2 錬金術師は引っ越したい
危なかった。
もしものときに備えて置いといた盾がなかったら、死んでいたかもしれない。
手の届く範囲に在ったのも、幸運だ。
掃除と整理整頓が行き届いていたら、こうはならなかったかもしれない。
「やっぱアレだな。大事なモノは身近に置いておかねえとな」
べつの未来を想像したら、ゾクッと背中が震えた。
視界も暗い……のは煙が立ち込めているからだ。
窓を開け、煙を逃がした。
「いや~ぁ、マジで危なかったな」
眼下の日常に変化はない。
皆なにごともなかったように健やかだ。
いいことだ。
けど、ほかのだれかなら、もっと大事になっていた。
これぐらいで済んだのは、俺が優秀な錬金術師だからだ。
「失敗したやつが偉そうに言うな!」
なんて声が聞こえてきそうだが……
大丈夫!
なんの問題もない。
家は爆発に耐えうる強化素材でリフォーム済みだから、傷一つついていない。
近隣は多少揺れを感じたかもしれないが、この爆発が原因だと気づいた者はいないだろう。
なんてことを自慢しても、意味がない。
むしろ、だれにも気づかれなかったせいで、片付けも全部自分でするしかないのはマイナスだ。
「…………面倒くせぇな」
棚は吹き飛び、そこに置かれていた材料もそこかしこに散らばっている。
中でも最悪なのが、飛び散った液体が付いた壁だ。
粘着性の高いモノも含まれていて、剥すだけでも苦労する。
「んにゃ!」
引っ張ったが、びくともしなかった。
「んんにゃぁ!」
ダメだ。
うんでもなければ、すんでもない。
「マジか」
貴重な材料なので回収したいが、無理そうだ。
「あ~もうやだ! 寝る!」
こうなれば、ふて寝するしかない。
愛用のソファー……は爆発に巻き込まれご臨終していた。
しかたがいないので、寝室のベッドに横になった。
「げふげふ」
舞い上がったホコリを吸い込み、むせた。
ダメだ。
ここは人が寝ていい場所じゃない。
「んん!?」
体が痒い。
もしかしたら……いや、もしかしなくても、ダニやノミがいる。
「ここも汚ねえな」
バスルームもひどいありさまだ。
昨日までは気にならなかったのに、気にした途端、現実が押し寄せてきた。
「どうにかしねえとな」
服を脱ぎ、シャワーを浴びながら考えよう。
シャアアアアアアアア
不思議なことだが、汚れと一緒に悩みも流れていった。
「べつに死ぬわけじゃねえし、だれも来ねえしな」
来客があったのも数か月……いや、数年前かもしれない。
まあなんにしろ、思い出せないぐらい前なのだから、家の中が汚くとも大した問題じゃない。
「うん。そうだな。このままでいいな」
清々しい気持ちで、新しい服に着替えた。
ピンポーン
「宅配便で~す」
「いま行きま~す」
玄関を開けた瞬間、
「うわ、汚い」
配達のお姉ちゃんがそうつぶやいた。
「ご、ごめんなさい」
無意識だったのだろう。
何度も頭を下げている。
「ははっ、その通りだから気にしないで。それより、荷物って?」
「これです」
差し出された段ボールは、たしかに俺宛てだった。
「サインお願いします」
受け取り証書に、ペンを走らせた。
「では、失礼します」
配達が残っているからだと思うが、逃げるように踵を返されるのは、さすがに堪える。
「やっぱ、このままじゃダメだな」
どうにかしなければならない。
あらためて、そう思った。
とはいえ、どこから手を付けるべきかもわからない。
「いっそ引っ越すか」
ちまちま掃除するより、そのほうが早い気がする。
けど、それはできない相談だ。
それはなぜか。
ここに住むことが、おれの職務でもあるからだ。




