22 裏取引
翌日の早朝。
俺たちはギルドにいた。
「一体どうした?」
出迎えてくれたレアハムはギルドの制服だったが、ムシアラはパジャマだ。
まぶたも半分ぐらい閉じているので、たぶん寝ていたのだろう。
「昨日も言ったけど、俺たちは明日イスペンに旅立つ予定だ」
「うん……確かに……そう言って……たな」
間延びしながら紡ぐ言葉と、コックリコックリうなずくムシアラは、深く反芻しているように見える。
けど、実際は眠気と戦っているだけだ。
しかも、戦況はだいぶ悪そうだ。
このまま話を進めるべきか悩むが、昼間は業務で忙しい可能性もある。
それを見越したからこそ、この時間帯に赴いたのだ。
「ムシアラ様。起きてください」
小声で諭すレアハムはシャンとしているので、このままいこう。
「出発前に、一つ頼まれてくれ」
「任せってくぅれ。おれったちに……できるこっとなら、喜んで……引っき受ける」
イントネーションが狂いだしたのは不安でしかない。
けど、信じて進もう。
「これを買い取ったと偽装してくれ」
風呂敷を広げ、ナイトウルフの素材を取り出した。
「買い……取りか……わかった……んん!? 偽装って言ったか?」
ムシアラの目がパチッと開いた。
雰囲気からして、目覚めたようだ。
「ああ。偽装を頼む」
「……どういうことだ?」
寝ぼけて思考が働かないのか、こめかみを押さえて思案顔をしている。
「そのまんまの意味で、他意はない。この素材を買い取ったと、偽装してほしい」
「いや、それじゃアンナに得がないだろ。満額は払えないかもしれないが、ちゃんと支払わせてくれ」
「でも、そんなことしたらギルドが潰れるぞ」
「大丈夫だ。こんなときのために、少しの蓄えはある」
レアハムもうなずいているので、ウソではないだろう。
「どんぐらい?」
「一〇〇〇ドンはある」
「いや、それじゃ塗料の代金にもならねえぞ」
「えっ!? あれって金取るのか!?」
「当然だろ。市販されてないとはいえ、俺が作った立派な商品だからな。それに、タダでくれてやる、とは言ってねえぞ」
…………
「あ~っ、そう言われればそうだな」
思い出すうちに記憶もはっきりしてきたらしく、ムシアラの顔に汗が噴き出した。
「これっていくらなんだ?」
「一〇〇〇万ドンはくだらねえな」
「マジか!?」
「ウソだ」
ムシアラが腰に手をやった。
本来ならそこに剣があるのだが、パジャマ姿のいまはない。
危なかった。
お茶目な冗談のつもりが、殺されるところだった。
「実際のところ、塗料の値段はわかんねえんだ。あれは、王家に直接卸していたからな」
『ええっ!?!?』
パルマ、ムシアラ、レアハムが、座ったまま飛び跳ねた。
「王宮に塗ったり外交に使ってたみたいだけど、売値を聞いたことねえからな」
「おいおい、その話が本当なら、塗料はこんな片田舎にあっていいもんじゃないぞ」
「大丈夫だ。昨日も言ったけど、それは薄めれば効果も薄くなる。王都で仕入れた高性能塗料ってことにしとけばいい」
「無理だろ」
「類似品は大量にあるから、大丈夫だ。それに、無理だろうとなんだろうと、そう言い通すしかねえだ。もしそれができないなら、これは譲れねえぞ」
壺を掴んで引き寄せた。
「…………」
ムシアラの口が開閉したが、声は聴こえなかった。
…………
腕を組んで逡巡しばし。
「……わかった。高級塗料……ってことにする」
ムシアラは納得した。
というより、いまある問題と、これから起こるかもしれない問題を天秤にかけた結果、そうせざるをえなかったのだろう。
「で、さっきの話に戻るんだけど、これを買い取ったことにしてくれ」
「いや、話が繋がってないだろ」
「繋げるんだ。俺とパルマはイスペンに行く途中、ナイトウルフの素材を大量に入手したけど、持ち歩くには多すぎる。だから、買い取りをしてもらうためにギルドを訪ねた。そこで予想より高値で引き取ってもらった俺が、そのお礼に王都で買った高級塗料を渡した、ってことにすればいい」
「無理があるだろ」
「だからこそ、ギルドが発行する正式な買い取り証明書が必要なんだ。それがあれば、俺が疑われることはねえからな。唯一の心配はムシアラたちの収支に矛盾が起きることだけど、ナイトウルフの素材で穴埋めできるだろ」
帳簿の改ざんは俺にはできないけど、ギルドマスターなら可能だ。
ムシアラが目配せすると、レアハムがうなずいた。
「わかった。書類は今日中に用意する。けど、すぐには無理だ」
「どんなに急いでも、夜になってしまいます」
「今日中にできるなら、なんの問題もない」
「ありがとうございます。では、完成した証明書は宿にお届けします」
「ありがとう」
「礼を言うのはこっちだ。なにからなにまで感謝する」
「気にすんな。それに、この契約には口止め料も含まれてるからな」
「ああ。今回のことは、墓場待って持っていく」
「私も死ぬまで他言はいたしません」
ムシアラとレアハムの真剣な表情は、信じるに足るものだった。




