閑話 ムシアラの恩返し
「グルルルルルル」
唸りながら、子ナイトウルフが床板を掻いている。
削りカスが舞う様子からして、我慢の限界は近そうだ。
「落ち着け」
「バウ! バウ!」
駄目だ。
アンナとパルマがいなくなってから、あきらかに凶暴性が増している。
このまま放置して王宮内で暴れれば、間違いなく殺傷される。
「落ち着きなさい」
突如聞こえた女性の声に反応し、子ナイトウルフが動きを止めた。
「ふむ。流石だな」
続いて聞こえた男の声に振り返った瞬間、おれは腰を抜かしてしまった。
信じられないメンツだ。
「あら、大丈夫?」
女は赤髪のポニーテイルが特徴の魔族、ルシファー・マクナガル。
本物を見たことはないが、伝えられている特徴と一致する。
そしてなにより、纏う空気の絶望感が半端ない。
「立てるか?」
男の方は、ゲッツェ・ドワルムント。
言わずと知れた、現国王だ。
遠くからだが、本物を見たことがあるので、間違いない。
「だ、大丈夫です」
慌てて立ち上がったが、ヒザが震えている。
少しでも気を抜いたら、へたり込んでしまいそうだ。
「この部屋にいるということは、お主がポーラド村の冒険者ギルドマスターを務める、ムシアラ・バイルか」
「お初にお目にかかります」
片膝をつき、頭を垂れた。
「顔を上げよ。それと、此度の件、お主はどこまで把握しておる?」
「アンナ・クロムハイツは無罪です。それだけは確信しております!」
「では、余が配布した手配書は間違いだ、と申すのだな」
「はい! 間違いです!」
「即答か。ならば、その根拠を聞かせてみよ」
おれはポーラド村がアンナに助けられたときのことを、事細かに話した。
そして、王都から派遣された村長が裏切ったことなども、全部ぶちまけた。
それは間接的な王宮批判であり、処刑されても文句が言えない放言だ。
けど、それで命を落とした村民がいることを、訴えずにはいられなかった。
「すまない。全ては余の判断ミスだ」
王様が、頭を下げるとは思わなかった。
ルシファーが隣りにいる以上、そんな姿を見せていいわけがない。
「いえ、その、あの」
「遺族には、王宮から見舞金を支払うことを約束する」
「あ、ありがとうございます」
「ただ、それには一つだけ条件がある。ムシアラ・バイル。そなたにはポーラド村を離れてもらう」
「なぜですか!? まさか……別の者を派遣し、事をうやむやになさるつもりですか!?」
「そんなことはせん。きちんと実態を調査し、誠実に対応する」
王様の言に偽りはない。
そう思わせるだけの説得力と、真摯さがあった。
けど、そこまで譲歩する理由がわからない。
「裏があるのですか?」
「お主に頼まれてほしいことがある」
かぶりを振りながらも、王様はそう言った。
「なんでしょう?」
「アンナ・クロムハイツの護衛をしてもらいたい」
「護衛……ですか!?」
「ああ。やつはこの先、魔檻の森に移住することになる。知っての通り、あそこは魔族領だが、交渉の結果、一部を中立地帯に制定することになった」
「そこに一緒に住めと?」
「いや、お主はイスペン村の冒険者ギルドに、マスターをして派遣する」
「それでは護衛としての意味がないのではありませんか?」
「お主が行うのは、アンナを狙う者を魔檻の森に近づけないことだ」
「なるほど。イスペン村にギルドマスターとして住めば、村民と冒険者を監視することができるわけですね」
「理解してくれたようだな。ではその任、請けてくれるな?」
「はい! この命を賭して、アンナを護ります!」
それがおれにできる、精一杯の恩返しだ。




