61 落ち着かない旅路
「んじゃ、俺たちは一足先に行くわ」
「ああ。おれたちも正式な任命と引継ぎを済ませたら、すぐに行く」
翌朝。
俺とムシアラが簡素な別れを済ませる横で、子ナイトウルフにすがる淑女がいた。
「本当に行っちゃうの?」
「わん」
「あたしを置いていくの?」
「わん」
「さみしい!」
「わんわん」
会話が成り立っているのかは不明だが、子ナイトウルフは旅立つ決意を固めている。
まあ、わからないでもない。
昨晩ずっと撫でまわされていたからか、信じられないくらい毛が逆立っている。
朝見たときは、別の犬だと勘違いしかけたほどだ。
「また来てね! あたし待ってるから!」
淑女の呼びかけに、前足を上げて応えている。
イエスもノーも言わないあたり、プレイボーイなのかもしれない。
「昨日のこと、あたし忘れないから! ずっとずっと大切にするからね!」
お腹を押さえて言われると、意味深に思えて仕方ない。
(大丈夫だよな?)
信じてはいるが、万が一もありうる。
……
確認したほうがよいのだろうが、怖くて訊けなかった。
問題ない。
口の動きだけで、ムシアラがそう教えてくれた。
よかった。
一安心だ。
「よし。んじゃ、イスペンに行くか」
「はい」
「わん」
足取り軽く、俺たちはポーラド村を後にした。
それから数日。
俺は行き同様魔法の練習をしているのだが、思いのほかはかどらない。
理由は明確だ。
「グルルルルルル」
子ナイトウルフが落ち着かないからだ。
今のように唸り、時折馬車から顔を出して吠えている。
パルマもきょろきょろしていることが多く、気もそぞろだ。
こうなると、俺も平常心ではいられない。
(う~~ん)
馬車を三頭立てにしたのも、ダメだった。
スピードが速いのはメリットだが、その分揺れる。
結果、集中力を持続できなかった。
悪循環だ。
錬金術ならこの程度のこと些事にすぎないが、魔法ではとんでもない障壁に感じる。
(ダメだな)
このまま続けても、悪いクセがつく可能性が高い。
なら、ひとまずやめて、べつのことを考えよう。
(これってどうなってんだろうな?)
マジックリュックから取り出した母ちゃん作の変装法衣を観察する。
手触りはなんてことないし、材料もその辺で買えそうな布と糸だ。
わからないのは、姿を変える魔法が組み込まれたのが、先か後かである。
(後っぽいけど……先のような気もするんだよな)
悩む。
というのも、母ちゃんは絶対に両方試しているはずなのだ。
作業効率や製造コストの負担を軽減したうえで、より良いほうを選んでいる。
(そう考えると、後のほうが楽だな)
出来上がった法衣に、魔術エンチャントを付与すればいいだけだ。
けど……違う気がする。
具体的なことは一切わからないが、ひと工夫も工夫もされている気がしてならない。
(ちょっと試してみるか)
身につけたうえで魔力を通せば、イケるだろう。
(どれ)
「バウ!」
子ナイトウルフが吠えた。
たぶん、急に別人が現れたからだ。
「グルルルルルル。バウ! バウバウ!」
子ナイトウルフが飛びかかった。
そこにはだれもいない……いや、いるのかもしれない。
「チッ」
舌打ちが聞こえた気がする。
「バウ! バウ! バウ!」
全力で吠えているが、次第に落ち着きを取り戻し、俺のそばに戻ってきた。
ひとまず大丈夫、ということだろう。
(う~ん。なんもねえといいけどな)
法衣を脱ぎながら、俺はそんなことを思った。




