閑話 事件はいまだ霧の中
「物思いに浸っているようだけど、そろそろいいかしら?」
「もちろんです」
煮えくり返るはらわたに冷水をぶっかけ、私は気持ちを落ち着かせた。
ルシファー・マグナガル。
私の目の前にいる魔族は、荒ぶる感情のまま接していい相手ではない。
彼女が本気になれば、王様ともども私を殺すのは簡単だ。
「此度の件、お主はどう見ておる?」
「ノーコメント」
王様の質問にそう言えるのも、ルシファーだからこそ。
態度こそ不敬極まりないが、どちらにもそれを気にした様子はない。
「では、第三国の関与はどうだ?」
「あら? それって、あたしたちのこと?」
「もしそうなら、こんな報告はせぬだろ」
机に置かれた嘆願書は、血で染まっていた。
「別に恩をきせるつもりはないわよ。あたしが通ってきた道に、たまたま死体が転がっていただけだから」
死体の身元は判明している。
イスペン村からの使者だ。
「魔獣が群がっていたのだったな」
「ええ。でも、あの子たちの仕業じゃないわ。殺ったのは別人よ」
魔獣が関与していないのは、判明している。
死体に刻まれていたのは鋭利な刃物による心臓への一撃だけで、他は綺麗なままだったからだ。
「犯人の心当たりはどうだ?」
「ないわ」
「では、被害者の方を教えてくれ。イスペンの村長秘書で間違いないのだな?」
「あの男が村長の秘書をしているのはこの目で見たし、血に染まった嘆願書を持っていたのを考えると、間違いないんじゃないかしら。でも、絶対とは言えないわ」
「そうか。では、その秘書の印象を聞かせてくれ」
「知らないわ」
「知らない? 誠か?」
「あたしがあの男を見たのは、一回だけだから」
「一回は見ているのだろう?」
「指一本で殺せるゴミを注視する?」
ゾクッと背中が震えた。
ウソや脅しではなく、本当に興味がないのだ。
「では、こちらの見解を述べさせてもらう。此度の件は、二つの事件が絡んでおる。一つは、ウィナー一族によるイッタリーネ王国革命だ」
「一貴族にそんなことが可能なの?」
「武力行使では不可能だ。しかし、パルマ第二王女の夫としてなら、可能性はある」
「本人は自覚していないようですが、イッタリーネ国内において、パルマ王女の人気は絶大です。本来なら他言すべきではありませんが、相手方から、お家騒動が落ち着くまでドワルムントで匿ってほしい、という要請を受けていました」
それを、ウィナー家に利用されてしまった。
「彼らはどこからかその情報を仕入れ、パルマ王女が乗った馬車を野党に襲わせ、奴隷市に出品させました。メイド服を着させていたのは、競り落とす目印にするためです」
「ふふふ。それが裏目に出たのね」
「おっしゃる通りです」
メイド服を着せたがために、アンナがパルマを落札してしまった。
譲り受ける交渉もされたそうだが、袖にされたフットイ・ウィナーが怒った。
そして、金で動かないなら力で奪ってしまえ、と考える。
ただ、王都でやると足が付く可能性が高いので、その日のうちに書類を偽装し、追放した。
その先でアンナが襲われなかったのは、偶然でしかない。
翌日すぐに魔獣の襲撃にあった王都はプチパニックになり、王都にいた貴族は召集され、身動きが取れなくなったからだ。
そこから先は知っての通り。
マシューの報告からアンナの旅立ちが発覚し、ウィナー一族の暗部に捜査が入り、今に至る。
「で? この後はどうするの?」
「もう一つの事件の捜査を続ける……が、なんともな」
王様が頭を抱えるのも当然だ。
これに関しては、わからないことが多すぎる。
個人なのか組織なのか。
怨恨か計画なのか。
どれも判然としない。
「唯一わかっているのは、ウィナー家専属執事筆頭の者が関与していることです」
「名前は?」
「登録はルパンとなっておりますが、十中八九偽名です」
「性別は?」
「不明です」
「男か女かわからない。そんなことがあるの?」
「男だと思われますが、一部メイドが男装の麗人だと証言しております」
「信じられるの?」
「裸を見たそうです」
「なら女ね」
「外見を変化させる術はあります」
真っ直ぐ見つめると、ルシファーが口角を上げた。
「そうね。高位魔族なら可能ね」
「疑っているわけではございませんが、その可能性を否定できないのも事実です。ですから、ルシファー様にお願いがあります。アンナを護ってください」
「それは母としての頼み? それとも、宮廷錬金術師としての頼み?」
「両方です」
「余からも頼む」
私と王様は、そろって頭を下げた。
「いいわよ。でも、勘違いはしないでね。あたしたちがアンナを護るのは、クロムハイツ家に恩があるからであって、ドワルムントに協力するためじゃないから」
「それでかまいません。アンナをよろしくお願いします」
「まかせなさい。魔檻の森にいる限り、危害は加えさせないわ」
そう言い残し、ルシファーの姿が消えた。
口約束であることに不安はあるが、それをどうこう言ったところで意味がないし、無駄なことに時間を費やすヒマもない。
「まずはウィナー家の全貌を暴きましょう」
「ああ。国家を上げて、暗部を叩き潰すぞ」




