【04-02】
「う、うら若き乙女に体重を聞くとは、なんと失礼な奴なのだ!」
頬を真っ赤にして怒った。
実に人間らしい反応に、ソネザキの溜息が大きくなる。
「なんだ。その反応は、我が太ったとでも思っているのだな。残念だが、オートマトンは毎日夜食を食べても体重は変わらないのだ」
それなら過剰に摂取してるカロリーは、どこに消えているのだろう。
科学の進歩は、時としてどうしようもない無駄を生むのかも知れない。
「そうじゃなくてさ、オートマトンだから見た目よりも重量あるでしょ」
「それは、その、確かに人間に比べると若干重い。が、それは我の生活態度が問題ではなくだな」
もごもごと言葉を続ける。
体重の問題は、彼女のコンプレックスになっているようだ。
「悪かったよ。別に非難してるんじゃないんだ。私の記憶だと、三桁を超えるの重さだったと……」
「我はそれほど重くはない! 内燃機関や骨格、人口筋肉に至るまで従来よりも格段に軽量化されているのだ!」
「で、いくら?」
「……九十九キロと七百五十グラム」
これ以上は隠し切れないと悟ったのだろう。
消え入りそうな声で告げた。
「約百キロか」
「概数で言うな。失礼であろ」
「私が運べる重さじゃないよ。コトミが戻らないとどうしようもないね」
だが、二人でも運べるだろうか。
「大体、船舶で輸送するのが悪いのだ。しかも、あれほど揺らして」
「今回も辛かったからね。私も正直危ないとこだった」
「そうであろ。ソネザキのような鈍感百二十パーセント天然絞りな人間でもそうなのだ。精密機械である我が無事なはずがない」
「やれやれ、まったく」
うんざりした表情でドルフィーナに近づくと、その頭に拳骨を落とした。
ごいんと鈍い金属音。
「なにをするのだ!」
「誰が鈍感百二十パーセント天然絞りなんだよ!」
殴られたドルフィーナはともかくとして、加減したソネザキも十分に痛かった。
互いに涙を溜めながら、声を荒げる。
「っていうかなんだよ、そのフレーズ」
「なかなか良いであろ。そこはかとなく知性とセンスを感じないか」
「感じないね」
脊髄反射でばっさり切り捨てる。
「くっ! 貴様、コンマ秒数で否定するとは!」
「はいはい。恨み日記にでも書いてくれていいからさ。でも、確かに船の輸送は辛いね。できれば空輸とかにしてくれないかな」
「空輸だと? 飛行機で移動するというのか?」
「飛行機なら揺れないし安心でしょ」
「バカ言うな。あんな鉄の塊が空を飛ぶなんて有り得ないのだ」
「飛行機に鉄はあんまり使われてないから。それにさ、航空力学ってのがあって、科学的に計算されてるんだから」
「我は信じないからな。科学なんて眉唾もいいところだ」
「アンタさ、自分の存在を思いっきり否定してない?」
やっぱり背中にチャックが付いているに違いない。
ソネザキが調べてみようと踏み出した時。
「たっだいま。アンズちゃんは外に運んでおいたよ」
勢い良くドアが開き、コトミが飛び込んできた。
「ああ、ありがと。次はコイツだよ」
「ドルフィーナは百キロだよ。これは重くて大変そう」
「概数で言うな。失礼であろ」
「あはは、ごめんごめん。でも百キロだよね」
繰り返すコトミ。
ドルフィーナにしては悪気が無い分だけ対処に困る。
とりあえず、ぶすっと頬を膨らませて不機嫌さをアピールしてみた。
「百キロだよ、すごいね。百キロ。これはファイト一発な状況だよ。百キロだからね。燃えるね。百キロだもんね。熱くなるね。なんたって百キロなんだから」
ドルフィーナの反応はコトミには届かなかったらしい。
百キロという単語連発して、瞳をキラキラと輝かせる。
「じゃあ、どっちが先に運ぶかジャンケンで決めよっか」
「じゃんけん?」
「あ、コイントスのがいい?」
「いや、そうじゃなくて」
「じゃあ、じゃんけん?」
また会話が微妙にずれてきた。
「よぉし、いくよ! じゃんけ……」
「ちょっとストップ!」
「あ、最初はぐーで始める方がいい?」
「いやいや、そうじゃなくてさ」
更に外れていく論点を強引に引き止める。
「一人ずつで運ぼうって思ってる?」
「うん。その方が楽しいから」
「無茶言わないでよ。百キロなんて一人で持てないから」
「ダメだよ。ソネザキ」
コトミにしては珍しく落ち着いた声。
ひょっとして台車を用意してあるとか。
ソネザキがそんな都合の良い現実を期待したが。
「自分で諦めたら、そこで終わりだよ。気合と根性で限界を乗り越えないと」
ぐっと拳を握って、力強く主張した。
確かに、コトミの言には一理ある。
枠を決めてその内側に閉じこもってしまえば、成長なんて有り得ない。
が、しかし。
「二人とも、どうでもいいからさっさと運んでくれないか。我は早く降りて新鮮な空気を吸いたいのだ」
こんな気楽なオートマトンを運ぶ為に、そこまでしたくない。
それはそれで負けた気になる。
ふと、天啓が閃いた。
急いでドルフィーナに視線を向けると、いきなり床を指差す。
「お尻んとこ! ゴキブリ!」
「ごき? ぶりぃぃ! ひぃやぁぁぁ!」
サンプリングされた澄んだ声の効果を最大限に発揮。
日ごろの珍妙な口調ではなく、年頃の少女らしい悲鳴を上げながら床を蹴って立ち上がった。
その勢いを利用して、少しでも離れようと駆け出す。
オートマトンにはリミッターが掛かっており、平均的な人間の、ドルフィーナは例外的に平均より随分と下回るが、力以上は発揮できない。
が、己の生存を危ぶむレベルの状況が迫ってきた場合には、そのリミッターが一時的に解除される仕組みになっている。
超至近距離に、超苦手とする黒い昆虫が這っている。
それはドルフィーナにとって、まさに絶体絶命であった。
全身八箇所の心臓が瞬時に血量を増し、人工筋組織のサイズを爆発的に向上させる。
百メートルを五秒で駆け抜ける速度まで、一気に加速した。
「どいて!」
すぐさま眼前数メートル位置に立つ友人達の存在を思い出し、絶叫。
急ブレーキを掛けるが。間に合わない!




