君と僕らが過ごした日々
このお話は拙作『なんかオレの体が正しく第二次性徴しないんだが?』の登場人物が出てきます。
登場人物:
『和泉アキラ』。高校一年生。元男の子だったが『アロマターゼ過剰症』という病気で女の子になってしまった現在は女子高生。土地神や怪異に好かれる特殊体質。自覚はない。
『田中ノブヒロ』。高校一年生。アキラの幼馴染。幼少時の事故がきっかけでアキラを守ろうと誓うが、アキラが女の子になったのでゾッコンに。
『松田アヤ』。中学の頃から二人の親友。最初から女性化したアキラに理解を示し、アキラを大切に思っている。おせっかい焼き。ちょっぴり霊感のようなものがある。
『和泉ユキ』。アキラママ。古い除霊を生業とする名家の末娘。謎が多いがアキラに甘い。
ある日の、下校中。
アキラは、背中にまとわりつくような視線を感じて振り向いた。
アキラが見上げると、そこは朽ちかけた木造の古い家。ニ階の窓に何かの気配がする。
立ち止まったアキラに気づいたアヤもアキラの視線の先を追うがよくわからず首を傾げる。
「どしたの?アキラちゃん」
「いや、別になんでもないよ」
アキラはよくあること、と特に気にも止めなかった。
「またあしたねー!」
「ばいばーい」
「またなー!」
三人はいつも通りに途中で分かれて帰っていく。
数日後の朝。アキラたちの教室の前に一人の少女が立っていた。
「守家イヅナと申します。よろしくお願いします」
ふんわりと綿菓子のように笑う彼女は、どこか浮世離れした影を纏っていた。
席はアキラの横の空いている席に決まった。
「よろしく、守家さん。オレは和泉アキラ!」
「あ、あの、どうかイヅナって呼んでください、和泉さん」
「うん。わかった、イヅナ」
「和泉さん……やっぱり、優しいですね」
イヅナはなぜかアキラに懐き、しかしノブには遠慮してか、とことこと後ろを付いて歩くイズナ。
その様子を見かねたアヤがイヅナに提案する。
「イズナちゃん、今日、四人で一緒に帰ろうよ」
「本当ですか。 嬉しいです」
イヅナはパアッと咲くような笑顔で言う。
「イズナちゃん、これから仲良くしようね!」
「はい。アヤさん」
「守家、少しならアキラを譲ってやってもいいぞ」
「オレはお前のもんじゃねーから!」
じゃれ合うアキラとノブを呆れたように肩をすくめるアヤと、クスクスと微笑むイズナ。
新たなメンバーを加えて和やかに家路に着く四人。
彼女の家はニ階建ての古い家。
玄関先で笑顔で手を振るイヅナを見送くると、アヤは家を見上げ、あれ?という顔をしたが、まあいいか。と、二人のあとを追いかけた。
「ただいま―」
機嫌の良さそうなアキラの声がすると「おかえりなさい」と出てくるユキ。
ふと視線を玄関先に向けるが、何ごともなかったようにアキラに言う。
「アーちゃん。宿題終わったらお風呂を沸かしてくれるかしら」
「うん、わかった。ダッシュで片付けてくる!」
トントントン、と元気よくニ階へ上がっていくアキラを見送ったユキは「はあ」とため息を付いた。
玄関の向かいの道、弱々しい"何か"を見つめるユキ。
"何か"はユキにお辞儀をして、ゆっくりと消えた。
今日はオレ達四人で街に遊びに来ている。
「イヅナちゃん、ご家族にはちゃんと遅くなるって伝えた?」
アヤがイヅナに聞いたら、なぜか俯くイヅナ。
「……大丈夫です。誰も、待っていないので」
「「え?」」
驚くアヤとオレに、いつもならボケる側のノブが頭を掻きながら言う。
「ま、なんか守家にも事情があるんだろ」
「……そうね、ごめんねイズナちゃん。じゃ、今日はとことん楽しもうね!」
笑顔に戻ってコクリと頷くイヅナ。ナイスフォローノブ。
カラオケのリモコンの操作にすごく悩んでいるイヅナ。アヤに教わると、オレの知らないちょっと古い曲をまるで昔から知っているみたいに、迷いなく歌っていた。
すごく上手かった。イヅナはみんなの拍手に恥ずかしそうに照れて小さくなってた。可愛いなあ。
それからイヅナちゃんと4人でプリクラを撮ったりもした。イヅナは最初、何の機械なのかよくわからなかったみたい。
イヅナは、配置でもめるオレ達のじゃれ合いを、ちょっと羨ましげな瞳で眺め、クスクスと笑っていた。
「アヤさんとお揃い。……いいんですか?」
雑貨店で買った安物のキーホルダーを、彼女はまるで宝物を扱うように両手で包み込み抱きしめる。
