1 釜が爆発した
暖かな昼下がり。
「ママ、あそこ怖い」
たまたま通りすがった四歳ぐらいの幼児が、外壁が蔦に覆われた家を指さし、そう言った。
正直な感想であり、決して間違っていない。
なのに……
「ダメ! そんなこと言っちゃダメよ!」
幼児と手を繋ぐ母親が、猛烈な勢いで叱責した。
教育……の側面もあるだろうが、本心はべつのところにある。
畏怖だ。
わからないでもない。
目の前の住居は一般的な住居と比べて倍以上あるが、人が住んでいる気配がない。
ボーボーの蔦で隠れた窓からわずかにうかがえる室内も、十字架やら骸骨の頭部やらが放置されている。
(あらためて見ると目立つし、気味悪いな)
なんというか、お化け屋敷感がすごい。
「あっ!?」
周囲を探るようにキョロキョロしていた母親と、背後にいた俺の視線が合った。
みるみるうちに、目と口がかっぴらいていく。
(まあ、そうなるか)
無理もない。
畏怖の存在が真後ろに立っていたら、だれでも驚く。
「ごごごごごごめんなさい。私が罰を受けるので、この子だけは」
「だごふっ!」
「ひえぇぇぇ」
子供を抱きかかえ、母親がダッシュで逃げた。
呪いでもかけられたと思ったのだろう。
でも安心してほしい。
俺はそんなことをしてはいない。
痰が絡んで、「大丈夫」が言えなかっただけだ。
(なんか恥ずかしいな)
ほほの熱さをごまかすように、俺は懐からちり紙を取り出し、痰を吐き出した。
自分の敷地だから地面に吐いても問題はないが、これ以上イヤな噂が経っても面倒だ。
「う~ん。どうすっかな」
俺は家の前で腕組みをした。
「蔦の撤去をするべきか?」
答えは当然、行うべきだ。
いや、行わなければならない!
それはもう、確定事項だ。
「よし! やるか」
俺はグッと拳を握った。
けど……
「それができるなら、こんな状態にはなってないな」
すぐに拳を開き、玄関を開けて家の中に入った。
「あらためて見ると、部屋もきたねえな」
棚や床にはホコリが積もっている。
「しばらく点けてないけど、これもアブねえぞ」
コンロは点火と同時に、家まで燃えそうだ。
これは本格的にヤバイ。
「いや、そうでもねえか」
自炊をした記憶は、いまや忘却の彼方である。
もしかしたら、ここに越してきたときからしていない、まである。
「よし。見なかったことにしよう」
深く考えたら沼だし、生きるうえで必要のない時間だ。
些事に捉われるより、有意義な時間を過ごしたほうが幸せだ。
楽しいことに目を向けるべく、俺は奥の部屋に進んだ。
「おまたせ~」
足取り軽く入った部屋には、だれもいない。
頭がおかしくなったわけではないから、安心してほしい。
「どんな感じかな~」
中央に据えられた囲炉裏の上に鎮座する巨大な釜に歩み寄り、ふたを開けた。
「おおっ! 完璧完璧! 超イイ感じだな」
中は紫色をしたドロドロの液体で満たされている。
半日以上煮込んだ甲斐があるというものだ。
「後は買ってきたコレを加えれば……むふふ」
紙袋から巨大ヤモリの死骸を取り出し、釜に放り込んだ。
ぱああああああ、と光ったりはしない。
地味にボチャッと音がしただけだ。
でも、それでいい。
後は、棒でかき混ぜれば完成だ。
「んん!?」
うまく回らない。
ここまでの粘度はないはずだが……
「火加減を間違えたか?」
囲炉裏をのぞき込むが、問題なさそうだ。
とろ火でコトコト煮込んでいる。
「う~ん」
腕組みをし、原因を探った。
…………
工程を思い返しても、間違いに気づけない。
けど、なにか手違いを起こしたのは確実だ。
「じゃなきゃ、こんなカチカチにはならねえしな」
いまや、突き刺した棒がまっすぐ立つほど、固まっている。
完全に失敗だ。
「あ~あ、やっちまった」
時間も材料費も無駄にし、もったいないことをしてしまった。
けど、しかたがない。
この手の作業に、失敗はつきものだ。
「ええっ!?」
異常事態に目を見張る。
釜の中の物体が、光っているではないか。
これは想定外だ。
というより、起こってはいけない類の現象だ。
「ヤバイ!」
退避するより先に、釜が爆発した。




