人型に凹んだ壁を顎で示す。
「えっと、それはですね」
「まさか、船酔いして起き上がれなくなったオートマトンを、適当な嘘で動かそうとしたら暴走してこうなった。なんてバカげた説明は聞かんぞ」
見事な釘打ち。三人がリアクションに戸惑う。
「優れた兵士は、咄嗟の状況下でも知恵を働かせて機転を利かせるものだ。各自に一分の猶予を与えるから、私を納得させる答えを言ってみろ」
これまた無理難題だ。
船と言っても学区の備品である、それを壊してタダで済ませるわけがないという事だろう。
「ユキナ教官、質問があります」
「なんだ、ソネザキ」
「もし、教官を納得させられなかった場合は、何か罰則があるのでしょうか」
「私は生徒をいたぶって楽しむ趣味はない。よって罰則はない」
ほっと、安堵しかけるが。
「しかし、各自が自主的に反省の意を表すなら、それを止めることはしない。腕立てでも腹筋でもスクワットでも、構わないと思っている」
つまりは、そういうことだ。
「さて、そろそろ一分だな。ではドルフィーナから説明してもらおうか」
冷酷な声にオートマトンの表情が絶望的な物に変わった。




