【04-01】
●午前一一時〇八分●
市街地演習ドームは、第十三学区学習ドームから高速輸送艇で南に約四十分の場所にある。
到着までの時間、生徒達はチーム毎に割り当てられた狭い待機室で過ごす。
パイプ椅子と簡易テーブルだけが置かれた質実剛健な空間だ。
「わたくし、もうダメかもしれません」
「しっかりするのだ。我がついている。こんなことでへこたれるな」
「もっと、もっと強く抱き締めてください」
「これでいいか」
「あぁん、気持ち良いですわ。ドルフィーナさん、いつもつまらないことばかり言ってごめんなさい。今は、今だけは、あなたがいてくださるのが嬉しくてたまりませんわ」
「解っている。辛くなるから喋るな。もう少しの我慢だ」
部屋の隅で床にしゃがみこんで、抱き合っている二人。
「やっぱりあの二人は仲良しだよね」
その様子をやや離れたパイプ椅子に座り、生暖かい眼差しで見つめているソネザキに、傍らのコトミが嬉しそうに話し掛けてきた。
「喧嘩するほど仲が良いとは言うけどね。あんな風に仲睦まじい二人を見てると、なんか背筋が寒くなってくるよ」
「あはは。そんな言い方しちゃ可哀想だよ」
船が大きく揺れた。
椅子から落ちそうになるのを、咄嗟に踏ん張って堪える。
ハトホルの海は波が少なく、年中穏やかなのが特徴だ。
なのに何故これほど揺れるのか。
それは輸送艇の進み方にある。輸送艇はスピードを小刻みに切替えながら、時折蛇行までして進む。
荒れた海に耐えるのも訓練だと言っているが、ただの意地悪な気がしないでもない。
今度は上下に大きく揺れた。
「わっわわわ。ゆ揺れが酷くなってきた」
「おおお落ち着いてください。もっとしっかりくっつけば大丈夫ですわ」
ぎゅっと腕に力を込めて、更に強く抱きしめ合う。
アンズとドルフィーナの数少ない共通点は、乗り物に弱い事だ。
「こうして重量を増やしていれば、揺れを感じるのもマシになるはずだ」
「あぁ、ひんやりして気持ち良いですわ」
細部は違えど、この辛さを少しでも軽減したいという利害は一致している。
「しかし、このままでは……うっ」
「我慢するな。吐いた方が楽になるぞ」
「ふふふ、もう胃の中は空っぽですわ。朝食を抜いたのに感謝しなければいけませんわね」
ソネザキが時計を見た。十一時十分。
「あと、五分で到着だけど、無理はしないでよ。我慢できなくなったらリタイアすればいいんだし」
「そうだよ。ただの演習なんだから」
移動中の棄権は、チーム全体の棄権とされる。
しかし、抱き合う二人の顔色を見ていると、限界に達しているのは明白。
成績が下がるのも困るが、それ以上に苦しそうな二人を見ているのは辛い。
「そんなことはしませんわ。名家の娘であるこのわたくしが」
「そんなことはしないぞ。高性能オートマトンであるこの我が」
「たかが船酔いでリタイアなんて末代までの恥ですわ」
「たかが船酔いでリタイアなんて末代までの恥だ」
それを聞いたソネザキは改めて理解した。
二人はなんとなく精神構造が似ているのだ。
普段、子供とアンズをからかうドルフィーナ。
普段、出来損ないとドルフィーナをからかうアンズ。
しかし中身が似たり寄ったりなのだから、なかなか複雑な現実に思える。
「ソネザキは乗り物強いよね。耐G訓練も楽勝でこなせてたし」
「楽勝ってわけじゃないよ。でも、個人成績ならコトミがトップだったじゃない」
「当たり前ですわ。わたくしのコトミさんが……うっ」
二人の会話に割り込もうと立ち上がったアンズだが、喉を詰まらせてふにゃふにゃとへたり込んだ。
「バカ、立ち上がろうとするんじゃない。より揺れを感じるんだぞ」
「わたくしとしたことが迂闊でした。もう、ダメかもしれません」
「バカを言うな! しっかりしろ! 我がついているぞ!」
「戦場で培われる友情って、やっぱり素敵だよね。ロマンだよね」
