閑話 母の想い
執務室に戻った王様が、豪奢な椅子にドカッと腰を下ろした。
ここ数日の激務による心労が影響しているのか……少し老けたように見える。
それもこれも、家のバカ息子が原因だ。
「移住の件、本当によろしかったのですか?」
「仕方あるまい……はあぁぁぁ」
ため息の大きさからして、仕方なくはなさそうだ。
「止めますか? 今なら可能ですよ」
「確かに、両親たちなら望みはあるな。だが、得策ではなかろう」
「ご理解いただけているようで、なによりです。今足止めをしたとしても、バカ息子は必ず出て行きます」
こうと決めたら、とことん行く。
その姿はアンナの祖父であり、私の父であるガッシュ・クロムハイツにそっくりだ。
「はあぁぁぁ。王都に留めておけないのは痛手だが、手綱を握れる状況にしておくしかあるまい。それがどれほど長くなるのだとしてもな」
「ですね。今あの子が行方不明になったら、大変なことになります」
「その通りだ。最悪、国が消えるかもな。ハッハッハ」
王様は笑っているが、冗談では済まないから恐ろしい。
息子の作るマジックバックは友好国への贈り物として重宝し、外交の足掛かりになることもある。
貴族との売買で、巨万の富も生み出す。
正直それがなくなるだけで、国家財政が少し傾くほどだ。
冗談や大げさではなく、本当にそうなのだから恐ろしい。
国防においても、それは当てはまった。
防壁塗料とゴーレム強化の魔力玉は、アンナしか錬金できない逸品だ。
私や夫が作れると思っているのは、息子の勘違いでしかない。
(それもこれも、あの親父のせいね)
私の父であるガッシュ・クロムハイツは、紛れもない天才だった。
錬金術の知識と経験を積むことに費やす情熱は凄まじいが、それと引き換えに勤労意識の低い男でもあった。
正直、偶然出会った母と恋仲になり、私が生まれたのは奇跡、としか言いようがない……と、晩年の母は笑っていた。
いつ愛想をつかされても文句は言えない自分勝手な男だったが、母の大きすぎる愛と比例するぐらいの収入も得ていた。
けど、ガッシュはそれを良しとしなかった。
作りたくない物を錬金し続けることを、心底嫌がったからだ。
「う~~~~ん」
悩みに悩んだあげく、ガッシュは思い切った行動に出る。
自分の功績を、よちよち歩きする私のモノとしたのだ。
普通ならそんなことは許されないが、規格外の実力者の我儘は、それすら許された。
というのも、ガッシュの錬金に魅了された者たちからしたら、品物を作ってくれなくなる、ことが一番の恐怖だから。
そのせいで物心ついたときには神童扱いされていた私は、いい迷惑でしかない。
「錬金術教えて!」
「まずは自分で研究しろ」
「行き詰ってるの!」
「どれ……かぁ~、初歩の初歩じゃねえか。情けねえ」
ガッシュは凡才の育成も面倒臭がり、よくケンカした。
王宮でも殴り合い、止めに入った貴族をどさくさ紛れにドツキ回したのも、若気の至りだ。
……
いや、今思い出しても胸がスッとするのだから、いい思い出だ。
なんにしろ、私は凡才ながら努力を重ねた。
その結果、宮廷錬金術師に就任し、レーベンと知り合うことになる。
(幸せだったな)
交際、結婚を経て、アンナが生まれた。
その瞬間が、人生のピークだった。
幸福に浸れなかったのは、愛しい我が子がガッシュを凌ぐ天才だったからだ。
おもちゃで遊ぶように錬金したモノが唯一無二の品だったときは、家族全員が震えた。
作り方を観察して模倣することはできても、劣化品しか生み出せない。
天才の名をほしいままにしたガッシュでさえそうなのだから、どうしようもなかった。
「フローラ。この子はわしが育てる」
反対はしなかった。
いや、できなかった。
アンナの価値を公表すれば、普通の人生は送れない。
誘拐に備え四六時中護衛が張り付き、行く場所や付き合う人間は選別される。
(そんなこと、絶対にさせない!)
その想いは、家族共通のモノであり、今も変わらない。
けど、それも終わりを迎えようとしている。
(魔檻の森に行けば、嫌でも世間を知るでしょうね)
傷つくこともあるだろう。
けど、それが必要なのも事実だ。
いや、ゴミ屋敷を生成する駄目な大人は、傷ついたほうがいい。
(少しはマシになってもらわないとね)
あの惨状を目にしたときは、思わず拳を握ってしまった。
(また同じことをしたら、骨の一、二本はいかせてもらうからね)
はらわたを煮えくり返しながら、人としての成長を期待した。




