8 新たな奴隷契約
「無金、戦争、借金の枕詞がないパルマさんが、違法奴隷だと認識できたよね?」
「はい。わたしはこのどれにも該当していません」
目を通した三枚の用紙を机に置き、パルマはマシューのほうへ押し出した。
「当たり前だけど、違法なルートで入手した奴隷は認められないし、そういった者を所持していることも許されない。けど、それを根絶できるかと問われれば、ノーとしか言えないのも事実なんだよね」
「裏に権力者が控えている、からでしたね」
「その通りだよ。一部の貴族や豪商は、金と地位に群がるからね」
マシューの表情が嫌悪に歪んだ。
同業者だけに、思うところがあるのだろう。
「繰り返しになるけど、すべてを解体するのは不可能なんだよね。けど、無策のまま手をこまねいてるわけでもないんだよ。今回のアンナのように単独でオークションに赴き、落札した奴隷を信頼できる奴隷商館に連れて行って、解放の手続きをすれば無罪放免だ」
「解放手続き、ですか?」
「そう。パルマさんが望むなら、書類を一枚二枚作製したら自由になれるよ」
「ですが、それではご主人様が損をします」
「大丈夫だよ。パルマさんが解放された場合、アンナが落札に使用した一〇〇〇万ドンは、国が補填してくれるからね」
あまりにも高額なら半額とかになってしまうが、今回なら問題ない。
きっちりかっちり返ってくる。
「んで、パルマはこの先どうしたい?」
「わたしは……国に帰る……ことは望みません」
まっすぐ視線を合わせるおれとは対照的に、うつむきながらそう言った。
事情があるのだろう。
もしかしたらそれは大きな爆弾で、俺の手に余る可能性も考えられる。
けど、一度抱えた以上、ダメになるまで放棄する気はない。
「んじゃ、どこで生活したい? 俺と雇用契約を結んでこの街で生きることも可能だし、ほかに就きたい仕事があるなら、それを目指してもいい。もちろん、旅に戻るのも自由だ」
「よろしいのですか?」
「もちろんだ。パルマは自由になったんだからな」
マシューもうなずいている。
…………
「決めました。わたしはご主人様と雇用契約を結びます」
顔を上げたパルマに、迷いはなさそうだ。
覚悟と決意をもって、答えを出したのだろう。
なら、俺に異存はない。
「うし。んじゃ、手続きをするか。マシュー頼む」
「任せてよ。まずはこれにアンナが記入して」
差し出された紙に、パルマを買った日時と金額を書き記す。
これは契約書に記載されているので、間違いようがない。
「契約書も証拠として提出するから、複写させてもらうね。二部お願い」
「かしこまりました」
複写する魔道具は別室にあるので、秘書が退室した。
「次はパルマさんが、これに記入してね」
名前と出身国と違法オークションにかけられるまでの経緯を書くのだが、筆が進まない。
「どうした?」
「これは、どこまで詳細に記すべきなのでしょうか?」
「ああ。さっき話してくれた程度……イッタリーネからの旅の途中で賊に襲われ、奴隷にされました、ぐらいでかまわないよ」
「わかりました」
パルマは言われたまま、フルネームとイッタリーネ出身であることと、旅の途中で賊に襲われ奴隷にされました、と記した。
「次はこれだよ」
新たな奴隷契約書だ。
アンナ・クロムハイツとパルマ・トーチスはマシュー・ガンナバルトの立会いのもと、奴隷契約を締結する。
尚、この契約は双方合意のもと撤回も可能であり、どちらか一方が破棄を望んだ場合、協議には必ず参加しなければならない。
主題はこの二行だが、一方的な性行為は賠償に値する、などの禁足や補足事項が数多く記されてもいた。
「ちゃんと読んで、不満がなければサインして。ああ、もちろん後から変更もできるから、安心してね」
斜め読みでサインした。
パルマにいたっては、ほぼ読みもせずサインしている。
最後、保証人の欄にマシューがサインした。
「お待たせしました」
戻ってきた執事が、複写した紙をマシューに渡し、原本をおれに返した。
「うん。これで手続きは終了だよ」




