【03-04】
「でね、なんとか告白させようと、みんなで背中を押したんですよ。ちなみに成否は賭けの対象にもなりました」
「いや、でも先生……」
「ミユはもちろん失敗に賭けましたよ。まあ誰も成功には賭けなかったんですけどね。それでいよいよ告白となったわけですが。その時の台詞というのが……」
むんず。
無造作に伸ばされた右手が、ミユの頭を背後から鷲掴みにした。
弾かれた帽子が静かに床に落ちる。
寒暖計の如く、ミユの顔から血の気が引いていく。
心臓までがっちり鷲掴みにされた感じだ。
「随分と面白い話で盛り上ってるじゃないか。ミユ」
首を強引に自分の方に向けた。
あまりの力ずくに、えぎゅっと奇妙な音がミユの口から漏れる。
「せせせせせせ先輩、いつからここに?」
「そうだな。女性としての自覚がなんたらって辺りからだな」
「ひぃぃぃぃ」
振りほどいて逃げようとするが、その握力は緩む気配がない。
焦るミユにユキナが極上の笑みを浮かべた。
「まあ、ちょっと話そうじゃないか」
「先輩、違うんです! これは、その、えっと。そう! 彼女達が私を脅して言わせたのです!」
ソネザキ達に指を向けた。
言い訳にもならない稚拙なレベルではあるが、その助かりたいと願う気持ちだけは溢れんばかりに伝わってくる。
「サイテーだ」
「サイテーですわ」
「サイテーだな」
「サイテーだよ」
が、眼前の四人に、その思いは理解されなかったようだ。
「生徒のせいにするんじゃない」
ぐっと力を込める。
「いだだだだだだ。ごめんなさい。ミユが悪かったですぅ。もうしないですからぁ」
涙を一杯にして、在り来たりな謝罪を述べる。
普段のミユの言動を知っていれば、あまりに信憑性に欠ける誓いだ。
「お前ら、早く教室に戻れ。もうすぐ出発だ」
ユキナが促す。
ソネザキ達が一瞬、顔を見合わせた。
担当教官をこのまま放置しておくのは、少し気の毒だ。焼け石に水とは知りつつも、何かフォローをすべきかとも迷う。
「ミユを置いて逃げる気ですね! この薄情者ぉ!」
大人としての、自己犠牲と責任感に満ちた発言が、四人の迷いを消した。
「ソネザキ以下四名、教室に戻ります。ミユ教官にご指導よろしくお願いします」
踵を鳴らし、ぴっと敬礼。
ユキナの左手の返礼を受けると、素早く回れ右して駆け出す。
「ああ! そんな酷いぃ! 恨み日記に書いてやるんだから! 毎日読み返してやるんだから!」
「いいから黙れ」
「むぐぇっ」
くぐもった声を最後にミユの叫びが途絶えた。
「なんかちょっと気の毒だね」
「自業自得ですわ」
「まあ、あの人間が変わるとは思えんがな」
「ミユちゃんだからしょうがないよ。しかし気になるな」
「今日の演習の事ですの?」
小さく首を捻るソネザキにアンズが疑問を投げかける。
「いや、恨み日記って流行ってるのかなって。朝、ドルフィーナも言ってただろ」
「恨み日記は淑女の嗜み。人類の歴史と共に発展してきたのだ」
「そんな怖い歴史を捏造するな」
バカな会話を投げ合っているうちに教室に到着、中に入った。
もうすぐ出発という事もあり、全員が席に戻ってはいるのだが、不気味なほどの緊張と気合が充満している。
士気は極限状態。褒賞をぶら下げられただけで、ここまで士気が上がるとは、このクラスは殊更単純な生徒が多いと言うべき外ない。
担任教官の性格が影響しているのだろうか。
それに比べて、ソネザキ達のテンションは最低になりつつある。
「ホントに今日は走らされてばかりですわ」
席について呼吸が整うと、アンズが愚痴った。
朝に続いての全力疾走。しかも空腹で、その上D型装備。気持ちは解る。
「まったく、計画性のない連中は困り者だな」
「一番計画に縁のないお前が言うことじゃないだろ」
「ふふん。侮るな。我には高性能なスケジューリング機能が搭載されているのだ」
「へえ、凄いんだ。さすがだね」
「その割りに規則的な生活が行われていないようですけれども?」
目を輝かせて感心するコトミに比べて、アンズの反応は冷たい。
「スケジュールを立てることと、それを実行することは違うのだ。あくまで予定は未定だからな」
「ソネザキさん、スケジュール帳以下のガラクタに、何か言ってやってくださいな」
「この疲れてる時に、嫌な役を振らないで欲しいよ」
チャイムが鳴った。十時三十分だ。
圧縮空気の漏れる音と共にドアが開き、教官が姿を見せた。
すらりと伸びた足を規則正しく動かし、教卓の前に立つ。
