閑話 パルマの決断
ご主人様が裁判にかけられているとき、わたしは別室で女性と向き合っていた。
「あなたがパルマ・トーチスさん?」
首肯すると、女性が優しい笑みを浮かべた。
「はじめまして。私はフローラ・クロムハイツと申します。アンナの母であり、ドワルムント王国宮廷錬金術師です」
「ご、ご主人様のお母さま!? なのですか!?」
クロムハイツ姓と錬金術師を合わせれば、答えは出ている……はずなのに、上手く呑み込めなかった。
フローラ・クロムハイツという人物は、それぐらい別格なのだ。
生まれてすぐに言葉を話し、二歳になるころには読み書き計算をマスターした。
初めて錬金術に成功したのも同時期で、そこから数々の伝説級のアイテムを作り出し、国を発展させた。
一〇歳で宮廷錬金術師に就任するのは異例中の異例だが、それに異を唱える者はいなかった。
逸話だらけの偉人を前に、足が震える。
座っていなければ、醜態をさらしていただろう。
「アンナがお世話になってます」
国王より替えの利かないドワルムント王国最重要人物と評される、稀代の天才錬金術師に頭を下げられ、パニックが加速する。
「あの、その、どの……い、いいえ、お世話になっているのは、わたしの方です」
「ふふふ。本当にあの子のメイドさんなのね……ああ、ごめんなさい。イッタリーネ王国第二王女に対する言葉使いではありませんね」
「おおお、お気遣いは不要です。今この場にいるのは、イッタリーネ王国第二王女ではなく、アンナ・クロムハイツ様に仕える、ただの奴隷ですので」
「じゃあ、少しだけフランクにさせてもらうけど、その立場に不満はない?」
「ありません!」
「本当に?」
「本当です!」
想いを伝えるために、真っ直ぐにフローラさんと目線を合わせた。
……
「ふふ。バカ息子が評価されているようで嬉しいわ。でも、その立場を容認することはできないの」
破顔するフローラさんは、宮廷錬金術師というより、お母さん、という印象だったが、それも一瞬で、すぐに眼光が鋭くなった。
迫力に気圧されそうになる。
けど、呑まれては駄目だ。
意識的にグッとお腹に力を入れ、口を開いた。
「認めていただけないのは、奴隷という肩書ですか? それとも、他のモノでしょうか?」
「色々あるけど、一番は想像の通り、奴隷、という立場ね。パルマさんの認識がどうなっているかはわからないけど、あなたが今もイッタリーネの第二王女であることに変わりはないから」
その通りだ。
わたしは亡命したわけでもなければ、勘当されたわけでもない。
今を以って第二王女であり、責任ある立場にいる。
そんな人間が他国で奴隷に堕とされたとなれば、国際問題に発展するだろう。
(亡命します!)
心の中でそう宣言できても、声に出すことはできなかった。
なぜなら、兄にもしものときがあれば、わたしは国に戻るつもりだから。
結婚の決まった姉やこれから育つ妹の未来を奪うくらいなら、わたしが生贄になる。
魔法という切り札を使えば、全部は無理でも、利己的で恣意的な貴族を排除することも可能だ。
……
寂しい。
けど、仕方がない。
このままではご主人様にも迷惑をかけることになるし、要らぬ苦労をさせるわけにはいかない。
「わかりました。国に帰ります」
「えっ!? 帰るの!?」
わたしの決断に驚いたのは、部屋に入ってきたご主人様だった。




