第3話:認知なんていりません、壁になりたいだけ
「認知無理、接近無理、会話なんて言語道断」
私は自室で、自分に言い聞かせるように呟いた。
昨夜、バルコニーでアルフレッド殿下を救ったのは私だ。だが、名乗り出るつもりは毛頭ない。
推しを救うのはオタクの義務。それ以上の見返り――ましてや「認知」なんて、心臓への負担が大きすぎて死んでしまう。
しかし、平穏な「壁ライフ」はすぐに脅かされることになった。
「リリアーナ様、ご存じですか? 今、社交界では『アルフレッド殿下は悪魔と契約している』という噂が広まっているそうですわ」
お茶会で友人の令嬢が耳打ちしてきた内容に、私は持っていたティーカップを割りそうになった。
またか。
犯人は分かっている。自称聖女の公爵令嬢エルザだ。
昨夜、私が放った「徳の映像」を、彼女はあろうことか『悪魔が見せた幻覚』だとすり替えて噂を流し始めたらしい。
(……あいつ、本当に懲りないわね。デマの修正には速度が命だって、前世(X)で教えなかったかしら?)
ふと視線を感じて顔を上げると、会場の端でエルザが冷笑を浮かべて私を見ていた。
彼女の指先には、薄暗い魔力が宿っている。
(なるほど。噂を流すだけじゃなく、魔道具を使って『不吉な気配』をバラ撒いてるわけね。殿下が通る場所に『呪いの気配』を置いて、噂の信憑性を高めるつもりか)
姑息。あまりにも姑息。
かつてKAITOくんがスキャンダルを捏造された時、彼女が使った手口と全く同じだ。
「……ねえ、皆様。そんな不吉な噂より、もっと素敵な『奇跡』の話をしませんか?」
私は優雅に立ち上がり、庭園の中央へと歩き出した。
エルザが怪訝そうに眉をひそめる。
「リリアーナ様、奇跡とは何のことかしら? 殿下から漂うあの禍々しい気配を、貴女は否定なさるの?」
「禍々しい? おかしなことをおっしゃるのね。私には、殿下が歩まれた場所には『福』が宿っているようにしか見えませんけれど」
私は、前世で培った「推しへの感謝」を魔力に変え、地面へと流し込んだ。
徳積みスキル発動――【聖域の開花】。
その瞬間、エルザが魔道具で仕込んでいた「どす黒い気配」が、パチンと弾けて消えた。
代わりに、殿下が明日通る予定の道に沿って、季節外れの色鮮やかな花々が、爆発的な勢いで芽吹き、咲き乱れたのだ。
「なっ……何よこれ! 花が……勝手に!?」
「徳の高いお方が通る場所には、自然と命が芽吹くもの。……ねえ、皆様? これを見てもまだ、殿下を悪魔だなんておっしゃるの?」
花々はただ美しいだけでなく、心を安らげる聖なる香りを放っている。
集まった令嬢たちは「なんて素晴らしいの!」「やはり殿下は神に愛されているんだわ!」と、一瞬で噂を手のひら返しした。
「……リリアーナ、貴女……! また私の邪魔を……っ!」
駆け寄ってきたエルザが、私だけに聞こえる低い声で毒づく。
私は扇で口元を隠し、冷徹なオタクの目で彼女を見下ろした。
「エルザ様。貴女がデマを一文字書くたびに、私は一万輪の花を咲かせてみせますわ。……私を本気にさせないことね。私の『徳』は、貴女の底の浅い『悪意』よりも、ずっと在庫が豊富ですの」
「くっ……覚えてらっしゃい!」
エルザは顔を真っ赤にして会場を飛び出していった。
ふん、二度目の完封。オタクの愛(物量)をなめないでほしい。
だが、安堵したのも束の間。
私は庭園の隅に、一枚の「紙」が落ちているのを見つけた。
それは、エルザが私を陥れるために用意していたであろう、偽造された『リリアーナの呪いの手紙』……。
あいつ、次はこれを殿下に直接渡して、私を犯人に仕立て上げるつもりか。
「……いいわ。その喧嘩、買ってあげる」
私はその偽造手紙を拾い上げ、不敵に微笑んだ。
一方その頃、王城の窓からこの「花が咲き乱れる庭園」を見下ろしていた人物がいた。
(……やはり、彼女だ。僕がピンチになるたびに、姿を見せずに助けてくれるのは)
アルフレッド殿下は、手にした「謎のメモ(日本語で書かれた王子の観察日記)」を愛おしそうに撫で、その正体を突き止めるべく静かに瞳を輝かせていた。
アンチの姑息な罠も、オタクのリサーチ力の前では無力!
さて、王子がリリアーナの正体に気づくのも時間の問題。逃げ惑うオタクの運命は……?
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