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第九戦線観測録  作者: セルヴォア
第二章「帝都に穿たれた空白」

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第三十七話「閲覧権」

紙は、読む者に応じて厚みを変える。


枢密書記局では、それは比喩ではなかった。

同じ一件でも、誰の机に載るかで、抄録になり、照会票になり、別管保全札になり、あるいは最初から存在しなかったことにされる。

紙そのものは増えも減りもしない。

変わるのは、そこへ辿り着ける導線の幅だけだった。


十月の朝、セドリック・ラウエンの机には、三つの閲覧申請が並んでいた。

軍務省記録室から上がったもの。

帝国学術院から回付されたもの。

帝都学術局から照合を求めるもの。


別々の手で書かれた書類だったが、指している継ぎ目は一つだった。

灰白河方面局地再編戦。

廃駅周辺。

戦没者補助簿。

旧図面再分類票。

整理済み史料との照合希望。


セドリックは最初の申請を開いた。

軍務省記録室経由。

東方軍司令部系統補佐官による照会補助。

申請理由は、戦没者本簿における欠字および重複整理処理の確認。

対象は、原整理補助簿ならびに重複照合控。


書きぶりは丁寧だった。

だからこそ急いでいると分かる。

本当に急ぐ者ほど、文を荒らさない。

荒らせば通らなくなることを知っているからだ。


申請末尾の所属欄を見て、セドリックの指がわずかに止まった。

東方軍司令部系統。

灰白河方面。

補佐官、エリナ・ヴァイス。


その名は覚えていた。

正確には、名より先に、その名がついて回る導線を知っていた。

灰白河の生き残りの紙束。

補給線再編案。

通信と下士官教育をやたら細かく書き込む若い士官。

それに付いている、よく整った補助線。


次の申請は、帝国学術院からだった。

古地図整理および王朝期史料再目録化のため、廃駅周辺旧図面群ならびに整理済み史料抄録の閲覧を求む。

署名は、ソフィア・エレンベルク。

添付には、帝都学術局保全区分との照合希望が入っている。


三通目を開く。

帝都学術局出向の封鎖区画保全官、アルヴィン・ロート。

灰白河関係図面類のうち、旧分類票と現行保全票の齟齬につき、閲覧区分統一のため指示を請う。


セドリックは三枚を重ねた。

戦場の死者名簿。

学術院の古地図。

学術局の分類票。


外から見れば、別の案件だろう。

だが帝国は、別々の顔をした紙が、時に同じ喉へ集まる国家だった。

一つの継ぎ目に、三つの回路が触れ始めている。

それだけで十分だった。


「却下でよろしいですか」


向かいの小机から、若い書記官が声をかけた。

まだ声に角がある年齢で、却下という語を一種の機械操作のように口にする。


セドリックは顔を上げなかった。


「どれをです」


「軍務省の件を。原整理補助簿は上級閲覧札が要ります。規定上、そこで止まります」


「規定上はそうです」


「では」


「止めるのと、切るのは違います」


若い書記官は黙った。

セドリックは一通目の余白へ、細く書き入れた。

原簿不開示。

本簿摘要との照合結果のみ返付可。

上級閲覧札を要す。


それは拒絶ではなかった。

だが、求めた深さには届かない。

届かないと分かる形で返す文だった。


「全部を閉めると、どうなるか分かりますか」


若い書記官は小さく首を振った。


「紙の外で人が賢くなります」

セドリックは穏やかに言った。

「閲覧申請で入れなかった者は、次に人から聞きます。人から聞けなければ、索引を見ます。索引が閉じていれば、今度はなぜ閉じているかを考え始める」


「ですが、開ければ」


「深さを選べます」


そこで初めて、書記官は少しだけ考える顔になった。

帝国に長くいると、禁止より配分の方が強いと知る。

見せないことより、どこまで見せるかを決めることの方が、ずっと深く人を縛る。


セドリックは立ち上がった。

三通を細い革挟みに収める。


「学術局へ行きます。戻るまで、他の閲覧札は回付順どおりに」


「はい」


枢密書記局から帝都学術局へ続く接続廊は、短いのに温度が違った。

内廷側の廊下は、紙と蝋と磨かれた石の匂いがする。

学術局側へ近づくにつれ、そこへ乾いた糊と古い布装丁の匂いが混じる。

国家が記憶を扱う場所は一つではない。

ただ、どこも同じように静かだった。


廊の半ばで、アルヴィン・ロートが待っていた。

四十代半ば、目立たない顔、目立たない外套、目立たない礼。

封鎖区画保全官らしく、存在感そのものを削っている男だった。


「お待たせしました」


「いえ」

アルヴィンは小さく頭を下げた。

「三件、同時でしたので」


「ええ。だから来ました」


二人は壁際の細卓へ寄った。

ここは会議室ではない。

だが、廊下の途中という半端さが、かえって帝国には向いている。

何かを正式決定したことにせず、正式決定と同じことができる。


