34 ルシファーの淹れた紅茶は美味い
ラウル邸の応接室には、紅く長いポニーテイルが印象的な美女がいた。
後ろ姿で顔は見えないが、美人だと思う。
体の線を強調するタイトで妖艶なドレスに身を包んでいるのに、恥ずかしそうなそぶりが微塵もないのが、その証拠だ。
背筋が伸びた凛とした立ち姿からは、むしろ見られるのが当たり前、といった貫禄すら感じる。
「紅茶は蒸らす時間が重要なのよ」
「目安はいかほどでしょう?」
「茶葉によって異なるから、試行錯誤なさい。まあ、目安としては小さい茶葉なら二、三分で、大きな茶なら三、四分ね。後、ミルクを加えるなら、もう一分ぐらい加算してもいいわ」
お茶の入れ方講座が開かれているようだ。
教えを乞う全メイドが筆を走らせているから、貴重な機会なのだろう。
「あなたの淹れたモノと、飲み比べてみなさい」
「……こんなにも、香りに差が生まれるのですね」
注がれた紅茶を飲んだメイドが、いたく感動している。
まるで違う飲み物を、口にしているようだ。
「あなたもどうぞ」
俺たちに気づいていたらしく、すでに人数分の紅茶が用意されていた。
「いただきます」
芳醇な香りが口内に広がる。
のどごしはスッキリしていて、少しの苦みが後味として残る。
これがいいのか悪いのかわからないが、俺が普段飲んでいる安物と違うことだけは、理解できた。
「ご主人様。美味しいですね」
「この一杯は、茶葉の潜在能力が極限まで引き出されています」
「見習いたいものですね」
パルマとラウルを筆頭に、セーバスも相好を崩している。
「あんな小さな子が、凄いですね」
んん!?
パルマは、なにを言ってるのだろうか。
目の前の女性は大人だし、この部屋に小さな子などいない。
見落としている……わけじゃなさそうだ。
パルマの視線は、美女にまっすぐ注がれている。
「ふふふ。その子はおかしい事なんて口にしていないわよ。ここにいるほとんどの人間には、そう見えているの」
「ってことは、俺がおかしいの?」
「他と違う、っていう一点に限るなら、そうなんでしょうね。けど、おかしいのはなく、クロムハイツであるあなたが特別なのよ」
よくわからない話だ。
けど、この美女がいろいろ知っているのは間違いない。
「ややこしい話をする前に、自己紹介をさせてもらうわね。あたしはルシファー・マグナガル。魔族よ」
驚きだ。
人生で初めて魔族と対面した。
怖い感じはしないが、それすらマヒしているのかもしれない。
なんにせよ、こちらも挨拶しよう。
「はじめまして。俺はアンナ・クロムハイツで、この子はパルマ・トーチス。俺の専属メイドだ」
「よ、よろしくお願いします」
「ふふふっ、そんなに怖がらないで。あたしは話をしに来ただけだから」
「そそそ、そうはおっしゃられましても」
パルマが畏怖の念を抱くのは、よくわかる。
人の数倍から数十倍の魔力を保有する魔族は、動く災害と表されることもあるのだ。
実際、おれもドキドキしている。
「二人のことは、名前で呼ばせてもらっていいかしら?」
「もちろん。で、俺たちはなんと呼べばいい?」
「名前でいいわ。敬称もいらないし、口調もそのままでお願いね」
「んじゃ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」
「ご、ご、ご、ご、ご主人様!?」
「大丈夫だ。もしルシファーに殺意があるなら、俺たちはすでに殺されてるよ」
「そうね」
「えっ!? 否定しないの?」
「それをしたら疑念を抱かせるでしょ。あたしは話をしに来たんだであって、嘘をつきにきたんじゃないもの」
両手を広げるジェスチャーは、武器を所持していないことを示すのと同時に、胸襟を開いている、というメッセージでもある。
どうやら、ルシファーはお見通しのようだ。
平静を装っているよう俺の足が、実はガクガク震えていることに。
「座ってもいいかな」
「ええ。紅茶でも飲みながら、ゆっくり話しましょ」
安心したからだろうか。
一口目よりも美味しい気がした。
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