表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/138

【04-01】

●午前一一時〇八分●

 

 市街地演習ドームは、第十三学区学習ドームから高速輸送艇で南に約四十分の場所にある。

 到着までの時間、生徒達はチーム毎に割り当てられた狭い待機室で過ごす。

 パイプ椅子と簡易テーブルだけが置かれた質実剛健な空間だ。

 

「わたくし、もうダメかもしれません」

「しっかりするのだ。我がついている。こんなことでへこたれるな」

「もっと、もっと強く抱き締めてください」

「これでいいか」

「あぁん、気持ち良いですわ。ドルフィーナさん、いつもつまらないことばかり言ってごめんなさい。今は、今だけは、あなたがいてくださるのが嬉しくてたまりませんわ」

「解っている。辛くなるから喋るな。もう少しの我慢だ」

 

 部屋の隅で床にしゃがみこんで、抱き合っている二人。

 

「やっぱりあの二人は仲良しだよね」

 

 その様子をやや離れたパイプ椅子に座り、生暖かい眼差しで見つめているソネザキに、傍らのコトミが嬉しそうに話し掛けてきた。

 

「喧嘩するほど仲が良いとは言うけどね。あんな風に仲睦まじい二人を見てると、なんか背筋が寒くなってくるよ」

「あはは。そんな言い方しちゃ可哀想だよ」

 

 船が大きく揺れた。

 椅子から落ちそうになるのを、咄嗟に踏ん張って堪える。

 

 ハトホルの海は波が少なく、年中穏やかなのが特徴だ。

 なのに何故これほど揺れるのか。

 それは輸送艇の進み方にある。輸送艇はスピードを小刻みに切替えながら、時折蛇行までして進む。

 

 荒れた海に耐えるのも訓練だと言っているが、ただの意地悪な気がしないでもない。

 

 今度は上下に大きく揺れた。

 

「わっわわわ。ゆ揺れが酷くなってきた」

「おおお落ち着いてください。もっとしっかりくっつけば大丈夫ですわ」

 

 ぎゅっと腕に力を込めて、更に強く抱きしめ合う。

 

 アンズとドルフィーナの数少ない共通点は、乗り物に弱い事だ。

 

「こうして重量を増やしていれば、揺れを感じるのもマシになるはずだ」

「あぁ、ひんやりして気持ち良いですわ」 

 

 細部は違えど、この辛さを少しでも軽減したいという利害は一致している。

 

「しかし、このままでは……うっ」

「我慢するな。吐いた方が楽になるぞ」

「ふふふ、もう胃の中は空っぽですわ。朝食を抜いたのに感謝しなければいけませんわね」

 

 ソネザキが時計を見た。十一時十分。

 

「あと、五分で到着だけど、無理はしないでよ。我慢できなくなったらリタイアすればいいんだし」

「そうだよ。ただの演習なんだから」

 

 移動中の棄権は、チーム全体の棄権とされる。

 しかし、抱き合う二人の顔色を見ていると、限界に達しているのは明白。

 成績が下がるのも困るが、それ以上に苦しそうな二人を見ているのは辛い。

 

「そんなことはしませんわ。名家の娘であるこのわたくしが」

「そんなことはしないぞ。高性能オートマトンであるこの我が」

「たかが船酔いでリタイアなんて末代までの恥ですわ」

「たかが船酔いでリタイアなんて末代までの恥だ」

 

 それを聞いたソネザキは改めて理解した。

 二人はなんとなく精神構造が似ているのだ。

 

 普段、子供とアンズをからかうドルフィーナ。

 普段、出来損ないとドルフィーナをからかうアンズ。

 しかし中身が似たり寄ったりなのだから、なかなか複雑な現実に思える。

 

「ソネザキは乗り物強いよね。耐G訓練も楽勝でこなせてたし」

「楽勝ってわけじゃないよ。でも、個人成績ならコトミがトップだったじゃない」

「当たり前ですわ。わたくしのコトミさんが……うっ」

 

 二人の会話に割り込もうと立ち上がったアンズだが、喉を詰まらせてふにゃふにゃとへたり込んだ。

 

「バカ、立ち上がろうとするんじゃない。より揺れを感じるんだぞ」

「わたくしとしたことが迂闊でした。もう、ダメかもしれません」

「バカを言うな! しっかりしろ! 我がついているぞ!」

「戦場で培われる友情って、やっぱり素敵だよね。ロマンだよね」

「まだ戦場に着く前なんだけど」

 

