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【03-03】

「つまり、他クラスとの戦闘は厳禁」

 

 なんとも言えない空気を破ったのはキリシマだった。

 

 彼女が選択したのは無視。

 クラス委員として最も適切な判断と言える。

 

「正当な理由なく戦闘に及んだ場合は、ペナルティとして寮の大清掃をしてもらうから」

「だから、淑女協定と言うべきであろ」

「了解したよ。こっちも戦闘は避けたいところだったし、まったく異存はないよ」

「淑女協定の方が響きも綺麗だとは思わないか?」

「旗の奪取を考えているなら、純粋なスピード勝負になるけど」

「大体、女しかいない学区で紳士協定という言葉は不適切なのだ」

「D型装備では勝てないから大人しくしておくよ。転んで怪我でもしたら損だし」

「しかし、淑女は年寄り臭いな。美少女協定の方がしっくりくるか」

「それが賢明かな。中には装備なしで走るチームもあるからね」

 

 キリシマとソネザキはドルフィーナの存在を完全に遮断して会話を続ける。

 実に大人な対応。が、世の中、誰もが大人になれるわけではない。

 特に多感なティーンズは。

 

「いやいや、美少女の称号に相応しくない者もいるからな」

 

 ドルフィーナがちらりとアンズに視線を移す。

 ソネザキ達より幾分子供らしい素直な彼女の反応は、至ってシンプルだった。

 

「何をおっしゃりたいのか解りませんわ。説明してくださるかしら?」

「だから、美しさの欠片もない生意気なガキは……ふがが」

 

 言葉が途絶えた。いや正確には遮られたと表現すべきだろう。

 アンズの小さな手がドルフィーナの頬を思い切り抓り上げたからだ。

 

「あら、どうされたのです。早く続きをおっしゃって……ふがが」

 

 ドルフィーナのしなやかな指先が、アンズの柔らかなほっぺを、これでもかと引っ張り黙らせる。

 

 ふががふががと、言葉にならぬ呻きを漏らしながら、涙を両目に溜めつつも、お互いが指に力を込める。

 

 それはまさに熱き女の戦い! 

 

 両者の意地と闘気が見えざる拳となって、激しい応酬を続けていた。

 か、どうかはともかく、引くに引けない珍妙な戦いにはなっているのは否めない。

 

「なになに? どんなルールなの?」

 

 ソネザキとキリシマの会話に退屈していた三人目が食いついてきた。

 

「じゃあ、そういうわけで、よろしく頼むよ」

「解ったよ。みんな生き残って楽しい終了を迎えたいね」

 

 去っていくキリシマを見送ったソネザキが大きく溜息をつく。

 これからあまりにバカバカしい現実と向き合わねばならない。

 

「で、何やってんの?」

 

 円形に並んで互いの顔を抓り合っているチームメイトに尋ねる。

 そこで、三人の向こうから近づいてくる人影に気付き、あんぐりと口を開けてしまう。

 

「あらら、もう十時を過ぎていますよ。早く支度を済ませて教室に戻ってくださいね」

 

 緊張感の欠片すらない甘ったるい声に、三人が器用に体の向きを変える。

 一目見て、あまりの衝撃に固まった。

 

 ミユだった。しかし、エンジのジャージではなかった。

 

 下は太ももを強調するデザインのデニムのショートパンツ。

 上は純白の襟付きシャツ。どう見ても一回り小さいサイズの物を、大きく膨らんだ胸元ギリギリまでボタンを開けて着ている。

 男子生徒がいれば教育的指導が飛ぶほどに、刺激的な格好だ。

 

 さらに茶色のベストを羽織り、テンガロンハットを頭の上にちょこんと乗せている。

 

「なんです? 新しいエクササイズですか? ほっぺが引き締まるとか?」

 

 的外れな質問に戦意が霧散した。

 引っ張り合っていた頬を離す。

 

「先生、その格好。さっきまでジャージだったのに」

 

 コトミが今宇宙で最もホットな疑問を口にした。

 

「着替えました」

 

 味気なくあっさり答える。

 

「こんな事もあろうかと。ミユは着替えを沢山用意しているのです」

 

 どうやら自分のファッションセンスが注意の対象になる可能性については理解しているようだ。

 その対処の方向性は大きく問題があるとしても。

 

「ちなみに今日は演習を意識してカウボーイスタイルにしてみました」

 

 演習とカウボーイの接点が見えないんだけど。

 カウガールが表現的に正しい気がするんだけど。

 っていうか教官としての自覚が欠けてる気がするんだけど。

 いや、むしろ大人としてどうですかね。

 

 そんな思いが四人の頭をよぎるが、しかし。

 

「ね、可愛いでしょ。素敵でしょ。キュートでしょ。プリティでしょ」

 

 キラキラと目を輝かせて同意を迫ってくるミユを見ていると、口にできるはずがない。

 

 年齢が大台に乗ったミユよりも、生徒達の方が精神的には遥かに成長している。

 否、担任教官がこの様なのだ。

 成長せざるを得なかったと言うべきか。

 

「うん、そうよね。やっぱり女の子はお洒落しないと」

 

 沈黙を肯定として受け取ったのか、ミユが満足気に頷く。

 

「みなさんも若いうちから可愛くお洒落する習慣を付けておかないとダメですよ。ユキナ先輩みたいになっちゃいますから」

 

 フリルの恨みが随分と燻っているのだろう。

 

 言われた方のソネザキ達は苦笑いを浮かべて、微妙なリアクションを返すしかない。

 が、ミユの後方から近づいてくる人に気付き、曖昧な表情が消し飛ぶ。

 

 背筋を伸ばし、胸を張った理想的な姿勢で静かに歩いてくる彼女は、学年で最も怖いと言われる鬼教官。

 名前は今話題に上がっているユキナ。

 

「大体ね、ユキナ先輩は女性としての自覚が足らないのです。服は支給品だし、化粧もほとんどしない。あんなのが先輩だなんて、情けないを通り越して悲しくなります」

 

 夢中で話しているミユの直ぐ後ろで歩を止めた。

 

「あんなだから、彼氏の一人もできないのです。まあ見てくれだけではなく、その性格にも問題ありなんですけど。うふふ」

 

 一向に気付かないミユに、四人はなんとかアイコンタクトで危機を知らせるべく努力する。

 しかし、空気を読まず、他人の顔色を気にしないミユに伝わるはずがない。

 

「でもね、あの先輩も恋を事があるんですよ。丁度、みなさんと同じくらいの年頃でした。しかも片想いですよ、あの性格で」

 

 ますます危険な方向に転がってきた。

 

「脳が筋肉になっているはずの先輩が、毎日窓の外を見ながら溜息なんかついて」

 

 ぴくりとユキナの頬が動く。コメカミに綺麗な筋が浮いた。

 

「えっと、先生、そろそろ教室に戻らないと遅刻しちゃうから」

 

 コトミが腕時計を見せた。時間は十時十五分。

 その指摘は正解だ。

 

「いいじゃないですか。少しくらい遅れても。折角盛り上ってきたところなのに」

 

 ホントにこの人は空気を読まない。

 


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