26 不思議な声と犬の声
ポーラドを出てからイスペンまでの道のりは、順調そのものだ。
絵に描いたような平穏で、野盗にも魔獣にも出くわさなかった。
にもかかわらず、護衛の冒険者たちの表情は険しくなっている。
魔族領が近づいているから、気を引き締めているのだろう。
「停まれ」
脳に直接響くような、野太い声が聞こえた。
きょろきょろすると、パルマと目が合った。
「聴こえた?」
「男性の声が微かに」
俺とパルマの間には十数センチの距離があるだけだが、聞こえ方には差があるようだ。
……本当だろうか。
にわかには信じがたい。
「はっきり、停まれ、って聞こえたろ?」
かぶりを振るパルマは、ウソをついているようには見えなかった。
というか、ウソをつく理由がない。
「停まれ」
また聞こえた。
けど、俺だけかもしれない。
思案顔のパルマは、無反応だ。
「停まれ」
空耳……にしては、はっきり聞こえすぎる。
「あのぅ、なにか用ですか?」
……
話しかけてみたが、応答はなかった。
俺がおかしくなったのだろうか?
「大丈夫ですか?」
前方に座る家族からも心配された。
「停まれ、っていう声がちょくちょく聞こえませんか?」
全員にかぶりを振られた。
家族の隣りに座る商人も一緒だ。
ということは、俺の空耳なのだろう。
「停まれ」
ダメだ。
自分をごまかせない。
こんなにはっきり聞こえているモノを、空耳で片づけることはできなかった。
けど、パルマたちには聞こえていないのも事実である。
御者はどうだろうか。
「ラララ。ライラライラライ」
熱唱する様子からして、聞こえていないだろう。
いや、聞こえているが、歌に夢中で意識に届いてない可能性もある。
「停まれ」
野太かった声が、お婆さんのそれに変わった。
けど、ダメだ。
「ライライライラライライラライ」
ヘッドバンキングしだした御者の耳には届いていない。
並走する冒険者たちに慌てる様子もないし、聞こえていないのだろう。
「停まれ」
「停まれ」
「停まれ」
「停まれ」
おばさん、おじさん、男児、女児と、一家総出で静止している。
よほど伝えたいことがあるのだろう。
『停・ま・れ! 停・ま・れ! 停・ま・れ!』
一音ずつ区切る大合唱だ。
この熱意を無視していいわけがない。
俺が伝えてやろう。
使命感に捉われた立ち上がった瞬間。
ヒヒ~ン
馬がわななき、停車した。
「おい!? どうした? 進め!」
御者が手綱で合図を送るが、馬は微動だにしない。
それどころか、若干震えているように見える。
「斥候は周辺を探れ! 他の者は馬車を守るんだ」
冒険者たちが慌ただしく動き始めた。
「大丈夫かしら?」
ポーラド村への道中で襲われた経験が蘇っているのか、同乗の家族も震えている。
「ご主人様。ゴーレムを造りますか?」
安全第一で進めるのがいいのだろうが、俺はかぶりを振った。
勘としか言い表しようがないが、いまが危ない状況だとは思えなかった。
「わんわん」
犬の鳴き声がする。
「キャンキャン」
小型犬もいるようだ。
「バウバウ」
大型犬もいる。
こちらも家族そろっての移動中だ。
「隊長、周辺に魔獣の姿は確認できません」
犬は魔獣ではなく、ただの野良だ。
「そんなはずはない。周囲を探れ! 必ず異変はある!」
「はっ!」
「わんわん」
「キャンキャン」
「バウバウ」
犬は放置でいいのだろうか?
これも異常だと思うのだが……
不用意かもしれないが、俺は馬車の外に顔を出した。
「ええっ!?」
犬の姿はどこにもなかった。
「わんわん」
「キャンキャン」
「バウバウ」
けど、鳴き声はしている。
これはどういうことか?
「見つけた」
弾んだ声が聞こえたのを最後に、犬も人の声も消えてしまった。
馬車も動き出した。
「お客さん、落ちないでくださいよ」
御者の忠告に従い席に戻ったが、疑問は増すばかりだ。




