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第7話:推し(王子)からの逆・供給



 「……終わったのね」


 エルザが「虚無」を抱えて連行され、暗殺者が捕縛された数日後。

 私は王城のテラスで、青空を見上げていた。

 私の指先から溢れていた、あの膨大な「徳」の奔流が少しずつ落ち着いていく。現世で美咲としての未練――アンチとの決着――が、完全についたのを感じた。

(これでやっと、私は名もなきモブとして、遠くからアルフレッド殿下の幸せを拝む日々に戻れる……!)

 これぞ、私が求めていた「壁」としてのエンディング。

 そう確信して、私は荷物をまとめて伯爵領へ帰る準備を始めた。認知は最小限、接触は事故。それがオタクの美学だ。

 しかし、その「美学」を正面から粉砕する者が現れた。

「――どこへ行くつもりだ、リリアーナ」

 振り返れば、そこには見目麗しいアルフレッド殿下。

 逆光を浴びて立つその姿は、前世のKAITOくんのラストライブ、アンコール前の神々しいソロシーンに酷似している。

(ひっ……! ビジュが良すぎて、視神経が焼ける……!)

「で、殿下! 不祥事エルザも解決しましたし、私はこれにて撤退……もとい、帰郷させていただきますわ!」

「帰さないと言ったはずだ。……それに、君に渡さなければならないものがある」

 王子が一歩近づく。私は三歩下がる。

 王子は寂しげに目を細めると、懐から一通の封筒を取り出した。

 そこには王家の紋章。――まさか、国家機密?

「これは……君がバルコニーに落としていったものだ。翻訳魔法を使って、すべて読ませてもらった」

 王子の手には、あの**『徳積みメモ(日本語の観察日記)』**が。

(死にたい。今すぐ異世界の深淵に飛び込んで消滅したい)

「『KAITOく……じゃなかった、殿下の流し目の角度が尊い』、『今日の衣装は神。刺繍の職人に金塊を積みたい』、『寝顔を遠くから見守る壁になりたい』……」

「やめてください殿下! それはただの怪文書です! 妄想です! リテラシーのかけらもない独り言なんです!!」

「いいや、僕には『聖書』に見えたよ。……リリアーナ。君は、僕が自分自身ですら愛せなかった欠点さえも、すべて『尊い』と肯定してくれた。あの日、君の光に救われた時から、僕の心は君のものだ」

 王子は膝をつき、私の手を取った。

 これは……これはまさか、ファンサの極致、「最前列での指差し」どころか、「ステージ上への招待」!?

「リリアーナ。僕の妃になって、一番近くで僕を見ていてほしい。君という『壁』に守られるのではなく、僕が君という『光』を守る騎士になりたいんだ」

(無理。無理無理無理! 推しの隣なんて、解釈違いどころか存在が矛盾する! 私は推しと同じ空気を吸っていい存在じゃないの!)

「……殿下、恐れ多いです! 私は、殿下の幸せな結婚を遠くから『いいね』したいだけであって!」

「残念だが、僕の幸せは君が隣にいないと成立しない。……これは命令ではなく、一人の男としての、一生に一度の『逆・供給』だ。受け取ってくれるだろう?」

 王子の瞳が、真っ直ぐに私を射抜く。

 その誠実な眼差しは、前世で「ファンのみんながいてくれるから、僕は僕でいられる」と笑ったKAITOくんそのものだった。

(……ああ、もう。徳なんて積むもんじゃないわね。リターンが大きすぎて、オタクの許容量を軽々と超えてくる……!)

 私は真っ赤な顔で、差し出された手を見つめた。

「……私のこと、一生『推し』てくださると、約束してくださいますか?」

「ああ。君という唯一無二の存在を、世界で一番の熱量で愛し抜くと誓おう」

 こうして、最強の「徳積みオタク」は、ついに推しの「隣」という、前代未聞の神席を手に入れることになったのだった。





次回、いよいよ本編最終回。オタクが辿り着く「神席」の結末とは?



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