セドリックは三通を広げた。


「軍務省側は、補助簿の原簿を求めています」


「本簿の欠字から来たのでしょう」

アルヴィンが言う。

「記録室で気づく程度の粗さは、奉掲用としては想定内です」


「想定内でも、繰り返せば線になります」


アルヴィンは頷いた。

彼は真相を知らなくても、継ぎ目の密度は読む。

それがこの男の使い道だった。


「学術院は」

セドリックは二通目を軽く叩いた。

「廃駅周辺の旧図面群と整理済み史料抄録を求めています。こちらはどう処理します」


「原図は出せません」

アルヴィンは即答した。

「旧分類票もです。現分類との齟齬が見えます」


「では何なら出せます」


「整理済み史料抄録。王朝期目録の要約。旧駅区画の沿線記述。そこまでなら」


「欄外注記は」


「外します」


「旧目録番号は」


「現行番号へ置換します」


「異本参照は」


アルヴィンは一拍置いた。

「……残すと、気づく者はいます」


「消すと、もっと気づきます」

セドリックは言った。

「全部が滑らかだと、学者は逆に立ち止まる。欠け方まで整っている文書ほど、疑いを呼ぶ」


アルヴィンは少しだけ目を細めた。

保全官の顔ではなく、分類屋の顔だった。


「では、異本参照は残す。ただし参照先は抄録止まりで」


「そうしてください」


風が細く通り、廊下の高窓がわずかに鳴った。

学術局の奥では、目録棚が動かされる音がする。

静かな建物ほど、人が何を探しているかがよく響く。


アルヴィンが軍務省側の申請へ目を落とした。


「こちらは完全に止めますか」


「いいえ」

セドリックはそう答えた。

「止めるのではなく、浅く返します」


「戦没者本簿摘要との照合結果だけを」


「ええ。重複整理上の簡略記載であること。原所属と現所属の跨りで記載形式が変わること。奉掲用本簿は細目保持のためのものではないこと。その三点です」


アルヴィンは少し眉を寄せた。

「それでは納得しないでしょう」


「納得は要りません」


セドリックは紙の端を揃えた。

「必要なのは、次の手を選ばせることです」


「次の手」


「前線の補佐官に原補助簿を見せれば、彼女は名から遺体へ行く。遺体から持ち物へ行く。持ち物から確認者へ行く。確認者から命令線へ戻る。今それを許すべきではない」


アルヴィンは黙って聞いていた。


「学者に整理済み史料を見せれば」

セドリックは続けた。

「彼女は版差へ行く。目録へ行く。地図へ行く。危険ではありますが、速度が違う。しかも途中でこちらが導線を挟める」


「見せることで止める、と」


「止めるというより、通し方を選ぶのです」


アルヴィンはそこで、初めて薄く笑った。

同意というより、得心に近い笑いだった。


「先生方は、自分で見つけたと思いたがりますから」


「人は、自分で辿った道を真実だと思うものです」


セドリックは二通目の上へ、新しい回付札を置いた。

帝国学術院限定閲覧可。

ただし整理済み史料抄録に限る。

原図、旧分類票、欄外原注は別管保全。

照合立会いを要す。


その文面を見て、アルヴィンが言った。


「ソフィア・エレンベルクは、抄録だけでも先へ進みます」


「知っています」


「危険です」


「ええ。ですが、危険でない学者は役に立ちません」


アルヴィンはそれ以上言わなかった。

彼は保全官だ。

役に立つ危険と、止めるべき危険の差を、自分で決める立場にはない。

ただ、どちらにも届かないよう扉を調整するのが仕事だった。


廊の向こうから、二人分の足音が近づいてきた。

片方は早く、片方はそれを追うように短い。

学術院側の補佐員だろう。

セドリックはそちらを見なかった。

見る必要がない。

まだ会う順番ではないからだ。


革挟みを閉じる。

軍務省へ返す一通。

学術院へ渡す一通。

学術局へ留める一通。


同じ継ぎ目に触れた紙は、ここで別々の深さへ振り分けられる。

誰も嘘を書いてはいない。

誰も真実を全部は渡さない。

その中間だけが、帝国では最も強かった。


「では」

アルヴィンが言う。

「学術院には、整理済み史料を」


「ええ。あくまで整理済みのものを」


「軍務省には」


「手順どおりの不満を」


アルヴィンは頷き、二通を受け取った。

一方は人を動かす。

もう一方は人を待たせる。

待たされた方も、動かされた方も、おそらく自分で判断したつもりになる。


セドリックは枢密書記局へ戻りながら、接続廊の窓に映る自分の影を一度だけ見た。

細く、黒く、よく整った影だった。

国家はたいてい、こういう形の人間を好む。

何かを決めているようで、何もしていないように見えるからだ。


だが実際には逆だった。

戦場で砲兵が射界を決めるように、帝都では誰がどの深さまで読めるかで、真実の届く位置が決まる。


帝国において真実は、発見されるものではない。


どの廊下を通れるかで、

別の名前になるだけだった。

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