37 ルシファーの本名
俺と手を繋ぎ、パルマとルシファーが結界の中に入った。
「バウ!」
子ナイトウルフも一緒だ。
俺の脚に体を擦り付けて滑り込むあたり、中々の策士である。
「ここなら安心だな」
「今のところはね」
意味深な発言だ。
「まさか……この結界ってなくなるのか?」
「ええ。早ければ数週間後。どんなに遅くとも、数か月後には消滅するわよ」
「マジか!? ご先祖さんがいなくても継続してたから、今後もあると踏んでたんだけどなぁ」
「反対よ。アンナが来たから、結界は消失するの」
「そりゃねえだろ」
届くわけないが、天に抗議した。
「ふふっ。嘆く気持ちもわかるけど、このままじゃ不便でしょ」
「そらそうだけど、納得いかねえ」
「諦めなさい。それと勘違いしてるようだから言うけど、ここに張り巡らされているのは結界じゃなくて、時を止める魔法よ」
「へぇ~、ご先祖さんはすごい魔術師でもあったんだな」
ルシファーがかぶりを振った。
「この魔法を使ったのは、あたしの曾祖父」
「えっ!? そうなの?」
「そうよ。それに、この魔法自体は大したことないわ。使おうと思えば、あたしも使えるぐらいのモノよ」
ルシファーの実力を知らないのでなんとも言えないが、これが簡単なモノだとは思えない。
「ご主人様の認識で正解です。これは大魔法の部類です」
パルマは俺の心が読めるのだろうか。
「顔に書いてあるのよ」
ルシファーもお見通しのようだ。
「バウ」
子ナイトウルフにも看破されているのだとしたら、一生賭け事はしないほうがいいだろう。
「とはいえ、すべてが整いすぎてねえか?」
「それこそがクロムハイツの凄いところね。アンナのご先祖様が仕込んだ錬成品がこの魔法を継続させ、子孫に反応して解除するように仕組んだのだから、『天才』としか言い表せないわ」
まったくもってその通りだ。
なにをどうすればこんなことができるのか、俺には見当もつかない。
「どれがそれ?」
ぜひ実物を見てみたいが、ダメそうだ。
肩をすくめながら、ルシファーがかぶりを振っている。
残念だ。
「落ち込むのもわかるけど、ここに来たのは話をするためよ」
「オッケー。取引交渉だな」
「それとは別の大事な話もあるの」
「大事な話?」
「ええ。とってもセンシティブな話だから、中でしましょ」
「わかった」
俺たちは家に入り、カギをかけた。
「まず最初にあたしの姿についてだけど、アンナとパルマじゃ見えているモノが違うわ」
「俺が成人で、パルマは小さな子だったな」
うなずいているので、間違いなさそうだ。
「実体はアンナに見えているほうが正しいわ」
「えっ!?」
ルシファーがパチンと指を鳴らした瞬間、パルマが両目を見開いた。
「これがあたしの真の姿よ」
「す、凄いです」
よくわからないが、生唾を呑み込むぐらい慄いている。
「もしかして、これも魔法なのか?」
「ご主人様、正解です! 人間でこんなことができるのは、大賢者様だけです」
興奮しているのはよくわかるが、それがどれぐらいスゴイことなのかわからない。
正直、俺とパルマの温度差がありすぎて、風邪をひきそうだ。
「あと、あたしの名前はルシファーじゃないの。本名はササナ・マグナガルよ」
一つ目を処理していいないうちに、二つ目の爆弾を投げないでほしい。
「ってことは、ルシファーって偽名なのか?」
「偽名というよりは、役職名ね。あたしたち魔族は嫌われ者だから、人間に本名は告げないの」
「んじゃ、俺にも言っちゃマズイだろ」
「アンナというか、クロムハイツは特別ね」
信頼してくれているようだ。
「ご先祖さんはよほど徳を積んだんだな。おかげでこの家にも住めるし、感謝しかないな」
「そのことだけど、条件を覚えてる?」
「争いを持ち込まないことと、魔族と取引をすることだろ」
「正解だけど、それは無理よね?」
「いや、どっちも大丈夫だ」
だれかと争うつもりはないし、それを持ち込むつもりもない。
収入を考えれば、魔族との取引も歓迎だ。
「パルマはどう?」
大丈夫……ではないのかもしれない。
思いつめた表情を浮かべ左胸に手を当てる姿は、鼓動を抑えつけているかのようだ。