「まだ戦場に着く前なんだけど」
冷めたコメントを返しながら、コトミの横顔を見つめる。
キラキラと輝く大きな瞳に、控えめではあるが形良い鼻口。
美人ではないが、愛らしさに溢れている。
「ん、なに? ソネザキ」
視線に気付いたコトミが、にっこりと微笑んだ。
裏を感じさせないシンプルな表情に、ソネザキもつい頬が緩む。
「このチームは、ホントに変わってると思ってさ」
コトミもアンズも個々の成績は悪くない。
それにソネザキ自身、どんな課題でも平均以上にはこなせる人間だ。
ドルフィーナは……まあ機械人形に過度な期待を掛けるのは酷なんですよ。
それなのに、チームの成績は最下位。
不思議と言えば不思議だ。
「個性的ではあるよね。でも、その方が楽しいよ」
軍人に個性は必要ない。
軍隊に求められるのは、能力的に誤差のない兵であり、完全に画一化された部隊である。
それについては、ソネザキの意見も同じだった。
軍とは突き詰めれば戦闘集団。より効率良く殺傷する術だけを無機質に学べばよい。
個性なんてナンセンスの極みだ。
しかし。
「常識の範疇に入る個性ならね。私は平凡なのが個性だけど」
「ソネザキも十分に変わり者だから。自分も変わってるって胸を張っていいと思うよ」
「それってあんまり嬉しくないんだけど」
「え、なんで?」
「いや、理由を聞かれても」
いきなり到着を告げるブザーが鳴った。
あっという間に揺れが収まる。
先刻までの状態が嘘のようだ。
「ほら到着だよ。二人ともお疲れさん」
ソネザキが声を掛けた。
床で抱きついたままの二人に、安堵の色が浮かんだ。
が、それも数秒。
「ちょっと、いつまで抱きついているんですの。迷惑ですわ」
「お前こそ、いつまでへばり付いているのだ。人の迷惑を考えるんだな」
「出来損ないの機械人形が何をおっしゃるのです。存在自体が迷惑でしてよ」
「まったく幼い発言だ。見た目だけではなく、オツムの中もまだ初等部の子供並だな」
いつも通り、悪態の応酬を始める。
もっとも、まだ腰が萎えているせいか、元気なのは口先だけ。抱きついたままだ。
「やっぱり二人は仲良しさんだね」
「傍から見てると疲れるよ。ほら、いい加減にしろって」
きゃんきゃんと吠え合う二人に、ソネザキが割って入った。
「早く降りないと棄権扱いになっちゃうから」
その言葉にしぶしぶながら口を閉じた。
「アンズちゃん、立てる?」
「も、もちろんですわ」
と強がってみるが、力の入らない膝は言う事を聞いてくれない。
バランスを崩し、倒れそうになるのをコトミが支える。
「ちょっと無理だね。ボクが肩を貸すから、一緒に降りよ」
「ありがとうございます。そうですわ! このまま二人で愛の逃避行に出るというのは如何です? とても魅力的なプランだと思いません? 思いますわよね」
「お前の思考が現実逃避してどうする」
ぱしんと小さな頭を叩く。
「ソネザキさん、何をなさるのです! 人の恋路を邪魔する方はナマズに食われて死んでしまいますわよ!」
「はいはい。ナマズには近づかないようにしておくよ。じゃあ、コトミ、先にアンズを降ろしてきてよ」
「うん、わかった。アンズちゃん、そんなにくっついたら歩きにくいよ」
「こんなに密着できるなんて幸せ過ぎます。もう、臓物が鼻から溢れちゃいそうですわ」
人体は脅威の小宇宙と言われるが、流石にそんな機能はない。
とりあえず、二人が部屋から出るのを見送ると、ソネザキは残った一人に視線を向けた。
「で、お前は?」
「ふむ、今は動けん。外まで運んでくれ」
座ったまま、さも当然の権利を訴えるかの如き口調である。
「立とうとかしないのな」
「結果の予測できる無意味な行動は熱量の無駄遣いだ」
「まったくしょうがないな」
やれやれと手を伸ばし、かけたところで止めた。
「お前さ、体重いくらだっけ?」




