12 家を手放す
「さっさと出てこい!」
ドンドンドンと玄関戸が叩かれる。
「ご主人様のお知り合いは乱暴な方ですね」
「いや、おれの知り合いじゃねえぞ」
これほど高圧的で、無作法な友達はいない。
「いるのはわかっているんだ! 出てこい!」
「ちょっと行ってくるけど、パルマはここで大人しくしてるんだ」
「はい」
危険に巻き込まないというよりは、これ以上家を壊されないための指示だったが、パルマは感動するかのように瞳を輝かせている。
「はい、どちらさまですか?」
「やっと出てきたか。このグズめ」
玄関を開けると、闇オークションでパルマを寄こせ、と難癖をつけてきたデブの貴族が仁王立ちしていた。
バタン、と無言でドアを閉め、ガチャッ、とカギをかけた。
「ふざけるな! あけろ!」
相当怒ってるようで、ゲシゲシ戸を蹴っている。
「ご主人様、落ち着いてください」
「これが落ち着いていられるか! 貴族である俺様が馬鹿にされたんだぞ!」
「相手は良識の無い下賤の民です。特級貴族であるフット様を知らぬのも当然でしょう。ですから、そう目くじらを立てる必要はありません」
「ぐふふ。確かにその通りだな」
機嫌が直ったようだが、戸を蹴るのを止めないあたり、しつこい性格をしている。
「我々は領主より正式に派遣された者です。書状もありますので、ご確認ください」
「見せろ」
玄関戸を開けて伸ばした手に、一枚の紙が乗せられた。
国外退去命令
近隣住人より多数の苦情(騒音、汚れ、悪臭等)が寄せられているため、アンナ・クロムハイツに国外退去を命ずる
なお、執行見届け人として、フットイ・ウィナーを派遣する
ドワルムント王国法務大臣補佐官 ゴクフット・ウィナー
紙にはそう書かれていた。
用紙や書式も国が定めたモノに沿っている。
これだけのモノを偽装するのは、さすがにリスクが高すぎる。
「これもご確認ください」
束ねられた紙には、多くの署名がなされていた。
知らない人間ばかりだが、この数が集まったのであれば、納得だ。
「期限はいつまで?」
「今すぐです」
「家財があるんだけど」
「破棄していただくしかありません」
「それはいくらなんでもあんまりだろ?」
「法務省の決定です」
毅然とした態度からして、譲る気配はなさそうだ。
困ったことになったが、はいそうですか、と認めるわけにもいかない。
「じゃあ、こういうのはどうだ? 俺はいますぐ出て行くから、家財は指定したところに運んでくれ」
「駄目です」
「理由は?」
「退去後の清掃や修繕費に充てます」
自慢じゃないが、この家にある物を換金すれば城が建つ。
それを知らない高官はいないはずだが……
(んん!?)
よく見れば、補佐官と執行人の苗字が一緒だ。
合点がいった。
アホな親が、意地悪をされた息子の敵討ちをしているのだ。
であるなら、この決定は補佐官の独断である可能性が高い。
然るべきところに訴えれば、この裁定は覆るだろう。
(う~ん。どうしたもんか)
出て行くのはいいが、家財道具は死守したい。
(いや、ちょっと待て)
考えようによっては、これは千載一遇のチャンスだ。
俺は自発的にここを去れないが、補佐官の命令なら従わざるをえない。
パルマの掃除能力が皆無であることも判明したし、ゴミ屋敷とおさらばするにはまたとない機会だ。
家財道具は惜しいが、移住先で買い揃えれば問題ない。
……
冷静になればなるほど、ラッキーな気がする。
そして、このチャンスを逃してはいけない。
「わかった。身支度をするから、少しだけ時間をくれ」
踵を返し、パルマのいる部屋に戻った。
「おかえりなさい」
言いつけを守り、ベッドに腰かけているパルマの手を引き、俺は自室にむかった。
「これに詰められるだけ放り込んでくれ」
リュックサックを渡しながら、棚を指さした。
「了解しました」
いそいそと詰め始めたのも束の間、パルマの手が止まった。
「ご主人様! これは一体どうなっているのですか!?」
「それは俺が作ったマジックリュックだ。詳しい説明は後でするから、いまは作業を続けてくれ。それと、おれは隣りの書斎に行ってくる」
「わ、わかりました」
再度手を動かし始めたパルマを横目に、俺は一回り大きいサイズのリュックサックを手に移動した。
壁一面にぎっしり詰まった書棚が置かれている。
「いよいしょ」
一冊ずつ詰めるのは大変なので、棚ごと収納した。
時間の短縮にもなって最高だ。
「ただいま」
戻ったときには、パルマの作業もほぼ完了していた。
残すは大ぶりの釜だけだ。
「これは……あきらめるしかねえな」
王都一の鍛冶職人に作ってもらったモノだが、置いていこう。
錬金術師の必需品を残すことで、カモフラージュにもなるはずだ。
「よし。後はパルマだな」
「わたしですか?」
「ああ。外にいるやつらはパルマも欲しいだろうから、隠さないとな」
一緒に出て行こうものなら、モメるに決まっている。
「んじゃ、リュックを背負って、この上に座ってくれ」
広げた風呂敷を指さした。
「こ、これでよろしいですか?」
「ああ。居心地は悪いかもしんねえけど、すぐに出してやるからな。少しだけ我慢してくれ」
申し訳なく思いながら、風呂敷を結んだ。
すると、あら不思議。
風呂敷が小さな木箱を包んだぐらいのサイズになった。
これもマジックリュックの応用である。
「お待たせ」
リュックサックと風呂敷を手に戻ってきた俺を、デブの貴族と執事が凝視してくる。
「荷物を見せてください」
「イヤだ。着替えを他人に見せる趣味はない」
「これは必要な確認です」
「男のパンツを見るのが?」
「左様です」
執事は譲る気がなさそうだ。
面倒くさいことこの上ないが、
「もういい。そのぐらいの手荷物など、捨てておけ」
デブの貴族は見逃してくれるらしい。
(バカでよかった)
胸を撫でおろし、俺は汚屋敷を後にした。




