58 愛とか恋の話じゃない
「ご主人様!? 出歩かれているということは、無罪放免になられたのですか?」
「ああ。めでたくそうなった」
「そうですか。よかったです。本当によかったです」
椅子から立ち上がったパルマが、瞳を潤ませ喜んでいる。
ありがたい。
けど、俺には確認したいことがあった。
「国に帰るって聞こえたけど、本当にそうなのか?」
…………
「はい」
一拍の間が、パルマの本気を表していた。
「そうか。それは残念だな。けど、急な心変わりはどうしてなんだ?」
「わたしがここにいると、皆様にご迷惑をおかけします」
??
「迷惑、ってなに?」
「…………」
「パルマさんはイッタリーネ王国第二王女だから、バカ息子の奴隷じゃいられないのよ」
口ごもるパルマに代わり、母ちゃんが説明してくれた。
「なるほど。それはもっともだな。んじゃ、奴隷はやめよう」
『はあ!?』
「いや、パルマが奴隷なのが問題なんだろ? なら、奴隷じゃなくせばいい。出来るよな? マシュー」
「それは可能だけど……アンナ。僕たちが言いたいのは、そういうことじゃないよ」
??
意味がわからない。
「いいかい、世間知らずのバカ息子。パルマさんはお姫様なんだよ。その御身に何かあれば、即国際問題に発展して、最悪戦争になることもありうるんだよ」
「いや、なにかならもう起こった後だろ。旅の途中で賊に襲われて、奴隷になってるんだから」
「ご主人様、そこは問題にはなりません。わたしが襲われたのは不運であり、ドワルムント王国に咎はありませんので。ですが、奴隷に堕ちた身であることを知りながら、そのまま放置することは得策ではありません。フローラ様が仰るように、他国に戦争のきっかけを与える余地を残してしまいます」
……
「外交がむずかしいのは、なんとなく理解した。けど、それとパルマが国に帰るのは、別問題じゃねえか?」
口には出せないが、王位継承問題がある。
「バカ息子も、多少は世間を理解し始めたみたいだね。でもだからこそ、国に帰る、って答えを出したんだよ」
「このままドワルムントにいたら、内政干渉を疑われるからか?」
重々しくも、全員がうなずいている。
「ご主人様を含め、皆様にはよくしていただきました。これ以上ご迷惑はかけられません。ですから、わたしはこの国を出ます」
「この国を出る、なんだな。口では帰国を申し出ても、本心は違うんじゃねえか?」
……
パルマはなにも言わなかった。
「行く当てがねえんだろ?」
注視してなければ見逃すぐらい、小さな首肯だ。
「なら、俺と一緒に魔檻の森に行こう。あそこなら中立地帯だし、内政干渉だなんだと言われることもねえだろ」
「ですが……」
「もちろん。パルマに事情があるのは理解してる。けど、俺は一緒に来てほしい」
「あんたまさか!?」
「ついに、アンナにも春が訪れたんだね」
「いや、愛とか恋の話じゃねえんだ。けど、俺がパルマを必要としている、のは本当だ」
「ご主人様。それはどういうことでしょう?」
「これ作ったの、母ちゃんだろ?」
俺は法廷から拾ってきた法衣を広げた。
「あ、ああ、そうだよ」
「これスゲェな。錬金術に魔法を付与したんだろ。今の俺でもマント単体ならどうにかできるけど、完全再現は不可能だな。たぶん、糸を編むように魔法の術式を組み込んでいる……んだろうけど、ちんぷんかんぷんだ」
「いや、そんなことより、パルマさんの質問に答えなさい」
「俺がパルマを必要としてるのは、魔法を習得するためだ。それが叶った際には、これ以上のモンが作れる気がする」
錬金術師としての高みは、俺が想像していたより、ずっと高いところにあった。
魔檻の森に住んでいたご先祖さんも母ちゃんも、その背中を見ることすらできないほど、遠くにいる。
正直、悔しい。
けど、わくわくもしている。
人生をかけて、挑む価値のある未来だから。
「あんたのワガママに、王女様を巻き込むんじゃない」
「それは母ちゃんの言う通りなんだけど、パルマにもちゃんと利益はあるぞ。さっきも言ったけど、魔檻の森に住めばドワルムントに迷惑をかけることもないし、肩書も、奴隷、から、俺の魔法の先生、ってことにすれば、立場の保証も完璧だ。当然給料も発生するし、いいこと尽くめだろ」
……
「ご主人様は、わたしが魔法の先生でいいのですか? 探せば、王都にもわたしくらいの人材はいますよ」
「俺は、パルマから教わりたい」
王都の人材はスパルタの可能性もあるが、パルマならその心配はない。
けど、これは情けないので、胸に秘めておこう。
「ありがとうございます。その役、引き受けさせていただきます」
俺が差し出した手を、パルマがしっかりと握り返した。




