番外編19-08
「チトセちゃん、どうしたの?」
名前を呼ばれて、はっと顔を上げた。
目の前にコトミの大きな瞳があった。
心配そうに見つめている。
「すっごい怖い顔してた。ね、ボクで良かったら力になるよ」
コトミのひと言に、渦巻いていたどす黒い感情が溶けていく。
「あの、私……」
直前まで考えていたのが、余りに身勝手で、余りに恐ろしい事だったと気付く。
自己嫌悪で頭を抱えたくなる。
「大丈夫、なんでもないです。ちょっと変な事考えてただけです」
弱々しいながらも、なんとか笑みを作った。
「ならいいけど。無理しないでね。ボクはいつでもチトセちゃんの味方だから。それに」
ちらりと窓際を見やった。
キリシマ達チームメイトが心配そうな顔をしている。
「ごめんなさい。でも助かりました」
コトミに告げると、椅子から立ち上がってキリシマ達に向かう。
「あの、ごめんなさい。心配を掛けたみたいで」
「別に心配なんかしてねぇよ。ただ、ほら、何かあったのかなって」
「ヒュウガ、そういうのを心配と言うのです。まったく。まあでも、特に問題はなかったようですね」
「困った事とかあったら言ってよ。遠慮しないでさ。私達はチームメイトなんだし」
三者三様の言葉に、チトセは涙ぐみつつ深々と頭を下げた。
* * *
放課後。全員が帰った教室には、ぽつんとチトセひとり。
昼休みに渡せなかったチョコレートを渡そうと機会を窺っていた。
もう少し人が減ったら、を繰り返している内に、当のソネザキも帰ってしまった。
タイミングを図っているのではなく、渡す勇気がないだけ。
その事実に気付いたのは、誰もいなくなって随分としてからだ。
深く溜息をこぼす。
こうなる気は、始めからしていたのだ。
最後の最後で踏み切れず失敗というのは、今まで何度もあった。
少しずつ成長している気にはなっていたが、やはり弱いまま。
「でも、これで良かったんです」
トートバックを撫でながら呟く。
いきなりこんな物を贈られても迷惑なだけ。気味悪がられて嫌われたかも。
その可能性を考慮するなら、ギリギリ踏みとどまったと言えなくもない。
ここ数日頑張った時間と労力が水泡に帰したのは残念だが、それも仕方のない事だろう。




