第6話:【現世ざまぁ】通知の嵐と、愛の聖域
「嫌あああ! 私はまだ、聖女として……っ!」
暗殺計画の失敗とリリアーナの圧倒的な光に呑み込まれ、エルザの意識は急速に遠ざかっていった。
魂が弾け、何かに吸い込まれるような激しい浮遊感。
次に目を開けたとき、視界に入ったのは異世界の豪華な天蓋ではなく、見慣れた安アパートの汚い天井だった。
湿った空気、壁の薄い隣室から聞こえるテレビの音。
「……は、え? ここは……」
エルザ(現世:佐藤香織)は混乱しながら、反射的に枕元のスマホを掴む。
画面を埋め尽くしていたのは、異世界での「聖女への称賛」などではなく、現実の――直視したくないほどの**「地獄」**だった。
【通知:〇〇法律事務所からの受任通知が届いています】
【通知:発信者情報開示請求に係る意見照会書が送付されました】
「な、にこれ……。嘘、嘘でしょ!?」
震える指でSNSアプリをタップする。だが、画面に表示されたのは無機質な拒絶だった。
『このアカウントは凍結されています』
彼女が数年間、巧妙な嘘を積み上げ、人を呪い、歪んだ承認欲求を満たし続けてきた「居場所」は、一瞬で消滅していた。
パニックになりながら、必死にサブ垢から自分のハンドルネームを検索する。
そこには、彼女が夢見た「注目」とは程遠い、徹底的な**「社会的抹殺」**の光景が広がっていた。
『STL運営ウォッチ★元KAITO担、本名特定されてて草。ただの派遣社員じゃん』
『こいつのデマで自殺未遂したアイドルもいるらしいよ。マジで殺人未遂だろ』
『開示請求通ったっぽいね。ざまぁw』
かつて自分の「主観」を支持していたはずのフォロワーたちは、今や彼女を新しい「コンテンツ」として食い荒らしていた。
「私が正しいのに……! 私は、彼(KAITO)のためを思って……!」
香織が血の気が引く思いでスマホを握りしめていると、トレンドの最上段に、ひとつのハッシュタグが躍り出た。
#KAITOに届け幸せの輪
それは、彼女が「目障りな信者」として誹謗中傷し続けた目障りな女――田中美咲の、最後の足跡だった。
香織は震える指で、そのハッシュタグの元になった美咲の「事故当日」の投稿を開く。
@Misaki_SL_KAITO(美咲@スタライ★KAITO推し)
待って、今日のKAITOくんのビジュ良すぎて無理。心臓足りない……
最近、一部で変な噂流してる人がいるみたいだけど、そんなの気にするだけ時間の無駄!
私たちはKAITOくんがどれだけストイックに練習してるか、あの指先の震えや汗の理由を誰よりも知ってるはず。
悪意あるハッシュタグを見るより、私たちの「大好き」でTLを埋め尽くしませんか?
下のタグ使って、みんなの「推しの好きなところ」を全力で叫んで!
私が先陣切ります!スタライの未来は明るいぞー!
「……あ」
それは、自分が死ぬなんて一ミリも思っていない、ただの「日常」の呟き。
明日も、その次も、推しを愛し続けると信じて疑わない、生命力に満ちた眩しい言葉だった。
その投稿に、今も秒単位で温かい言葉が積み重なっている。
『美咲さん、見てる? あなたが言ってくれた通り、愛を叫んだら本当に幸せな気持ちになれたよ』
『アンチと戦うより、愛を叫んだら本当に幸せな気持ちになれたよ』
『デマを流してた人を叩くより、推しの笑顔の話をする方がずっと幸せだね』
『彼女が遺してくれたこのタグ、みんなで大切に守っていこう』
香織が数年かけて、何百もの複垢を駆使して積み上げた「憎しみの塔」。
それが、美咲がたった一度、微笑みながらスマホを叩いた「愛の呼びかけ」に、跡形もなく飲み込まれていく。
『STL運営ウォッチ★元KAITO担さん、もう誰もあなたの嘘なんて見てないよ』
『可哀想な人種だわw リアルで楽しいこと何にもないから粘着してるだけでしょ』
名もなきフォロワーたちの言葉が、鋭い刃となって香織を貫く。
「私の負け……? こんな、死んだ女に……? 私の、数年間は……なんだったの……っ!!」
香織が必死に汚そうとした世界は、美咲が愛した通りに美しく、そして香織のことなど、最初から必要としていなかったのだ。
「あああああああ!!!」
現実では多額の賠償金と社会的孤立。
ネットでは永久追放と嘲笑。
そして異世界では――。
香織の魂は、逃げ場のない二つの地獄の狭間で、絶望の絶叫を上げながら深い闇へと墜ちていった。
現世での「アンチざまぁ」編、お届けしました。
愛の総量が憎しみを上書きする瞬間、少しでもスカッとしていただければ幸いです。
いよいよあと2話で本編最終回。オタクが辿り着く先とは?