「起立! ユキナ教官に敬礼!」
キリシマの号令に、クラス全員が踵を鳴らし、敬礼の姿勢をとる。
「よし、そのままだ」
凛とした声で告げた。
じっくりと時間を掛けて生徒達を見回した後、休めの指示を出した。
「ミユ教官は体調不良で早退した。よって、今日一日はこのユキナの指示に従ってもらう」
ユキナの強烈な指導は、お気楽教官を完膚なきまでに叩き潰したのだろう。
自業自得と言えばそれまでだが、ちょっぴり同情しないでもない。
「と言っても演習日だからな。特に指示をすることはない。これから輸送船に乗船。演習場に向かってもらう。質問は?」
数秒間待ち、反応がないことを確認。
「では、各々が全力を尽くし、最良の結果を見せてくれることを期待している。以上だ」
手短に告げると、踵を返した。全員が再度敬礼の姿勢で見送る。
ドアが閉まると同時に、緊張感が解けた。
繰り返すようだが、このクラスは特に弛緩しやすい。
担任教官の影響が多分にあると思われる。
「ミユちゃん、また怒られたのかな」
「あのスタイルはまずかったんじゃない」
「カウボーイはまずいっしょ」
「カウガールなら良かったのにね」
わいわいと騒ぎながら、もたもたと準備を始める。
「どうした、難しい顔をして」
考え込むソネザキに、ドルフィーナが声を掛けた。
「眉間に皺を寄せてると老けるぞ。ちなみに我は歳をとらない。老化とは生物としての特権だな。実に羨ましい」
オートマトンは内部パーツの劣化はあるが、見た目は変わらない。
いつまでも若いままの状態を維持できる。
「外見はともかく中身が成長しないのも、オートマトンの特権ですの?」
「子供の分際で、なかなか面白いことを言うじゃないか」
「二人とも、折角の演習なんだから仲良くいこうよ。ね、ソネザキ」
「あ、うん。そうだね。まあ適当に気楽にいこう」
と言いつつも表情は晴れない。
「まだポイントの件が気になりますの?」
「いや、ミユちゃんのことがね」
「あれは自業自得。わたくし達にまったく責任のないことですわ」
「でも、見捨てたのはちょっと悪かった気もするよね」
「はうわぁ。コトミさんはお優しいのですね。そのお心に、わたくし感動いたしました」
「そんな風に言われると照れちゃうよ」
「何はともあれ、我らが気にすることではないだろう。それにあの教官だ。明日にはけろっとした顔で、珍妙な衣装でやってくるだろう」
ドルフィーナの予想はおそらく間違いない。
ミユの精神構造は、プラナリア並にタフなのだ。
「いや、そうじゃなくて、皆の言ってたことがね」
ソネザキの言葉に、三人が首を捻る。
「ほら、カウボーイの格好してたって。ミユちゃんはあの格好で、ブリーフィングスペースをうろついていたんだなって」
「それが何か気になりますの?」
「何してたんだろうって気にならない?」
その指摘にアンズがはっと気付いた。
「まさか、覗きでは! コトミさんの着替えを覗こうなんて! 絶対に許せませんわ!」
「どういう思考でそうなるのだ。頭の中を石鹸で洗ってみたらどうだ?」
「きぃ! ガラクタの分際で! 今すぐ分解してさしあげますわ」
「銃を振り回したところで、ペイント弾なら怖くはない」
「この至近距離なら、かなり痛いですわよ」
「そんな脅しに! この高性能オートマトンである我が屈するとでも思っているのか!」
「……」
「そんな怖い目で睨むな。解った。ここは大人しく降伏だ」
脱力感を伴ういつものやり取り。
「冗談はさておき、あの教官のことだ。服を見せびらかしたかったに違いない」
「そうかな」
それなら、教室に戻ってきた時でいいはず。どうも引っ掛かる。が。
「あ、みんな移動始めたよ。ボク達も行かないと」
コトミの一言が思考を遮った。
「そうだね。とりあえず急ごうか」
「はっ! しまった!」
ドルフィーナが声を上げた。かなり切迫した様子。
ソネザキもアンズもコトミも、その珍しい表情に気圧されて、静かに続きを待った。
「酔い止めを忘れてしまった。我は乗り物が、特に船舶の類が苦手なのだ」
「まったく、何を言うかと思えば、酔い止めならわたくしの余剰分を差し上げますわ」
呆れながら、錠剤を渡す。
「すまないな。ってこれは!」
受け取ったドルフィーナが顔を強張らせる。
「これは食後に服用する薬ではないか! 空腹時に飲んでは胃に悪いんだぞ!」
「お前さ、ホントにオートマトンなの? 背中にチャックとか付いてんじゃない?」




