番外編18-10
「ステーキはミディアムでいいよね。特性ソースに浸けこんであるから美味しいよ」
じゅわわっと鉄板の音と香ばしい匂いがしてくる。
これなら安心できそう。
「これは……ダメなやつだ」
安堵していたソネザキが、コトミの呟きに目を向けた。
初めてみる顔だった。
その頬は血の気が引いて蒼白。健康的な唇からも色が消えていた。
くりっとした瑞々しい瞳からは力が抜け、髪の張りすら失せてしまったほどに見える。
「コトミ?」
「絶対にダメなやつだ。どうしよう」
ガタガタと震える肩。奥歯がカチカチと音を立てている。
どんな苦境であってもポジティブなコトミ。
厳しい訓練を物ともせず、苦手な座学でも弱音を吐かず、演習で危機的状況に陥っても決して諦めない。
どんな時にも愛らしい笑みを浮かべ、周囲に勇気を与える存在。
その彼女が心底怯えていた。
「大丈夫だよ。コトミ、お肉なんだし」
「違うよ。お肉だからダメなんだよ。お肉は」
「はいはい。お待たせ」
ミョウコウがやってきた。鉄板を仕込んだステーキ皿を各々の前に置いて行く。
三百グラムはあるだろうか。
厚みのある赤身肉。
朱色のソースが掛かっていて、見目も悪くない。
「肉なんて久しぶりだよね」
自然とテンションが上がるソネザキ。
一方でコトミは黙り込んで肉を凝視するだけ。
「ん。これはちょっと危険な気が」
アンズが眉を顰めた。
まさにフォークを刺そうとしたところで手を止めたのだ。
ちなみにドルフィーナはオート機能で食べ始めている。
相変わらずのずるっこだ。
「お肉だよ。お肉。見るだけでも感謝できるじゃないか。冷めない内に早く食べよ」
さっと切って口に入れる。
もぐもぐと咀嚼。
肉汁とソースが絡み合い、口の中にふわりと風味が広がる。
「ごぉうぇ」
ソネザキの喉の奥から呻きが漏れた。
凄い味だった。
甘いのか、辛いのか、酸っぱいのか、苦いのか。そんなちゃちこい次元ではない。
詩的に表現するなら、宇宙の深淵に横たわる名状し難き何か。
普通の言葉を使うなら、絶対にダメな味だ。
理屈とか感情ではない。本能的にダメとしか言えない。
意志に反して身体がブルブルと震えだす。
吐き出したいところだが、できるはずがない。
女子としての慎みが。いや、そもそも作ってくれたミョウコウが見ているのだ。できるものか。
ならば飲み込むしかと思うが、歯応えのある腿肉は「まあ、アレだ。とりあえず、ゆっくり咀嚼してくれよぉ、姉さん」と言いたげなほどの存在感がある。




