54 主張の綻び
「これはもう……」
マシューは声にこそ出していないが、ダメだ、まで聞こえた気がする。
まいった。
…………
どうにかせねばいけないが、なにも浮かばない。
「では、判決を言い渡す。と言いたいところだが、いくつか質問に答えてもらおう。アンナ・クロムハイツよ。此度の件を企てたのは、待遇に思うところがあったからか?」
「いいえ、待遇に不満を抱いたことはありません」
「では、なぜ王都を後にした?」
「国外退去勧告を受けたからです」
「相違ないか? 実は勘違いでした、は通用せんぞ」
「間違いありません。そこにいる……貴族の親子様が証人です」
名前を思い出せなかったから、当人たちがいてくれてよかった。
「アンナ・クロムハイツはそう申しておるが、真か?」
「はっ! この法務大臣補佐官であるゴクフット・ウィナーが、息子であるフットイ・ウィナーの進言を受け、即座に判断いたしました」
「いかなる内容の進言か、説明せよ」
だいぶ上からの命令口調に、ウィナー親子が露骨に表情を歪めた。
気分を害したのは間違いないが、裁判官に文句を言うほどバカではないらしい。
「息子のフットイは、先日私の勅命を受け、とある人身売買の闇オークションに潜入いたしました。そこで行われていたのは、人を人と思わぬ悪辣非道な振る舞いです。優しい息子は調査に赴いたそこで、金に物を言わせ奴隷を買いあさるアンナ・クロムハイツと遭遇したのです。一目見ただけで、息子はアンナ・クロムハイツの異常性に気づきました。そして、アンナ・クロムハイツが買った奴隷をいたぶり死亡させている事実と、死体を錬金術の材料にし、すべてを闇に葬っていることを突き止めたのです!」
よくやった! と息子を讃えるゴクフットには悪いが、俺はそんなことをしていない。
一〇〇パーセントの濡れ衣だ。
「なるほど。では、なぜそれを上に報告しなかった?」
「あの日アンナ・クロムハイツは奴隷を買い、自宅に連れ帰っておりました。その奴隷が痛めつけられて殺されるのは時間の問題であり、上の判断を仰ぐ猶予は残されておりませんでした」
「その奴隷は無事保護できたのか?」
「いえ、自宅のどこを探しても、その姿は確認できませんでした。残念ながら、あの短い時間で殺され、錬金釜で溶かされてしまったようです」
「なるほど。では、アンナ・クロムハイツを国外追放にしたのはなぜだ?」
「息子からのせめてもの情けです。国を追われた先で自身の悪行を反省し、真っ当な人間になるチャンスを与えようではないか、という慈悲に他なりません」
おかしな話である。
更生するチャンスを与えるなら、刑務所で充分なはずだ。
無金奴隷という制度を活用すれば奉仕の場はいくらでも用意できるし、野放しにして問題を起こされるより一〇〇倍マシである。
もし万が一、俺が他国で同じことを繰り返したとしたら、とんでもない責任問題になるだろう。
ヤバイやつと知りながら放逐したのだから、責任問題は免れない。
こと国家間においては、知らぬ存ぜぬは通用しないのだ。
ニヤッ
付け入るスキが生まれたことに気づき、マシューが笑みを浮かべた。
悪だくみを企てる表情だ。
批難するつもりはない。
なぜなら、俺も同じような表情を浮かべているはずだから。




