番外編19-07
「別に、なんでもありません!」
「怒ってるよね?」
「怒ってません!」
「だって、どう見ても」
「普通です! 普段通りです!」
ぷいっとよそを向いてしまった。
チトセは滅多に怒らない。
年に数回だけ。大抵はオートマトンにからかわれて限界を超えるというパターンだ。
それでもここまで感情を露わにするなんて珍しい。
触らぬ神に祟りなし。
なんて使い古された言葉もある。とりあえずは少し離れておこうとキリシマは席を立つ。
「ね、チトセ、どうしたの?」
窓際に立っていたチームメイト、ヒュウガとハグロに駆け寄った。
短髪でキツイ目をした少女、ヒュウガが小さく首を振る。
「わっかんねぇ。でも、すっげぇ怒ってる」
「ヒュウガ、また変な事を言ったんじゃないですよね」
長い黒髪に大人びた雰囲気を持つハグロが、友人の粗相を気に病んで尋ねる。
「何も言ってねぇって。多分だけど。っていうか、私が何か言ったくらいで、チトセはあんな怒らないだろ。なあ、キリシマ」
「ん。あれほど怒ったのは、正直見たことないね」
「謝っておいた方がいいでしょうか?」
「待てって。理由も解らず謝って、逆鱗の触れるって可能性があんだろ」
「確かにチトセって、いい加減なところ嫌うからね。火に油ってのはありえるかも」
「では、しばらく様子見、でしょうか」
ひとまず結論に至る。
一方のチトセはと言えば、ふつふつと湧いてくる苛立ちを、黙々と噛みしめていた。
「バレンタインって、そういう物じゃないです」
つい不満が口をついてしまう。
差し出されるチョコを何の考えもなく受け取るのはおかしい。
普段のお礼と言われても、ちゃんと相手の気持ちを受け止めるべき。
その上で拒否するなり、断るなりするのが正しいはずだ。
そもそも渡す方もどうかしている。
板チョコは論外だし、店で買ったバレンタイン用のチョコも似たような物。
もちろん、手作りなら許されると言うわけでもない。
料理の上手な人や手先が器用な人は、見栄えのいい物を用意できるだろう。
しかし、そこにどれだけの心があるというのか。
ただ自分の持つ技術をひけらかして、優越感に浸っているだけではないか。
本を見ながら、慣れない作業に悪戦苦闘。
できる限りの想いを込めて完成させたチョコレートこそがバレンタインの主役であるべき。
そして受け取るなら、そういうチョコだけでないといけないはず。
何故、そんな簡単な事も解らないのだろう。