いつものように三人でイヅナを家まで送る。
別れ際、古い家の前で手を振る彼女は、いつもよりどこか寂しげだった。
それは唐突に訪れた。
「……イヅナ? 誰だよそれ」
翌朝ノブが吐き捨てた言葉に、アキラはさすがに怒りを覚えた。
「何いってんだノブ? 冗談よせよ! 昨日まで一緒にいたろ! プリクラだって……ほら!」
アキラはスマホを取り出し、昨日ゲーセンでダウンロードした写真を開く。
「……え?」
アキラは驚く。そこに写っていたのは、いつもの三人だった。
アヤは中央でニカッと笑いながらダブルピース。ノブは左側でアヤの腕を邪魔そうにして苦笑い。
アキラは右端で少し左に傾きならがニコニコと優しげな笑顔。
驚くアキラを見て、アヤとノブも画面を覗き込んだ。
「ほら、やっぱ最初から三人だっただろ?」
ノブはドヤ顔、何がおかしいんだと言いたげだ。
しかし、アヤはしばらく画面を見つめると、うーん?と顎に手を当て頭を傾げた。
「これ…、ちょっと不自然ね。ノブっちがプリクラでアキラちゃんに抱きついてないなんて……ちょっと有り得ないわ」
「そうか? いや、そう言われれば、オレらしくないような」
写真の中央。そこには"誰か"が足りないような奇妙な余白があったのだ。
アキラは突然走り始めた。
「おいアキラ!待てよ」
「アキラちゃん?!」
校門を抜け、階段を駆け上がり、教室のドアを乱暴に開くアキラ。
「キャッ!どうしたの?和泉さん?」
先に登校していたクラスメイト達が驚いている。
アキラはハアハアと息を切らし、汗を拭いながら、"そこ"へ近づいた。昨日までイヅナが座っていた席へ。
アキラの脳裏に「あ、和泉くん、おはよう」とふんわり微笑むイヅナの面影が重なったが、そこにイヅナはいない。
「アキラ!急にどうしたんだ?」
「アキラちゃん…って、その机、まさか」
アヤとノブは怪訝そうにアキラを見つめる。こくりと頷くアキラ。
アキラは机の下の引き出しをそっと開けた。
――サラララッ。
乾いた音を立てて溢れ出したのは、大量の枯れ葉だった。
「……嘘だろ」
「え、なにこれ、どういうことよ?」
困惑するノブとアヤ。
アキラは先生の教卓から名簿を取り出し、必死にクラスの名前を指でなぞる。
(森下、森永...、矢上、山田)
そこには「守家」の名前はどこにも無かった。出席番号も追加された形跡がない。
「クッソ!」
アキラは何かを悟ったように自分の席にカバンを乱暴に置くとそれを拳で殴りつける。
チャリッと机の中から何かの音がした。
アキラは引き出しを開けると、そこには真新しいキーホルダーがあった。
アヤが自分のカバンのキーホルダーとアキラの机のキーホルダー交互に見つめて驚く。
「え、それって…あたしのと色違い? あれ…何かあたし思い出したかも」
「マジかよ?」
放課後、三人はあの古い家の前へ向かった。
アキラが何かを見つけ「うそだ!」と急に走りはじめる。
けれど、そこにあったのは家ではなく、「売地」の看板が虚しく立つ空き地だった。
「ここ……取り壊されてたんだね」
「土がまだ湿ってるし、壊されたの、昨日か今日かって感じだぞ」
アヤはアキラとそして空き地を見つめ、何か確信めいたものが浮かんでいる様子だった。
トボトボと帰宅したアキラを、母・ユキが玄関で迎えた。
「ただいま……」
ゆっくりと靴を脱ぎ、そして手に持った真新しいキーホルダーを見つめるアキラ。
そこに残る微かな「残り香」に、ユキは何かを悟る。
「アーちゃん、あなたまた、怪異に魅入られたようね」
そういうとハッとした顔で振り返るアキラ。
「怪異……? 怪異ってどういうこと? まさかイヅナちゃんが…? 嘘だよ! だってみんなで、一緒に遊んで、すごく喜んでて……っ」
頭を振って事実を受け入れるのを拒むアキラ。
そんな息子の肩に、ユキはそっと手を置く。
「あのねアーちゃん。その子は、もう長くはなかったのよ」
ハッと目を見開き驚くアキラ。
そして再びキーホルダーに目を落とすと、ギュッとそれを握りしめる。その肩が震えていた。
「……でもね、最後にあなた達と出会い、最後にいっぱい楽しむ事ができた。……あの子、きっと嬉しかったのね」
それを聞いたアキラは堪えていたものが決壊したように、泣き崩れる。
「……うううっ、うああああああぁ…………」
ユキはそっと我が子を抱きしめた。