 冷めたコメントを返しながら、コトミの横顔を見つめる。

 

 キラキラと輝く大きな瞳に、控えめではあるが形良い鼻口。

 美人ではないが、愛らしさに溢れている。

 

「ん、なに? ソネザキ」

 

 視線に気付いたコトミが、にっこりと微笑んだ。

 裏を感じさせないシンプルな表情に、ソネザキもつい頬が緩む。

 

「このチームは、ホントに変わってると思ってさ」

 

 コトミもアンズも個々の成績は悪くない。

 それにソネザキ自身、どんな課題でも平均以上にはこなせる人間だ。

 ドルフィーナは……まあ機械人形に過度な期待を掛けるのは酷なんですよ。

 

 それなのに、チームの成績は最下位。

 不思議と言えば不思議だ。

 

「個性的ではあるよね。でも、その方が楽しいよ」

 

 軍人に個性は必要ない。

 軍隊に求められるのは、能力的に誤差のない兵であり、完全に画一化された部隊である。

 

 それについては、ソネザキの意見も同じだった。

 

 軍とは突き詰めれば戦闘集団。より効率良く殺傷する術だけを無機質に学べばよい。

 個性なんてナンセンスの極みだ。

 しかし。

 

「常識の範疇に入る個性ならね。私は平凡なのが個性だけど」

「ソネザキも十分に変わり者だから。自分も変わってるって胸を張っていいと思うよ」

「それってあんまり嬉しくないんだけど」

「え、なんで?」

「いや、理由を聞かれても」

 

 いきなり到着を告げるブザーが鳴った。

 

 あっという間に揺れが収まる。

 先刻までの状態が嘘のようだ。

 

「ほら到着だよ。二人ともお疲れさん」

 

 ソネザキが声を掛けた。

 

 床で抱きついたままの二人に、安堵の色が浮かんだ。

 が、それも数秒。

 

「ちょっと、いつまで抱きついているんですの。迷惑ですわ」

「お前こそ、いつまでへばり付いているのだ。人の迷惑を考えるんだな」

「出来損ないの機械人形が何をおっしゃるのです。存在自体が迷惑でしてよ」

「まったく幼い発言だ。見た目だけではなく、オツムの中もまだ初等部の子供並だな」

 

 いつも通り、悪態の応酬を始める。

 もっとも、まだ腰が萎えているせいか、元気なのは口先だけ。抱きついたままだ。

 

「やっぱり二人は仲良しさんだね」

「傍から見てると疲れるよ。ほら、いい加減にしろって」

 

 きゃんきゃんと吠え合う二人に、ソネザキが割って入った。

 

「早く降りないと棄権扱いになっちゃうから」

 

 その言葉にしぶしぶながら口を閉じた。

 

「アンズちゃん、立てる?」

「も、もちろんですわ」

 

 と強がってみるが、力の入らない膝は言う事を聞いてくれない。

 バランスを崩し、倒れそうになるのをコトミが支える。

 

「ちょっと無理だね。ボクが肩を貸すから、一緒に降りよ」

「ありがとうございます。そうですわ! このまま二人で愛の逃避行に出るというのは如何です? とても魅力的なプランだと思いません? 思いますわよね」

「お前の思考が現実逃避してどうする」

 

 ぱしんと小さな頭を叩く。

 

「ソネザキさん、何をなさるのです! 人の恋路を邪魔する方はナマズに食われて死んでしまいますわよ!」

「はいはい。ナマズには近づかないようにしておくよ。じゃあ、コトミ、先にアンズを降ろしてきてよ」

「うん、わかった。アンズちゃん、そんなにくっついたら歩きにくいよ」

「こんなに密着できるなんて幸せ過ぎます。もう、臓物が鼻から溢れちゃいそうですわ」

 

 人体は脅威の小宇宙と言われるが、流石にそんな機能はない。

 

 とりあえず、二人が部屋から出るのを見送ると、ソネザキは残った一人に視線を向けた。

 

「で、お前は?」

「ふむ、今は動けん。外まで運んでくれ」

 

 座ったまま、さも当然の権利を訴えるかの如き口調である。

 

「立とうとかしないのな」

「結果の予測できる無意味な行動は熱量の無駄遣いだ」

「まったくしょうがないな」

 やれやれと手を伸ばし、かけたところで止めた。

「お前さ、体重いくらだっけ?」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