36 クロムハイツと魔獣の古い約束
「バウバウ」
魔檻の森に戻ってきた俺の周りを、子ナイトウルフが走り回る。
ほかの個体は遠慮しているのか、遠巻きに見てるだけだ。
「ルシファー様。ご主人様がナイトウルフに好かれている理由をご存じですか?」
「古の約束ね」
「古の約束とは、なんでしょう? 差し障りなければ、ご教授ください」
子ナイトウルフの頭を撫でる俺の横で、小難しい話が始まろうとしていた。
「読んで字のごとく、古い約束よ。この子たちの本能に刻まれた、消えることのない約束、と言ってもいいわね」
「具体的なお話を聞かせていただけませんか?」
「魔檻の森に住む魔族や魔獣は、アンナの先祖に救われたの。その恩人を大切にする。ただそれだけよ」
「ということは、魔檻の森にいる魔族や魔獣には襲われない、ということですか?」
「そんな呪いのようなモノではないし、アンナたちに一方的に利のあるモノでもないわ。ただ仲良く暮らしたい、っていうだけよ」
「バウ」
子ナイトウルフもうなずいている。
パルマたちの話を理解しているのだろう。
「お前は賢いなぁ」
「ふふふっ、たまたまよ。その証拠に、ナイトウルフに襲われた経験もあるでしょ」
「ここまでの道中で数えるほどですが」
「それは王都を出てすぐじゃなかった?」
「見ていらしたのですか?」
ルシファーがかぶりを振った。
「消えることはない、なんて偉そうに言ったけど、時間とともに希薄になっているのも事実なのよ。この子たちがアンナに懐いているのは、すぐ近くにクロムハイツの気配が残っているからだし、距離が離れれば離れるほど、希薄さも増すでしょうね」
「だからか」
俺はポンと手を打った。
クロムハイツ家の人間は、王都を長期間空けることが許されていない。
その理由は納期を守ることと、外で不慮の事故にあう危険性を排除するため、だと聞かされていた。
けど、事実は違った。
俺たちが王都に住むことで、魔獣避けの効果を発揮していたのだ。
先祖代々王都の端に住むことが義務付けられていたのも、それが理由だろう。
納得と同時に、モヤッと……しなかった。
タダで大きな一軒家に住まわせてもらっていたのだから、裏があってもしかたがない。
むしろ、至れり尽くせりの境遇に感謝すらしている。
ただ、パルマは違うようだ。
「その説明では、ご主人様が襲われた説明がつきません!」
憤慨している。
「ここからは仮説になってしまうけど、長い間王都から感じていたアンナの気配が外に出たことで、一部の魔獣が混乱したんじゃないかしら」
「混乱……ですか?」
「外に出たからといって、すべてが即リセットされるわけじゃないわ。アンナが王都に住んでいた時間と比例して、気配も濃く残るのよ。だから、その子たちはまだアンナは王都にいる、と勘違いしたんでしょうね。なのに、すぐそばでアンナの気配を醸し出す人物がいるから、紛い物許すまじ! と飛躍して襲いかかったんじゃないかしら」
わからないでもない。
十数年王都から出なかった俺が、急に外に出たら驚くだろうし、なにかあったと判断しても不思議じゃない。
群れに襲われたのも、約束を果たすためだっただろう。
だとしたら、申し訳ないことをした。
「気にする必要はないわ。生き死にはすべての者に共通だし、遠慮してたらアンナが死んでいたもの」
「それはその通りなんだけど……無駄な血を流す必要はなかっただろ」
「ふふっ。優しいところも受け継いだみたいね」
「バウバウ」
慰めるように体を摺り寄せてくる子ナイトウルフからは、気にするな、といった気持ちも感じる。
「あんがとな」
「バウ」
「パルマ、納得した?」
「はい。ありがとうございます。それと、取り乱して申し訳ございません」
「気にしない。それと、今度はあたしの質問にこたえてくれない?」
「なんでしょう?」
「バウ! バウ!」
「ウォン! ウォン!」
「グルルルルルル」
ナイトウルフたちが吠え、唸りだした。
「ど、どうしたんだ?」
「聞き耳を立てていた輩が近づいてきたから、威嚇してるのよ」
「聞かれて困る話はしてねえけど、なんか気になる話題があったのか?」
「あたしに訊かれても困るわ。この子たちが気にしているのは、距離の問題よ。件の連中は、刃が届く範囲に足を踏み入れていたみたい」
盗み聞きしていた人物は、危ない者のようだ。
「ふふっ。安全を期して、結界の中に入りましょ」
賛成だ。
戦闘力のない俺は、そそくさと逃げ込んだほうがいい。




