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【03-02】

「ボーナスだ」

 

 一瞬の間があった。

 その後、各々が深海を思わせる重い溜息を漏らす。

 

「な、なんだ。そのリアクションは! 失礼であろ!」

 

 頬に朱を浮かべながら、声を荒げた。

 自信満々で口にした意見が即座に、しかも三次元ステレオで否定されたのだ。

 憤りよりも恥ずかしくなる。

 

 その心情を、ここまで人間らしく表現できるとは、くどいようだが科学の進歩は素晴らしい。

 その方向性に誤りがあるとしても!

 

「考えてもみろ。来年の一月まで演習はないのだぞ。しかもクリスマスやお正月と出費のかさむイベントが盛り沢山だ。普段頑張っている生徒達に、クリスマスプレゼントやお年玉の意味で、ボーナスをはずんでもおかしくないであろ」

「まあまあ、ドルフィーナの意見も解らなくはないけどね」

「この意地悪な学校がそんな物を用意するとは思えませんわ」

「残念だけど、ボクもそう思うよ。今までそんな嬉しいイベントなかったもん」

「これだから人間は嫌いなのだ。物事を疑って悪意的に捉えるから、争いがなくならないのだ」

 

 ぷりぷりと文句を言いながら、ロッカーの奥から盾を取り出す。

 

 左手に保持するだけで全身の五十パーセントをカバーできる大きな盾。

 身体を小さくすれば、すっぽりと後ろに隠れられる。

 表面が緩やかな丸みのあるデザインになっているのは、弾丸を弾き返すのではなく受け流す為の工夫だ。

 個人で持ち運べる防御兵装としては優秀で、三人でがっちり肩を組んで壁を作れば、機関銃ですら防ぐ事ができる。

 

 続いて五十センチほどのポーチを右腰のベルトに付ける。

 ずしりとした重さに一層不機嫌になった。

 

「D型装備に特殊集音機だ。これでいいのであろ」

「銃は一七式軽でいいよ。弾薬とかはコトミと私で分担して持つから。コトミ、いける?」

「全然おっけだよ。アンズちゃんの荷物も持つから」

「あぁん。荷物ではなく、わたくし自身を持ってほしいですわ。もちろん、お姫様だっこで」

「あはは。それだと両手がふさがっちゃうよ」

「そのまま生ゴミにでも捨ててくれば良いのだ。部屋も静かになって過ごしやすくなる」

「あら、粗大ゴミのオートマトン風情が随分と過激な冗談を言われるのですね」

 

 定番となった軽口の応酬に呆れつつも、ソネザキが奥のプラスチックケースから弾薬を取り出す。

 

 演習には特殊ペイント弾が使われる。

 ペイント液は鈍い赤色で粘度の強い液体。これは空気に触れると固まる性質があり、服や肌に付くと専用の洗剤でないと落とせない。

 しかも微弱な電流を起こす粒子が混ぜ込んであるのだ。

 掠めた程度なら影響はないが、連弾を受けたり、急所に当たると痺れて動けなくなってしまう。

 

 演習の生死判定にもってこいの一品だと言えるだろう。

 

 全種類の弾丸が用意されており、ハンドガン用の六ミリと、小銃用の五ミリ、ロングランス用の大型弾丸を選んだ。

 

「ソネザキさん、ハンドガン用の弾丸は、あと二ケースほど余分に持っていってくださいな」

 

 そう言いながらアンズはハンドガンを手に取った。

 スタンダードな一六式自動拳銃と旧型のリボルバー。

 小さなお尻に付けたヒップホルスターの左右に入れる。続いて、腰のホルスターにも二丁。

 更に胸の左右につけた特注のチェストホルスターにも差し込む。

 最後にロングランス専用ハードケース、長い銃身を三つに分解して持ち運ぶ為の物を肩から提げた。

 

 合計六丁のハンドガンにスナイパーライフル一丁。装備制限がないとは言え呆れるほどの数だ。

 

 アンズとドルフィーナの荷物を分割してバックパックに入れると、コトミとソネザキも装備を整える。

 左手には盾。主武器は一七式軽量型小銃、サブウェポンとして腰に一六式自動拳銃。ハンドグレネードが二つ。

 ゴーグルとインカム付きのヘルメット、耳までしっかり覆うフリッツヘルムを被った。

 

 支度を終えたら仕上げだ。コトミ、アンズ、ドルフィーナが一列に並び姿勢を正す。

 その前にソネザキが立った。

 

 幅の狭い室内、あまりに近い距離に笑いそうになるが、ぐっと堪える。

 

「リーダーに敬礼!」

 

 コトミが号令。

 三人が踵を鳴らし、右手を額に当てた。訓練どおり、一糸乱れぬ動き。

 

「我がチームは失敗続きで生活がかなり辛い状況になっている。なんとしても、今日はポイントをゲットしたいところではある。が」

 

 そこで言葉を切った。務めて作っていた真面目な表情を崩した。

 

「まあ、それなりに生活はできてるんだし、下手に気負わないで楽しもうよ。怪我だけはしない程度にさ」

「リーダーがそれでは士気に関わると思うが、まあ悪くはないな」

「所詮は演習ですもの。ムキになる必要はありませんわ」

「そうそう、悔いのないように。精一杯楽しまないとね」

「じゃあ、そういうわけで」

 

 緊張感が欠けたまま、ソネザキが敬礼を行う。

 

「状況開始!」

「了解しました。状況を開始します」

 

 三人が声を揃えた。

 

 

                       * * *

 

 

「ソネザキ」

 

 ブリーフィング用のスペースを出た所で、後ろから声を掛けられた。

 

 メタルフレームの眼鏡と、露になったおでこの少女、クラス委員のキリシマだ。

 

「相変わらずのんびりカルテットねぇ。みんな凄い勢いで準備してたよ」

「そんなに気合入れてたら、出発前に疲れちゃうよ」

「我はもう疲れが頂点に達しつつあるがな」

 

 ぶうっと頬を膨らませてドルフィーナが不機嫌さをアピールする。

 

「D型?」

 

 眼鏡の奥で、目を丸くした。四人の装備を改めて確認。

 

「今日は強襲任務だからC型ばかりかと思ったけど」

「みんな一緒だと面白みに欠けるかなってね」

「面白み? そんなの求めるの?」

「まあね。ところで、何か用があったんじゃ」

「あ、そうだった。今回の演習では紳士協定が結ばれたから」

「なるほどね」

 

 それだけでソネザキは納得した。

 今回の演習はリタイアしないだけで一人につき二千ポイントの加算がある。

 他のクラスの生徒を撃破すればボーナスで三百ポイント貰えるが、そんな安っぽい欲は出さず、全員で生き残ろうという提案がされたのだろう。

 反撃を受けるリスクを考えると賢明なやり方だ。

 

「紳士協定とは納得できんな。淑女協定というべきであろ」

 

 ドルフィーナの発言が間を呼んだ。

 数秒間の微妙な沈黙。

 この下らない発言にどう対処すべきか、それは高度な政治的判断を必要とする課題だった。


 

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