6 マシュー・ガンナバルト
応接室に通された俺たちは、マシューが諸々の手続きに使用する書類を用意する時間を使って、自己紹介をすることにした。
「俺の名前はアンナ・クロムハイツ。職業は錬金術師だ。君は?」
「わたしはパルマ・トーチスです。奴隷ですので、職業はありません」
「言いにくいなら答えなくてもいいけど、奴隷に堕ちた経緯は?」
「イッタリーネからの旅の途中で賊に襲われ、奴隷にされました」
「なるほど。んじゃ、イッタリーネに帰るか?」
「えっ!? それはどういう意味でしょう?」
「言葉通りの意味で、パルマが望むならイッタリーネに帰国することもできるぞ」
信じられないのか、パルマは眉根に深いシワを刻んでいる。
その気持ちは理解できる。
一〇〇〇万ドンを支払って手に入れた奴隷を、見返りもなしにリリースするはずはない。
けど、それがあるから、世の中は不思議なのだ。
「俺はたしかに奴隷が必要だけど、雇うのはパルマじゃなくても問題ないんだ」
「では、なぜわたしを買ったのですか?」
「可能なかぎり、長く働いてもらいたいからだな」
パルマが首をかしげている。
「イッタリーネではどうかわからないけど、ドワルムント王国では奴隷は合法だ。けど、パルマが売られていたオークションは、非合法なんだ」
「えっ!? そうなのですか!?」
驚くのも無理はない。
あの屋敷はここと大差がないくらい立派だったから、非合法の後ろ暗い組織が運営しているとは思えないだろう。
「取り締まらないのですか?」
もっともな質問だ。
けど、答えは決まっている。
「相手は貴族、もしくはバックに貴族を抱える豪商たちだから、検挙はむずかしいみたいだな。けど、野放しなわけじゃないぞ。逐次潜入捜査が行われているし、検挙実績もある。けど、そのすべてがトカゲのしっぽ切りで終わってしまい、中枢まで破壊できたことは皆無なんだよな」
「そうなのですか。ですが、なぜそのようなことを……あっ!? もしかして、ご主人様が捜査官なのですか?」
俺はかぶりを振った。
「職業は錬金術師。それだけだ」
「信じられません」
「それについては、僕が説明するよ」
書類を持ったマシューが、応接室に戻ってきた。
「大前提として、アンナが言っていることにウソ偽りはないよ。彼は間違いなく錬金術師以外の何者でもないよ。まあ、この国一番の実力者で、不世出や史上類を見ないと評せる傑物だけどね」
「待て待て待て。俺はそんなレベルじゃねえぞ。第一、俺に作れる物は父ちゃん母ちゃんも作れるだろ。もし傑物と評せる人物がいるとしたら、死んだ爺ちゃんくらいだ」
小さいころの記憶に微かにあるだけだが、その腕前はとんでもなかった。
その姿にあこがれたからこそ、いまの俺がある。
「あいかわらず、自己評価が低いよね」
「んなことねえだろ。ちゃんと周りを見て評価してるぞ」
「身内しか見てないだろ。もう少し世間に目を向ければ、自分の異質さが理解できるよ」
「その辺のヤツと比べたら自分が優秀なのは知ってるよ。ただ、傑物レベルじゃないってだけだ」
「わかったよ。アンナと僕の評価の違いは、この際脇に置いておこう。それに、今の話じゃ彼女の疑問に説明ができないよね。というより、矛盾しちゃうよ。世間に疎い人間が国の検挙情報にまで精通しているわけがないんだからさ。でも、こう考えれば問題ない。その間を埋めている人間がいる、とね」
「それがマシュー様なのですか?」
「正解だよ」
パチパチと拍手しながら、胸を張るマシュー。
その姿は、僕は偉いんだよ、と語っている。
「では、マシュー様が警察関係の上役なのですね」
「違うよ。僕の肩書は、ガンナバルト奴隷商館の館主だよ」
「えっ!?」
パルマが目を見開いた。
たぶん、転売という未来に行き着いたのだろう。
その点は優秀だし、褒めてもいい。
けど、もう一歩踏み込めば、それがないことにも気づけるはずだ。
「たぶんアンナが言ったと思うけど、君……は失礼だね。パルマさん、と呼ばせてもらっていいかな?」
「敬称はいりません。パルマ、と呼び捨ててください」
「ありがたい提案だけど、それはできないよ。僕が親しみを込めて呼び捨てにする女性は、妻のセセリだけだからね」
「それはすばらしいですね」
満面の笑みを浮かべるマシューに、パルマはいたく感激している。
けど、それは間違いだ。
マシューが異性と一線を画すのは、恐妻であるセセリが怖いからであり、他意はない。
けど、それは口にしてはいけない事実だ。
この後の事務手続きにマシューの力が必要不可欠なことを考えれば、へそを曲げて追い出されるような危険を冒してはいけない。
「で、話を戻すけど、パルマさんが売られていたオークションは非合法であって、そこで買った商品の保有は、原則認められないんだよ」
「では、ご主人様は罰せられるのですね」
「普通はね。でもそうならないために、僕がいるのさ」




